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2006年02月19日

第208回「白い光」

「なんだ、あの光は?」

その光が僕に向けられていることに気付いたのは、それからしばらくしてからのことでした。

深夜3時すぎ。仕事を終えた僕は、交通量の少なくなった夜の目黒通りを走っていました。ちなみに、いつもこんなに遅いわけではなく、たいていは23時くらいに帰宅しています。前方に一台のタクシーが走っていました。普段は前を走る車なんて意識しないのですが、車内になにやら白い光のようなものが見えたので気にし始めたのです。シルエットの感じから、男性をひとり乗せているようでした。最初はライトがガラスに反射しているとか、そんなことだと思いました。しかし、どうも気になって車間距離を縮めてみると、その白い光の正体がわかったのです。

「ケータイだ、、、」

見知らぬ男がケータイのレンズをこちらに向け、撮影していました。それがわかった瞬間、体中に冷気のようなものが走りました。

「やばい!週刊誌かもしれない!ちょっと頭ふせて!」

助手席に座る女性にそう促すと、僕はアクセルを踏み込み一気にそのタクシーを追い抜こうとしました。

「だいじょうぶかしら?」

女性は体を丸めながら言いました。

「ったくいつからだよ!」

さらにアクセルを踏み込んだ僕は、蛇のように間をすり抜け、タクシーを追い抜いていきました。

「もうだいじょうぶだよ、ごめんね」

「撮られちゃったかしら、、、」

「でたらでたでしょうがないさ。それより君のほうが心配だよ。ノリにのってる女優さんが芸人と、、、なんてさ」

「私はかまわないわ。だって、真実なんだし、、、」

「ゆきえ、、、」

そんなことが脳裏によぎりました。しかし、すぐにその心配が不要であることに気付きました。なぜなら隣に女優さんは乗っていなかったからです。女優さんどころか誰も乗っていなかったからです。ひとりで音楽を聴きながら運転していただけです。そんななんでもない状況をマスコミが狙うのはなぜなのか。たとえば免停中だとか、飲酒運転だとか、そういった犯罪につながるようなことであればわかるけど、実際免停中でも飲酒でもありませんでした。

「気分わるいなぁ、、、」

依然としてこちらを威圧するように、ずっと光が向けられていました。小さな赤いランプが点滅しているのも見えました。

「写真じゃないのか?」

自分のケータイはムービーどころか写真さえ撮れず、しかもアンテナを伸ばすタイプですが、最近のものがどの程度の機能を備えているかは知っていました。

「写真にしてもムービーにしても、なぜ!」

なぜ僕を狙っているのか、なにが目的なのか、そして一体何者なのか、よくわからないままタクシーは右折し、僕の車から離れていきました。通り過ぎていくときもレンズが向けられていました。

「なんなんだよ!」

解放感どころか、なんともいえない怒りがこみ上げてきました。ただ嫌な気分にさせられたことが納得できませんでした。

「こうなったら追いかけてやる!」

この怒りを家に持ち帰りたくなかった僕は、すかさずUターンしました。Uターンしたものの、追いかけたところでなにも生まれないことはわかっていました。でもそうするしかなかったのです。仕事で疲れた上に嫌な気分にされたままで僕は帰ることができなかったのです。そしてすぐに、あのタクシーを発見すると、大通りから住宅地へと入っていきました。

「ちょと兄ちゃん、なんや!」

車から背の高い恐い人が降りてきました。

「い、いやちょっと、なにかなぁなんて思いまして、、、」

「なに追いかけてきとんや!」

「い、いや僕はそのぉ、こっちの方に用事がありまして、別に追いかけてきたわけじゃ、、、」

「ガタガタ言ってないで車から降りろや!」

「いや、ちょっと、、、痛っ!」

最悪こんな事態も覚悟していました。すると、突然タクシーが停車しました。

怒りと不安と恐怖と好奇心と、なんだかわけがわからない心境でした。黄色いランプが点滅しています。シルエットから、車内でお金を払っているのがわかりました。まもなくドアが開き、片足が地面につきました。

「でてくるぞ!」

そしてもう片方の足が地面に着くと、ひとりの男が姿を現しました。

「あ、ありの、さん?」

男は後ろの車に気付いているのかいないのか、なにごともなかったように僕の車の前を横切っていきました。

「ちょ、ちょっと、ありのさん!」

車から降り、声を掛けました。

「ん?どしたこんなところで?」

それまでの緊張感を一気に解きほぐすトーンでした。

「どしたじゃないですよ!もう勘弁してくださいよぉ!」

ありのさんとは、よゐこの有野さんでした。

「いやぁ、おもろかったわ。まさか追いかけてくるとはなぁ。じゃぁな!」

「いや、ちょっとぉ、まだ帰らないでくださいよ!このテンションどうしたらいいんですかぁ!」

「家に持ち帰ったらええやろ」

そう言って、マンションに消えていきました。僕は、無駄にあがってしまったテンションや怒りたちをどうしたらいいのかわからないまま、見知らぬ住宅街の中で突っ立っていました。

「あの人、やっぱすごいよ、、、」

なんともやりきれない気分で家に向かいました。それからというもの、前のタクシーが気になってしょうがない。

1.週刊ふかわ |2006年02月19日 10:00