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2005年08月14日

第182回「夏のほう」

「是非、来年の夏のほうもよろしくお願いします!」
文化祭で言うなら、実行委員長的な立場の人が、まだ汗も引いていない状態の僕にそう言ってきたのは去年の末のことで、そのときに社交辞令っぽくはあったものの「はい、ぜひ!」と返事をしたのがそのまま決定になり、あっというまにその「夏のほう」に辿り着いた気がします。幕張の大きな会場で行われた「冬のほう」は、年明けまでの3日間行われるもので、僕はその一日目にDJを依頼されたのでした。初のロックフェスということで若干のためらいと戸惑いはあったものの、音楽に対してポジティブなお客さんばかりだったので、ジャンルにとらわれることもなく、大いに盛り上がることができました。だから今回、「夏の方」への参加が正式に決まっても、以前のような戸惑いはなかったのでした。
 東京から車で3時間くらいのところにその会場はあります。ひたちなかというのは茨城の水戸よりもさらに先で、サーファーたちの集う大洗などの海水浴場から目と鼻の先くらいのところに位置します。僕は会場までの3時間、好きな音楽を聴き、グランデサイズのカフェオレを飲みながら、高速道路をひたすら走っていきました。周囲の景色が都会の街並みから徐々に緑色に変わってくると、空の青さと雲の白さがはっきりしてきて、エアコンの効いた車内にまでも、外の暑さや蝉の声が伝わってきました。最寄の出口を降りると、どことなく海が近いような感じがしました。関係者の入り口に向う長い直線を走っていくと、正面に青々とした海が見えてきました。そのまま海に吸い込まれてしまいそうなくらい、目の前一面に広がっていました。
「お疲れ様です!こちらからバスで送迎になります!」
車から降りると、もわんという熱気が体中を覆いました。ただ、それを東京で感じていたら単にいやな暑さなんだけど、大自然の中で感じると、同じ暑さでもなんというか、心地よい暑さに変換され、ある種「もうどうにでもなってしまえ」というような、都合のいいプラス思考になれるのです。だから、人生に思い悩んだり、壁にぶつかっている人にはいい環境なのかもしれません。
「では、14時半にお迎えにまいりますので、それまではご自由に」
校庭くらいの大きさの芝生の広場があって、その周囲に、円を描くように出演者のコテージが並んでいました。海浜公園というだけあって、ときおり海からの涼しい風が通り過ぎていきます。焼きそばやフランクフルトなどの露店もあり、ここの空間だけで、ちょっとしたお祭りっぽくなっていました。誰の関係者なのか、太陽に肉体を捧げる水着ギャルがいたり、上半身裸でサッカーをする若者たちがいたり、かとおもえばタオルを首にかけて歩くサンボマスターがいたりと、様々な人たちがこの広場にいました。そればかりか、奥田民生さんやエレカシの人、大物アーチストの方たちがそれぞれに広場でのんびりしている姿はとても不思議な光景で、それもフェスならではのことなのでしょう。常にどこからか、誰かの歌声がきこえ、常に歓声がきこえていました。みんなが夏を満喫し、みんながフェスを楽しんでいました。
「それではよろしくお願いします!」
ステージにあがった僕を、大勢の人たちが迎えてくれました。太陽や潮風を感じながらDJをする「夏のほう」は、即座に汗びっしょりになり、Tシャツを投げる回数も増えました。異様な熱気が僕のテンションを高め、いつ倒れてもおかしくない状態でした。みんなで汗を流し、みんなで騒いだ真夏の90分は、まるで今年の夏を凝縮したような、灼熱の90分でした。
「すごかったですねぇ!3000人くらいいましたよ!」
多少誇張しているのだろうけど、文化祭で言うなら実行委員長的立場の人の言葉は、僕にさらなる満足感を与えてくれました。そして、Tシャツがまだ乾かぬうちに、陽は沈み、あたりはいい感じに暗くなってきました。
「やっぱり日本人として、サザンは見ないとだめだよな」
もはや、帰ることはできませんでした。音の楽園から離れることができなくなっていました。今回のフェスティバルのトリを飾るのは、やはりこのグループでした。一つ前の坂本龍一氏の音楽がフランス映画なら、桑田氏のそれはハリウッド映画。しかし、世界観こそ違うものの、僕らにとってはたまらない流れでした。ワンマンのライブと違って、みんなが知っているシングル曲が多く唄われることも、こういったフェスの醍醐味といえるでしょう。桑田氏は、みんなで歌える歌をたくさん歌ってくれました。ひたちなかの空には、たくさんの星が輝いていました。
「冬のほう」は「冬のほう」でとてもいいイベントなのだけど、やはり「夏のほう」のほうが心に刻み込む印象度が違いました。あの暑さ、あの潮風、あの歓声。それらすべてが、僕の心と体にしっかりと刻み込まれました。こんな素晴らしいイベントに参加できたことを、とても光栄に思います。そして、僕にとっての今年の夏は、もう終わってしまったような、そんな気さえするのでした。来てくれたみんな、ありがとう。

1.週刊ふかわ |2005年08月14日 10:30