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2006年06月04日

第223回「雨上がりの旅路〜後編の後編〜」

「では、用意しているかもしれませんが、ロケットマン温泉タオルを皆さんに配布するので使ってくださいね」
普段、クラブでDJをするときに投げたり、ラジオの景品として使用されている温泉タオルが、ようやく日の目を見ることになりました。
「ほったらかし!」
「おんせーん!!」
再び昭和の夕方のバラエティー番組「夕焼けにゃんにゃん」を想起させる掛け声とともにシャッターが切られました。記念撮影を終えた白いタオルの集団は、男女に別れ、一気に温泉に流れ込みました。
「ほら、いい景色でしょ!」
今回唯一の男性参加者と僕は、腰にタオルを巻き、山の上の露天風呂から甲府盆地を見下ろしていました。
「夜になると夜景がまたすごいんだよ」
「そうなんですか」
僕自身夜は来たことないのですが。
「ごめんね、男ひとりだけになっちゃって」
「いえ、全然大丈夫です」
「実際文章だけで選んだらそうなっちゃったんだ」
「そうだったんですか」
その後、彼とはお互いの夢を語りあい、絆を深めました。
「じゃぁ、先あがってていいよ」
ぬる目の温泉なので長時間はいっていてものぼせない感じでしたが、彼が我慢していたら悪いので先にあがっててもらいました。
「で、会う約束したの?」
片方が少し興奮していました。
「うん、まぁ...」
「なに、デート?」
「まぁ、そういう感じでもないけど、ただ普通に...」
「ど、どこいくの?!」
「うん、とりあえず八王子いって...」
「八王子?八王子行ってなにすんの?!」
「いや、特には決めてないんだけど...」
「二人なんだろ?!」
「まぁ、そうだけど...」
「じゃぁやっぱりデートじゃんか!」
「いや、そんなんじゃないよ...」
若者二人組の初々しい恋愛談義を聞きながら、のんびり日ごろの疲れを癒していました。結局一時間半くらいはいっていたでしょうか。そろそろ集合時間が近くなったので着替えてでることにしました。
「ちょっとはいりすぎたかな...」
火照った体に冷たい風があたり、心地よい気分で階段をのぼっていくとそこには、予期せぬ光景が待っていました。バスの中で待っているのだろうと思っていたら、階段の上の広場でみんなが待っていてくれました。ただ涼んでいたのか、気をつかったのか、僕の勘違いなのか、こんなにも愛情を感じた風呂あがりはいまだかつてありませんでした。普段出待ちとかされないから余計にそう感じるのかもしれません。でも出待ちとかそういうんじゃなくて、まるで最後のマラソンランナーが競技場にはいってきたような温かい感じ。おかえりなさい、よくがんばったね、みたいな。そのとき僕は、みんなのことをひとりひとり抱き締めたくなりました。
「皆さんお風呂はどうでしたか。結構ぬるめだったので長時間はいれたと思います」
僕は、現地で販売されていた「入浴ヤンキース」という世界一おしゃれなTシャツに着替えていました。バスは山を下り、山梨名物「ほうとう」のお店に向かいました。
「これからほうとうを食べるのですが、僕も当然好きなんですけど、結構ヘビーな食べ物なので、あまり無理しないでくださいね」
いろんな野菜、特にかぼちゃが煮込んであって、一人分食べるのも結構大変という印象がありました。
「なにこれ!ちょーうまいじゃん!!」
しかし、実際に出されたほうとうはとても食べやすいもので、以前食べたようなヘビー感は一切ありませんでした。
「今まで食べた中で一番うまいよ!」
ちょっとした屋外でみんなで食べたからそう感じたのでしょう。いわゆるバーベキュー現象です。食事を終えると、隣接したお土産やさんで買い物タイムになりました。
「さぁみなさん、ちゃんと戻ってきてますね」
もうすっかり学校の先生フレーズも板についていました。そしてバスは、東京へ向かうことになりました。
「みなさん、これから東京に向かわなければなりません」
車内は少し悲しげな空気になりました。しかし、まだやり残していることがありました。
「お待たせしました!自己紹介タイムがやってまいりました!」
みんなそんなことはすっかり忘れていましたが、まだしていない人が何人かいたので、朝から断続的に行われてきた自己紹介を完結させたかったのです。でもすでにみんなはうちとけていたのでやる必要もなかったのですが。ようやく、半日がかりで行われた自己紹介タイムが終了すると、バスは最後のサービスエリアに到着しました。往きにも寄ったサービスエリアの反対側になります。旅の帰りのサービスエリアほど、せつなさに包まれる所はありません。日が落ちて微妙に暗くなってきてるのが、より一層センチメンタルな気分にさせました。
「さぁ、それではあとは新宿に向かうだけなんですが、最後はちょっとしたゲームをしたいと思います!」
ゲームと言うのはいわゆる山手線ゲームでした。テーマは、
「古今東西、一言ネタ!」
こういった機会じゃないと成立しないテーマでした。とはいえ、50名の人たちがそれぞれ違う一言ネタを言うわけだから、おそらく一週目で脱落する人がほとんどだろうと思っていました。
「えっ!まじで!!」
バスの中は奇跡が起きていました。予想をはるかに越えました。一周どころか何周してもなかなか脱落者がでませんでした。淡々と一言ネタを発する者、考えてしぼりだす者、雰囲気で憶えている者、みんなの体内にこんなにも一言ネタがはいっているとは思いもよりませんでした。
「これじゃ、終わらないかもしれない!」
無数の一言ネタが飛び交うバスの中は、おそらく地球上で最も一言ネタが熱い空間になっていました。
「よく憶えてないけど、たしかそんなネタあった気がする!」
一度しか言ってないようなネタや、僕自身が覚えていないネタをだしてくる人もいました。
「えー、5周目に突入します!新宿に着いても、これが終わらないと帰れませんよ!」
そして、7周目くらいのところでようやく数が絞られてきました。残りの人数が、ちょうど商品の数と一致していたのでようやく終了となりましたが、おそらく人生で行われた山手線ゲームの中で、最も長い試合となりました。そして、気付くと窓からは都庁が見えていました。最初は緊張感のあったバス中も、いつのまにかクラスの遠足のような雰囲気になっていました。
「...今日は本当にありがとうございました」
 バスから降りる人、一人一人と握手をしてお別れしました。一日で数回訪れた抱き締めたい願望ですが、やはりこのときがピークでした。
僕は、今回参加してくれた人たちからこんなにもパワーをもらうとは思いませんでした。この人たちを裏切るわけにはいかない、応援を無駄にすることはできない、とあらためて感じました。アメリカンドックをみんなで食べたことや温泉で待っていてくれたこと。バスの中の緊張感がゆっくりとほどけていった感じ。そしてなにより、みんなが僕のことを理解してくれていると実感できたことが、かけがえのない心の支えとなりました。
「お疲れ様でしたー。どうでしたか?」
朝、見送ってくれた女性スタッフが待っていました。
「うん、楽しかったです。というか、みんなからパワーをもらった感じです。たぶん、またやると思います。」
みんなと同じ時間、同じ景色を感じた雨上がりの旅路は、僕の心に深く刻まれました。

1.週刊ふかわ |2006年06月04日 11:00