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2005年09月18日
第187回「来てほしくない日〜後編〜」
「ちょっと、これはやばいよ!」
そのとき、自分が必死に涙をこらえていることに気付きました。
「こんなところで泣くわけにはいかない!やばい、これは絶体絶命だ!」
油断すると涙があふれそうで、涙腺が開放されないように神経を集中させていました。
違反点数があった僕は、免許の更新の際に2時間ほどの講習を受けなければなりませんでした。これは以前にも経験あったのですが、予備校の教室のような所に100名程度の人が集められ、ビデオを見たりして、改めて交通規則を学ぶというものでした。それはそれはかったるいもので、受講する者のほとんどが「いまさら学ぶことなんてねーよ」的な感じで、教室の空気は、館内の中でも特にどんよりしていました。
「えっとねぇ、あそこの後ろの席がまだ空いてるから...」
席が満杯になり次第講義を始めるシステムで、運悪く最後に入室した僕は、ただひたすら苦痛な2時間に耐える覚悟を決めて、席に着きました。
「それじゃぁよろしくおねがいします。私、担当の...」
返事のない挨拶が余計に空気を重たくします。
「ではまず最初にですね、映画を見てもらいます。この映画は...」
「映画とか言ってるけど、どうせ変なビデオでしょ...」
教習所で散々見させられた、一昔前の、やけにわざとらしく退屈な映像を見させられるのかと思うと、とても憂鬱な気分になりました。しかし、そんな僕の憂鬱さもすぐに打ち破られることになるのです。カーテンが閉められ、教室内は周囲の顔がわからない程度に暗くなりました。
「だいたい30分くらいで終わりますんでね」
担当のおじさんがそう言うと、画面に「ママ、帰ってこないの?」というタイトルが現れ、ドラマがスタートしました。すると間もなく、僕の予想を裏切る出来事が訪れるのです。
「えっ?国広富之?!」
画面には、どうみても国広富之氏が映っていたのです。
「えっ?なんで国広さんがでてんの?」
教習所のビデオのように、あたりさわりない俳優さんがでているものだと思っていたら、なんとあの国広さん、「トミーとマツ」で一世風靡した、あの国広富之さんがでてるじゃないですか。講習のビデオに、こんな有名な俳優さんが登場するとは夢にも思っていなかったのです。
「国広さんに依頼できるほどのお金あるんだなぁ...」
そんな風に関心しているのも束の間、また新たにおなじみの顔が登場しました。
「み、見栄晴さん!!」
これまたテレビでおなじみの見栄晴さんが登場したのです。たまっていた眠気もすっかり吹き飛んでいました。
交通事故で母親を亡くしてしまった家族のその後の人生を描いたもので、父親を国広さん、その弟を見栄晴さんが演じていました。母親を亡くした3人の子供たちは、どこか素人っぽさが残るものの、母を失った悲しみと戦いながら頑張って生きる子供たちを熱演していました。また、国広さんの演技が軸となっているので、とても説得力があり、お昼のドラマで放送してもおかしくないくらいでした。気付くと僕は、すっかり画面に釘付けになっていました。もしも自分が事故で家族を失ったら生きていけるだろうか、そう自分にあてはめて見ていました。
通常、このような場で見るものは、事故の凄惨さを描写したり、原因を追求したりと、とても無機質なものが多いのですが、このビデオの特徴は、事故が起きた原因などにはほとんどふれず、起きたことによる被害者家族の悲劇をただひたすら見せていることでした。焦点は、事故ではなく、その後の家族の生き様なのです。つまりヒューマンドラマなのです。だからこそ、国広さんなのです。しっかり演技できる俳優さんじゃないと見る者の心情に訴えることはできないのです。彼の迫真の演技は、なんの期待もしていなかった僕の心を放しませんでした。
「やばい、やばいって...」
母がいないことで祖母のもとで暮らすことになった末っ子の出発に間に合わなかった兄弟が、先回りして走る電車に手を振るシーンで、僕はもう完全にノックアウトされました。
「なんて悲しく、なんて強い家族なんだ...」
いまにも涙があふれそうで、必死にくいとめようとしているものの、もはや時間の問題でした。
「あぁ、だめだぁ、もう止められない...」
そしてドラマの中の家族は、最後まで強く生きるものの、決してハッピーエンドとはいえないままにドラマは終了しました。僕の頬を一粒の涙が流れていきました。
「...だって、かわいそすぎるよ...」
ダンサーインザダークを見終わったときのような、とても重たい気分になりました。なんかお腹にずしんときました。見る者の心の中にしっかりと、事故が招く悲劇が刷り込まれたことでしょう。周囲にも、おそらく泣いていたであろうと思われる人もいました。僕は隣の人に気付かれぬように、平静を装っていました。
上映が終わり、カーテンが開けられると、久しぶりに光が差し込んできました。上映前のどんよりした空気は浄化され、どこか皆、気持ちが引き締まったような気がしました。
「はい、以上で映画のほうは終了となります。それでは、緑の本の15ページ...」
上映が終わると、淡々と講義が進められました。僕はまだ、悲しみを乗り越えられなくて、教材を開く気分になれませんでした。
「ちょっとまってよ!アナタあんなに悲しい家族を見てよく淡々と講義ができますね!アナタはどんだけ冷酷な人間なんですか!アナタにはやさしさってもんがないんですか!」
そう言ってやりたかったけど、心にとどめました。
「はい、それでは皆さんの免許証ができたようなので、講義はここで終わりにしたいと思います」
新しい免許証ができるやいなや、教官は講義をぷつっと終わらせました。
「それでは名前を呼ばれた方から免許証を受け取って退室してください」
免許証を受け取ると、案の定、犯罪者のような表情をした自分を発見しました。僕は、それをポケットにしまい会場をあとにすると、なんだか映画館をでたときに似た気分を味わいました。違反をしてはいけないけれど、あれだけ嫌な行事だったのに、次の更新の機会が少しだけ楽しみになりました。それも国広さんの熱演のおかげです。是非とも「ママ、帰ってこないの? 2」を制作してほしいものです。
1.週刊ふかわ |2005年09月18日 10:45