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2006年03月26日
第213回「三月の水」
ボサノバが好きな人はもちろんご存知だと思いますが、CDショップの店頭に並んでいるような、おしゃれを気取ったコンピレーションアルバムの中にはいっていたりするので、特にボサノバを意識していない人も聴いたことはあるかもしれません。ボサノバで「水」が付く曲というと、「おいしい水」と「三月の水」の2曲が挙げられますが、どちらの「水」も素晴らしいです。個人的には三月の「水」のほうが好きなのですが、なかでも作曲者であるアントニオ・カルロス・ジョビンとエリスレジーナの二人でおしゃべりをするように唄っているのがお気に入りです。ボサノバの曲はカヴァーされることが多いのですが、ことにこの「三月の水」は様々アーティストが歌っているので聴き比べてみると楽しいかもしれません。
ボサノバ発祥の国ブラジルは南半球なので2月が夏になります。いわゆるサンバカーニバルが行われるのはこの時期です。3月になると2週間ほどの雨季にはいり、それが終わると季節は秋になります。「三月の水」はこの雨季の雨のことを唄っているのです。過ぎ行く夏を惜しむ、せつない気持ちを唄った曲なのです。
「ほら、りょうちゃん、見てごらん!」
これからすごいことがはじまります、といった感じで母が言いました。僕はそれほど期待もせずに見ました。
「では、ここにふたつのコップがあります。一方には水道水を、もう一方にはこちらの水を注ぎます」
業者の人がまるでマジックをみせるかのような口振りで説明し始めました。
「では、取り出しましたこちらの液体。これは水中に含まれる塩素にふれるとピンク色に変わる液体です。こちらをいまからそれぞれのコップの中に数滴たらしてみます」
同量の水が注がれたコップを見つめました。
「すごいわよ!みてなさいよ!」
小瓶に入った液体が片方のコップに注がれると、中の透明な水がみるみるうちにピンク色に変わってきました。
「ほら、りょうちゃん!」
「わかってるよ」
「ご覧のように、塩素に触れたのでピンク色になりました。では続いてこちらのコップに...」
そう言って、もう片方のコップに液体をこぼしました。
「うわっ、ほんとだ...」
いくらかきまぜてもピンク色にはならず、全く透明なままでした
「ね、すごいでしょ!こっちのは塩素がないから変わらないのよ!」
母はすでにこの実験を何度も見ていたようで、実演販売の盛り上げ役としては100点でした。
「毎日飲むものですから、やはりいいお水を飲まないと。お水で体内を浄化すると思ってください」
そう言って道具をカバンにつめると、業者の人は帰って行きました。
「この浄水器にしてからすごく調子がいいのよ。パパのなんとかっていう病気も治っちゃったのよ、ねぇケンさん?」
「あぁ、そうだよ」
「あと、柴田さんもこの浄水器つけてるのよ!」
「柴田さんて?」
「柴田理恵さん」
「そうなの?」
こうして、僕の家に浄水器が取り付けられました。だいぶ前からなにかあるたびに「浄水器つけなさい」と言われていたのだけど、面倒くさいから適当にごまかして逃げていたのです。しかし、しびれをきらした母は遂に、僕がいるであろう午前中を見計らって父と二人でやってきたのです。強制捜査に躍り出たわけです。
そういえば、僕が小学生の頃、実家にはじめて浄水器なるものが登場しました。その頃はまだ国民の支持を得ておらず、形も現在のようにスマートでなく、なんだかものすごい装置になっていて、お手入れも大変で、いつのまにかいなくなっていました。それ以降、何度か似たタイプのものがやってきましたが、いつも我が家に馴染めずに去っていました。だから今回が7代目くらいになるのです。ようやく7代目が実績をあげたので、僕の家にのれんわけされたのです。この勢いだと二人の兄の家にも話はきているのでしょう。
「ほら、やっぱりおいしいわ!」
浄水器の方の水をコップに注ぐと、母が渡してきました。
「うん、なんか軽い気がする...」
なんとなくではあったかど、確かにそんなきがしました。ある程度洗脳もされていました。
「これをね、一日3リットル飲むのよ」
「3リットル?!」
「そうよ。ママたちも飲んでするのよ。そしたらいろんなのが治ったのよ。あとね、柴田さんも...」
「柴田さんはわかったから」
水は毎日体内に摂取するものだから、それを良質なものにすることはとてもいいことなのでしょう。3リットル飲んだらトイレは近くなるだろうけど、その分、体内の悪いものが全部流れていきそうな気がします。実際柴田さんもそうしているのかはわかりませんが。カルキの臭いのとれた「三月の水」は、どこか母親の香りがしているのです。
PS:
J-WAVE「ROCKETMAN SHOW」は、4月1日より毎週土曜日深夜2時から2時間生放送でお送りします!!みんなのおかげ。
1.週刊ふかわ |2006年03月26日 10:00