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2006年04月23日

第217回「カフェライター」

「なにをしているときが幸せですか?」と訊かれたら、文章を書いているとき、と答えるかもしれません。それくらい、日々の生活の中でコーヒーを飲みながら原稿を書くひとときが、僕にとっては落ち着く時間になっています。文章を書くことはたいてい苦痛が伴うもので、それこそ小学生のときの作文とか読書感想文だとかを好きだった人はそういないと思います。僕もその一人で、さらに本を読むことすら嫌いだったから例のごとく、あとがきだけを読んで適当に感想を書いてその場をしのいだものでした。そんな僕も大人になり、なんてことない文章を毎週書き続けることによって、いつのまにか苦痛がなくなり、むしろ癒しに変わってきたことが不思議に思います。文章を書くことで、体内に滞留した毒素のようなものがすっきりと抜けていくのです。でもなかなか題材が決まらないときは多少イライラもします。仮病でもつかってしまおうかと思うこともあります。まだないけど。でもひとたびテーマが決まると、ものすごい速さでキーボードをカタカタと打ち始めるのです。といっても世のOLさんたちには負けると思いますが。まるで、重たい自転車をゆっくり押しながら上った坂を今度は両足を広げて一気に降りるような、そんな心地よさに変わって行くのです。その感覚が、現在の僕の生活リズムに欠かせなくなっているわけです。隣にカフェオレを置いて、コーヒーとミルクのマーブリングを見ながらパソコンをカタカタやっている、そんな自分に酔っているのかもしれません。今後、活動の中心がシフトしてきたら、どこか田舎のひなびた旅館で生活し、かわいらしい奥さんにコーヒーをいれてもらって原稿を書きたいものです。時折「旦那様、いけません!」的なことがあったりして。都会の高級シティホテルで綺麗な夜景を見ながら、というのもいいですね。時折「旦那様、いけません...」的なのもあって。さらには海外から配信、というのも最高です。「今週の週刊ふかわはロサンゼルスから配信です!」なんて素敵じゃないですか。時折「旦那様!旦那様!」みたいなのもあって。そんな、旅館や高級ホテル、ロサンゼルスで原稿を書くことに憧れる男は、サイゼリヤにいました。サイゼリヤの店内でカタカタやっていました。
「おそらく今から2、3時間くらいかかると思いますが」
「わかりました。じゃぁ、適当に時間つぶしてますので連絡ください」
車の部品を交換しにディーラーに行く際、きっとそれくらいの待ち時間があるだろうと、僕はあらかじめノートパソコンを持参していました。近くの喫茶店で原稿をやれればちょうどいいし、そういう、カフェでカタカタする人、「カフェライター」への憧れがあったからです。こじんまりしたおしゃれなカフェでカフェオレを飲みながら原稿を書くのです。
「なに書いてるんですかぁ?」
かわいいエプロンをした店員さんが声を掛けてきて
「原稿だよ。ちょっと締め切りが近くってさ」
「へー結構真面目なこと書いてるんですね!」
「あ、駄目だよ勝手に読んじゃぁ!あははは」
「あははは!」
と波打ち際のカップルのようなやりとりを期待しながらカフェを探しました。しかし、その一角には、そんなことを想起させる雰囲気のお店はありませんでした。どうしたものかと路頭に迷っていたとき、目に飛び込んできたのが緑と白の模様に赤い文字、サイゼリヤの看板でした。
 僕はこの世に生を受けて31年、もうすぐ32年になりますが、自慢じゃないですけどサイゼリアと長崎ちゃんぽんリンガーハットとレッドロブスターに行ったことがありません。あれだけチェーンを展開しているのに行ったことがない、というのは日本人として
どうかと思うのですが、なんだか生活の中で「ちゃんぽんを食べたい」だとか「ロブスターを食べたい」という衝動に駆られないのです。JDR(ジョナサン、デニーズ、ロイヤルホストのこと)はよく行くのだけどSR2(サイゼリヤ、リンガーハット、レッドロブスター)には行かないのです。だからこそ、このタイミングでのサイゼリヤの看板は「いま行きなさい」というお告げのようなものに感じたのでした。しかし、どこか心にひっかかるものがありました。
「待てよ...ここはファミレスではないのか?」
ときどきファミレスのカウンターでビールを飲んでいるおじさんを見かけることがあります。その人の背中があまりに悲しげで、僕は「決して一人でファミレスには行かないぞ!」と思っていました。「どんなに地位も名誉も失っても、ファミレスに一人でいくような男にはならねぇ!」そう心に決めていたのです。
「レストラン&カフェ...?」
看板の下のほうに小さく書いてあるのが見えました。
「そうか、ここはファミレスとカフェの兼用みたいなものか。ならばカフェライター的にはなんら問題ないではないか」
僕は胸を張ってサイゼリヤにはいりました。時間帯的に奥様の社交場のような感じになっていまいた。窓側の席に着きメニュー表を開くと、僕はおもわず目を疑いました。それはまさに価格革命でした。どれも3、400円と異様に安く、500円以上のものが見当たりませんでした。
「グラタンとコーンスープと...」
サラダとかドリンクバーとかを注文し、まずお腹を満たすと、さっそくノートパソコンを開きました。ドリンクバーでいれたアイスコーヒーを飲みながら原稿を書いていると、背もたれの角度がJDRに比べてきつい気がしました。この店舗だけなのかわかりませんが、もしかしたら眠ってしまう人がいるからかもしれません。それもカフェライター的には、姿勢が保てていい塩梅でした。
「いつも見てます。応援してます」
声をかけてくれた店員さんは波打ちぎわにトリップできるような若い女性ではありませんでしたが、それだけ原稿に集中できてよかったのかもしれません。カフェライターはコーヒーを何度もおかわりしながらカタカタやっていました。
「お待たせしました。お車の方完了いたしましたので」
「わかりました。いま行きます」
文章の区切りのいいところでパソコンを閉じ、5杯目のアイスコーヒーを飲み干すと、店を出ていきました。
「実際のところ、ファミレスだな...」
僕は、やがてファミレスライターになる日も遠くない気がしてきました。周囲がグループでわいわい食事を楽しんでいる中で、一人さみしくカタカタやっている光景が浮かびました。でもいまの僕は、カフェライターでもファミレスライターでもない、サイゼリライターなのでしょう。あなたの街のサイゼリヤにもサイゼリライターがやってくるかもしれません。

1.週刊ふかわ |2006年04月23日 10:30