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2005年10月09日
第190回「蝉が鳴いている」
「来週、映画の顔合わせと本読みがはいりました」
都内某所にて映画「蝉しぐれ」の顔合わせが行われたのが去年の5月のことでした。顔合わせという名目で出演者が集まるのはテレビドラマでもよくあることで、僕自身も過去に何度か経験ありましたが、今回の顔合わせは、その経験をまったくいみのないものにしてしまうほどに、僕の体を緊張させました。というのも、大きな会議室みたいな部屋に会したメンバーが、ある意味、日本の俳優界を代表する面々であり、同じ芸能界でも滅多に会えない方々なわけで、バラエティーでは味わえない、とても重厚な空気が流れていたのです。
「やっぱり、映画ってすげぇなぁ...」
本読みも終わり、監督をはじめ共演者の方々、そこにいるほぼ全員の方々に挨拶をし、会場をでると、僕はようやく自由に呼吸できるようになりました。あまりの緊張感で酸欠になりそうでした。しかしながら、自分が大きな作品に出演するのだと、あらためて実感したのでした。それから数日後のことです。
「来週、第2回本読みがはいりました」
「えっ?第2回?」
「そうです」
「えっ?みんなくるの?」
「だと思いますが...」
本読みというものが、2回もあるものなのかと、多少の違和感が生じたものの、映画だから、ということで納得しました。しかし、2回目の本読みは1回目のそれとは大きく異なりました。
「それじゃぁ、始めましょう!」
監督、助監督ら数名が部屋にはいってくるや言いました。僕は本読みを始める前に確認したいことがありました。
「監督!これはひょっとして...」
「どうした逸平!」
逸平とは僕の役名です。
「監督!これはひょっとして、第2回本読みという名の!」
「第2回本読みという名の?」
「第2回本読みという名の、補習授業なんじゃないでしょうか?」
「そうだ!第2回本読みという名の補習授業だ!!どうしてわかった?!」
「はい、それは僕しかいないからです!!」
「さすが逸平!鋭いな!」
「ありがとうございます!でも、なんで僕だけが?」
「逸平!知りたいか?」
「いえ!知りたくありません!」
思い起こせばそんなこともありました。冷静に考えれば、緒方拳さんや市川染五郎さんに第2回本読みがあるわけないのです。その後、週一で慣れない着物を着て殺陣の練習にも通いました。7月の山形で、暑い中ちょんまげを被り、汗が背中を流れ落ちるのを感じながら撮影をしました。そんな日々を思い出しながら僕は、舞台の上に立っていました。あれから一年以上経ち、ようやく舞台挨拶の日までたどりついたのです。舞台上からは、ご婦人方のハンカチが動く様子が見て取れました。その中に、僕の両親も混じっていました。おそらく、若者よりも年配の方のほうが、心にしみる作品なのだと思います。決して豊かとは言えない時代に生まれ、必死に働いて生きてきたものの、どこか時代に流されてきたような違和感。めまぐるしく変わる世の中に対し、なにも言わずただひたむきに生きてきた人々の心の中には、決して失ってはいけない大切なものがありました。その大切なものが、美しい景色とともに描かれているのです。まるでスクリーンの中から、「あなたが今まで持ち続けた大切なものはこれですよね?」と語りかけるように。日本人、そして人間が持っている、時代を越えた美しさが描かれているのです。そんな素晴らしい作品にめぐり合えたことをとても光栄に思います。
「この前韓国でも試写会があったんですよ!」
嬉しそうに木村佳乃さんが僕に話しかけてきました。
「そしたらね、ふかわさんのところでみんな笑うんですよ!すごいですね!」
それがすごいことなのかどうかはわからないけど、韓国の人々が、まったくボケもなにもない逸平を見て、なぜか笑っていたそうなのです。もしかしたら、僕には国境を越えるなにかおかしな雰囲気があるのかもしれません。これはまさしく、拠点を韓国にシフトしろということなのでしょうか。韓流スターが輸入されたあとは、和製コメディアンが輸出されるのかもしれません。ともあれ、都会で鳴かなくなった蝉はいま、劇場で鳴いています。それが終わる前に、是非観にきてください。
1.週刊ふかわ |2005年10月09日 10:30