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2006年07月02日

第227回「愛と海と音楽と」

「自分らしく生きよう」
これがすべての始まりでした。
人の幸せを決める基準は単純ではなく、人それぞれに価値観が違うわけだから幸せを定義することは容易ではありません。お金をいっぱい持っていることが幸せだと思う人もいれば、親友がたくさんいること、家族が笑顔でいること、周囲を幸せにできること、おいしいものを食べること、愛し合うこと、どれも否定することはできません。ただ、30年も生きていると、幸せとはなんなのかを真剣に考える日もあったりするわけで、それは20才の頃には考えもしなかったような価値観が、30歳になって生まれたりするのです。そう考えると40歳、50歳、それこそ80歳ではじめて感じることだってあるのでしょう。
「自分らしく生きよう」
それは自分自身を知ることから始まるのかもしれません。一見簡単なようで、結構難しかったりするこの言葉。20歳から芸能界にはいり、もうすぐ32歳になる僕の体内を、この言葉が駆け巡るのです。
「なぁ、俺たちもヒップホップやらないか?」
兄が突然言いました。
「ちょっとなに言い出すの!僕たちはずっとフォークで頑張ってきたじゃない!」
思いも寄らぬ兄の言葉に、弟は戸惑いました。
「だってさ、冷静に考えたら今フォークなんて聴いてる奴ほとんどいないぜ!」
「そんなことないよ!フォーク聴いてる人いるよ!」
「たとえいたとしても極々少数だろ?そんな音楽やってもしょうがないよ!」
「でもうちらヒップホップなんてきいてないじゃんか!」
「だからこれからやるんだよ!そうしたらギャルにもモテるし最高じゃないか!」
「僕はモテたいために音楽やってるんじゃないし、自分の好きな音楽やりたいよ!」
「馬鹿だなぁ!お前は考えが甘いんだよ!CDが売れない時代にさらにだれも聴かないフォークなんかやってたってもう売れないのはわかってるんだよ。それなら売れる音楽やったほうがいいだろ?」
「でも僕は、ヒップホップで1000枚売れるよりも、自分の好きなフォークで100枚うれるほうが嬉しいよ」
「俺は100枚なんかじゃ満足しない。そんなんじゃ生活だってできないだろ?」
「生活のこと考えてたら夢なんて追えないよ!」
「じゃぁきくけど、フォークで100枚売れるのと、フォークで1000枚売れるのだったら、どっちがいい?」
兄は弟に訊きました。
「そりゃ、同じフォークなら多く売れたほうがいいにきまってるでしょ?」
「そうだよ。だから、フォークを1000枚売るためにはヒップホップで一度注目されないといけないんだよ。ヒップホップの中にうちらのフォークの要素を入れ込めばいいんだよ。時代がヒップホップなら、その時代に自分たちのエッセンスをいれればいいじゃないか!」
「だったら僕たちのフォークのなかに、今の時代の要素をいれればいいじゃない!」
「フォークの中にヒップホップなんて無理だよ!」
「そういうことじゃないよ!時代の要素はヒップホップ意外にもたくさんあるでしょ。いまの時代だからこそ受け入れられるメロディーや言葉を意識すればいいんでしょ?」
「とにかく俺は自分のスタイルを変えてでも有名になりたい!」
「僕は、自分に嘘をついてまで売れたいとは思わない!」
兄弟の意見は二つに分かれてしまいました。
きっと、兄も弟も間違ってはいないと思います。どちらもある意味正論なのです。個人の好み、生き方になってくるのです。ただ、今の僕は、弟の生き方を選びます。
自分が表現したものをたくさんの人に受けとめてもらえることはとても素晴らしいことです。しかしそれが自分のものでないとしたら、たとえたくさんの人に受けとめてもらっても、きっと満足には感じられないはずです。偽りの自分を1000人に支持されるよりも、本当の自分を100人に受け入れられるほうが、僕は幸せなんだと思うのです。
 気をつけなければいけないのは、「自分らしく生きる」ことと「自分勝手に生きる」ことは近いようで全然違うものです。「自分勝手」は一人でできるけど、「自分らしく」生きるのは、周囲の力がないとだめなのです。自分一人の力では、「自分らしく」生きれないのです。だから、ときには「自分らしくない」ことも必要です。人のためには「自分らしくない」ことをしなければならない時もあるからです。それを繰り返した分、「自分らしく生きる」ことに周囲が協力してくれるのです。重要なのは、自分の中で「ここだけは自分に正直でいたい」という部分をはっきりと持っていることなのでしょう。すべてにおいて「自分らしく」を優先させたら、必ずどこかで歪が生じてしまうのです。
「自分らしく生きよう」
そう思ったら、このアルバムができました。
「愛と海と音楽と」
自分に正直になったら、このタイトルになりました。このアルバムには、僕の体内に流れる音と言葉とリズムがつまっています。僕の真実がここにあるのです。

P.S.
念のためですが、途中に登場した兄弟の話はフィクションであり、今回のアルバムとは直接関係ないので、ご了承ください。

1.週刊ふかわ |2006年07月02日 10:00