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2005年05月22日

第170回「虫のしらせ」

これまでに何度かふれましたが、家の近くに「ブック&ゴルフ」というコンセプトのお店があります。先日見つけた「ギョウザとロック」ほどではないものの、これはこれで変わった組み合わせだなぁと、少なくとも発見した当初は感じていました。実際にはCDも置かれていて、1Fが本とCD、2Fがゴルフ用品を扱っており、1階にはちょっとしたカフェスペースもあります。しかも深夜までやっているから、とりあえず仕事帰りに寄ってみることが多くなりました。そこでなんとなく本とかCDを見ている時間が仕事の疲れを癒してくれるのです。いつのまにかそのお店は、僕にとって大切な場所になっていたのです。
「久しぶりに寄って帰ろうかな...」
とくべつ理由があったわけではないけれど、そのお店に寄らずに帰る日々が続いていました。だいたい一ヶ月くらいご無沙汰していたのです。しかしその日は、なんだか無性に行きたくなって、寄ってから帰ることにしたのです。

「こ、これはどうしたんだ...」

車を降り、中に入るとすぐに店内の異変に気づきました。というのも、CDや本などの商品がぎっしり並んでいるはずの棚が、すっかりスカスカな状態になっていたのです。とてもやる気のない店内になっていたのです。しかしまもなく、その理由がわかりました。

「はいそうなんです、今日で閉店なんです、ありがとうございました」

カウンターのところから店員さんの声が聞こえてきました。

「へ、閉店?!」

たしかに、普段はそんなことやらないのに、「1枚買ったらもう1枚!」みたいな張り紙がしてありました。それで棚がスカスカになっていたのです。棚の中はガランとしているのに、店内はいつもよりも賑わっている感じでした。僕は一月ほど前にはいっていた留守電を思い出しました。
「先日注文していただいたCDなんですが、やはり生産中止のようで、いろいろあたってみたのですが、ちょっと入手困難でして...」
このお店は結構無理な注文にも応えてくれました。アルバムのタイトルやアーチストすらわからなくってもなんとかしてくれました。時間さえあれば手に入らないものはない、という感じだったのです。しかし、そのときばかりはさすがに難しいということで、とても申し訳なさそうな声をしていました。
「...それと、当店が閉店することになりまして、ただいまセールをやっておりますので、よろしかったら是非またいらしてください...」
という、元気のない声がはいっていました。欲しいCDが手に入らないことと、行きつけのお店がなくなってしまうことのふたつのショックを受けたのです。とても悲しい気分になりました。それなのに僕は、なかなかそのお店にいきませんでした。実際いつまでなのかわからず、まぁそのうち行けばいいかと思っていたのです。それで、気付くと一ヶ月もたっていました。

「間に合ってよかったなぁ...」

ギリギリ間に合ってよかったという思いと、どうしてもっと早く来てあげなかったのだろうという罪悪感とが混ざり合っていました。そして僕は、もうだいぶ少なくなってきているジャズコーナーでCDを2枚選び、カウンターに持っていきました。

「今日でおわりなんですね...」
「そうなんです、いままでありがとうございました」
「...このあとは、なんのお店になるんですか?」
「中古車の販売店になるんです...」

別にきかなくていいことをきいてしまったような気がしました。いつもならお金と一緒に渡すスタンプカードは、ポケットの中にしまっておきました。

「...あと、これなんですが...」

店員さんは一枚のCDを差し出してきました。

「先日注文していただいたCDとは違うんですが、府川さんが言っていた曲に近いものがはいっていまして、もしよかったら...」

僕は、言葉があふれすぎてのどのあたりでつっかえて、なにも言えませんでした。

「たくさんご購入いただきましたので...ほんの気持ちです」

「...あ、ありがとうございます...」

やっとでてきたのがこの言葉でした。いま思うと、あんなすんなり受け取ってしまってよかったのだろうかと、すこし後悔もしていますが、そのお店にはいつも、メジャーなCDショップにはない温かみがありました。

なぜ突然、お店に寄ろうと思ったのかはわからないけど、なんか虫のしらせみたいなのがあったのかもしれません。「ブック&ゴルフ」が近所からなくなってしまうのはとても悲しいけれど、お店の最後の日に訪れることができてよかったと思いました。ただ今は、新しくできる店舗が、「ブック&中古車」みたいな組み合わせになってくれないかと、ひそかに願うばかりなのです。

1.週刊ふかわ |2005年05月22日 11:00

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