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2006年05月14日
第220回「きっと今頃は」
「本日はお足元の悪い中、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。普段の行いが悪いためか、あいにくの豪雨となってしまいましたが、こうして皆さんとお会いできて本当に嬉しく思います」
すっかり曇った窓ガラスから、まるで汗をかいているかのように水滴が流れていました。どうにか車内を明るくしようとするも、あまりの豪雨でどんよりとした重たい空気が漂っています。
「豪雨ではありますが、温泉は入れないこともないので、ご心配いりません。また、もしご気分の悪い方がいたら、遠慮なくその旨をお伝えください」
「すみません...」
さっそく具合の悪そうな声がしました。
「どうしました?」
「...ちょっとバス酔いしちゃったみたいなんですけど...」
「え、もう?まだ出発したばかりなんだけど」
「私もすこし具合が...」
「私も...」
「み、みんな、乗り物弱いんだね...ちょっと運転手さん、近くの停めやすいところで一旦停めてもらえますか?...運転手さん?」
返事が無いので振り向くと、運転手さんはものすごい汗を流し、顔も青ざめていました。
「ちょっと運転手さん!大丈夫ですか?」
「すみません、なんか酔っちゃったみたいで...」
「運転手さんも?!」
「久々の運転だったので、すみません...どなたかお医者様いらっしゃらないでしょうか...」
「そんな重症?」
いないのはわかっていながらも一応訊ねてみました。
「この中でどなたかお医者さんはいませんか?」
すると一人の手があがった。
「えっ、あなたが!」
「はい!私!」
「お医者さん?」
「OLです!」
「あれ、きみ、話きいてた?」
「いえ!」
「もういいよ。ちょっと、どうしよう...で、君はなんで包丁持ってんの?」
横に座っている男性に訊いた。
「あ、これですか?これはバスジャック用です」
「バスジャック?」
「はい。バスジャックです」
「いやいや、そういう冗談はいいから。」
すると頬に包丁の先を突きつけてきた。
「冗談じゃねぇんだからおとなしくしな」
「おとなしくしなって、バスツアー応募したんじゃ...」
「そうだよ、すべてはこのためだよ!」
「バスジャックのため?」
「そうだよ!静かにしてな!」
「あ、はい、わかりました。わかりましたんで、とりあえずみんなにも伝えていいですか?」
「勝手にしろ!」
「えーっと、みなさん、よく聴いてください。今回参加者のひとりに、バスジャックをしようとしてる人がいます。なので、バスジャックの人からの指示がでるまでは、その場で待機していてください。よろしくおねがいします。」
車内が静寂に包まれた。
「あの...」
おそるおそる訊ねてみました。
「どちらへ...?」
「なんだよ、ほったらかし温泉にきまってるだろ!」
「え、温泉はいるんですか?」
「そうだよ、あたりめーだろ!」
「なんか、江戸っ子みたいな口調になってきてますけど」
「なに?」
「はい、すみません。じゃぁ、予定通り温泉に向かいましょう。ちなみにサービスエリアは寄らずに?」
「談合坂だろ?寄らないでどうすんだよ!アメリカンドック食うだろ、普通!」
「そうですよね。じゃぁ、予定通り談合坂で休憩しましょう」
ずっとあたっていた包丁が頬から離れた。
「すみません...」
またどこからか声があがった。
「もし可能だったらでいいんですけど...」
「なに、どしたの?」
「ちょっと、ツタヤにビデオ返しに行きたいんですけど...」
「えっ?ツタヤ?」
「はい、返すの忘れちゃって...」
「あ、なら私も行きたいです!」
「私も!」
「私も!」
「アグネスも!」
「え、アグネス?!」
見ると、アグネス・チャンがこっちを見ていました。
「アグネスさん、参加してたんですか?」
「なんか、停まってたから乗っちゃった」
「ちょっと、困りますよ!みんなちゃんと応募して参加費も払ってるんですから、ねぇ」
と見渡すと、僕はおもわず声をあげました。
「アグネス!!!」
車内の人全員がアグネスになっていました。
「ちょっと、とめて!運転手さん!!!」
すると、運転手が角野卓造に代わっていました。
「いやぁ、今日は幸楽が休みでして。一度バスの運転手っていうのやってみたかったんだよね」
卓造氏は嬉しそうにハンドルを握っていました。
「いったいどうなってんだ...」
度重なる衝撃に、めまいがしてきました。
「ちょっと、ふかわさん?ふかわさん?」
参加者の一人が僕の肩を揺さ振っています。
「ふかわさん、談合坂着きましたよ!」
「えっ、談合坂?」
僕はうたた寝をしていました。
「あれ?バスジャックは?アグネスは?」
「アグネス?なんのことですか?」
「あれ、おかしいな、夢だったのかな...」
僕はぼんやりしたままバスをおりました。
「じゃぁ撮りまーす!はい、チーズ!」
アメリカンドックを片手に全員で記念撮影をすると、皆、バスの中に戻りました。
「いま撮ったのデジカメ?」
「そうです。見ますか?」
僕はカメラの画面を覗き込みました。
「あれ?」
「どうしました?」
「みんなアグネスだ...」
きっと今頃はバスの中でしょうか。こんなことになってないことを願って。
1.週刊ふかわ |2006年05月14日 10:00