« 第210回「お待たせしましたっ!」 | TOP | 第212回「迷子〜後編〜」 »

2006年03月12日

第211回「迷子」

「だからさぁ、泣いてちゃわからないでしょ!」

警察官になってまだ一年も満たない新見が、声を荒げました。

「だいたいキミいくつ?もう大人でしょ?いい年してめそめそしてるんじゃないよ!」

男はただ、肩を揺らして泣いていました。

「一体何があったの?言わないとわからないよ!こっちだって忙しいの!やることあるの!警察をからかうんじゃないよ!」

言葉に合わせていちいち机を叩きました。

「恋人にフラれた?財布盗まれた?もう、なんとかいってよ!」

ズボンの膝の辺りに涙がこぼれ落ちました。

「どうした新見くん?」

地域の巡回を終えた沢木が戻ってきました。

「あっ、沢木さん!よかったぁ、もう大変なんですよ...」

「まぁわかったから。まずはお茶を一杯飲ませてくれ」

そういって沢木は湯呑みをポットのしたに置きました。

「このひと、ここに来て30分くらいずっと泣いてるんですよ。しかも質問してもなにも答えなくて...」

新見はわざと男に聞こえるように沢木に報告しました。沢木はお茶を少しすすると、涙でくしゃくしゃになった男の顔をのぞきこみました。

「ボク...」

男の口がかすかに動きはじめました。

「ボク...」

新見は次の言葉を待ちました。

「ボク...家が無いんです」

「ん?なんて言った?家が?」

「...家が...ないんです...」

「家がないってきみ、どういうこと?家が見つからないの?それとも家がなくなっちゃったの?」

新見は顔を覗き込み問い詰めました。

「家が...ないんです...」

「ないって言ったって、帰る場所はあるんでしょ?」

「家が...」

「ないのはわかったから!」

男の口からは、ただ家がないという言葉しか出てきませんでした。

「迷子なんだね、キミ...」

興奮状態の新見を制するように沢木が口を挟んできました。

「沢木さん、迷子ってもうそんな年じゃ!」

「いつ迷子になったんだい?」

新見の言葉を溶かすように、沢木はやわらかく訊ねました。

「...よくわからないんですけど...最近になって気付いたら...」

男は、とても小さな声で答えました。

「キミねぇ、よくわからないって、自分の家があるかないかくらいはわかるでしょ!こっちだって遊びでやってんじゃないんだから!」

「新見君!」

沢木はお茶を飲み干すと、新見を机から少し離れたところへ呼びました。

「彼はね、迷子なんだよ。」

「でも沢木さん...」

「ただ迷子といっても、普通の迷子じゃないんだ」

「普通の迷子じゃない?」

「そう」

「じゃぁ、なんなんですか?」

「彼はね、テレビ界の迷子なんだよ」

「テレビ界の迷子?」

新見は目を丸くしました。

「そうだ。この時期になるとそういった人が増えるんだが」

「そんな言葉初めて聞きましたよ」

「新見君はあの男を見たことないかい?」

新見はあらためて男の方を見ました。

「帽子かぶってるからわからなかったですけど、なんとなく...」

「そう。ふかわだ」

「やっぱり!」

「彼はおそらくこの春の番組改編の波にもまれ、自分のホームグラウンドを失ってしまったのだろう」

「ホームグラウンド?」

「そうだ。話せば長くなるが、とにかくテレビに出ている者、特にタレントさんにとって自分のホームとなる番組があると非常に安定して活動できるわけだ。スマップにとってのスマスマ、ナイナイにとっての...」

「めちゃイケってことですか。じゃぁ、家が無いっていうのは、ホームグラウンドのことだったんですか」

ようやく新見が状況を理解してきました。

「...僕は...どこへいってもアウェイなんです...」

男が再び口を開き始めました。

「テレビの世界には僕の家がないんです!!」

男の声が始めて大きくなりました。

「気持ちはわかるんだけどさ、うちはほら、見てのとおり交番なんで、タレントさんのホームグラウンドを見つけるなんて...」

「探しましょう...」

「えっ?」

「キミのホームグラウンドを探しましょう!」

「沢木さん?なに言ってるんですか?」

「ホームグラウンドを探しているならホームグラウンドを探そうじゃないか」

「沢木さんまた冗談を...」

「僕は間もなく定年退職となる。今までこの交番に立ち続け、いろんなことを訊ねられ、それに答えてきた。道に迷っている多くの人たちに出合ってきた。それこそ実際の迷子にも。それが単なる道だろうと、人生だろうと、何かに迷っている人がいたら助けてあげるのが私たちの役目なんじゃないかな」

「沢木さん...」

「まぁ、2,3日まっててくれ。必ずキミのホームグラウンド、家を見つけるから...」

「...あ、ありがとうございます...」

男は帽子を取り、涙を拭うと、頭を深く下げました。

「ちなみにきくけど、普段住んでる家はあるんだよね?」

「はい、あります。吹き抜けのすごいおしゃれな家に住んでます。車もあります」

「...あ、そう...」

男は妙にハキハキしたしゃべりを残し、去って行きました。

「沢木さん、あんなこと言っちゃってよかったんですか?」

「まぁ、なんとかなるさ...さぁ、今日も平和な一日になるように頑張ろう!」

外に出て大きく腕を伸ばす沢木の上に、きれいな青空が広がっていました。

果たして沢木巡査は男のホームグラウンドを探し出すことができるのでしょうか。次週へと続きます。

1.週刊ふかわ |2006年03月12日 10:00