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2005年03月06日

第160回「別れの情景」

うちの洗濯機がやばい状況にある、ということを以前報告したのを、みなさんは覚えているでしょうか。洗濯をしていると突然「ドーン!」と落雷のような音がきこえ、見に行くと「ピピピピッ」と壁にもたれて鳴き、全自動なのに節目節目で確認しないといけない状況になってしまった、というお話です。それからというもの、状況が改善されることはなく、容態は悪くなる一方で、何度と買い換えることを決意したものでした。しかし、情というのはこわいもので、いちど愛着が湧いてしまうと、それがたとえ洗濯機であっても、別れたくなくなってしまうのです。それがたとえ脱水をしてないのに終了の合図をだすようになっても、「もう終わりにしよう」とは言えなくなってしまうのです。そんなイカれ具合がむしろ可愛らしく感じてしまうというか。しかし、別れなくてはならないときが来たのです。どんなに情がはいっていても、もう一緒にはいられなくなってしまったのです。なぜなら、もうすぐ「乾燥機付き洗濯機」が到着するからです。

洗濯機売り場にいってみると、もはや「乾燥機つき」が主流であることがわかります。ただ、乾燥機つき洗濯機といっても、各社それぞれに魅力的な商品を開発していて、「わが社の洗濯機は、さらにこんな機能もあるんです!」みたいに、他社との差別化をはかっているため、なかなか「これだ!」と決めるのも困難なのです。この洗濯機は節水機能に優れていて、こちらのタイプは乾燥時間が短く、こちらのは衣類を傷めません、みたいな風に。そんななかでも僕は、節水に優れていて衣類を傷めないという、なかなか優秀なタイプを選びました。陳列されていた中ではわりと値が張る方でしたが、大型液晶テレビを購入したことでたまったポイントは、その価格を簡単に飲み込みました。

「ごめんよ、もうお別れのときがきたんだ…」

「……」

「ほんとうにキミには感謝してるから。だって10年も一緒に暮らしていたんだ。君がいなかったら僕の生活がどうなっていたことか」

「…もう、いいの…なにもいわないで」

「いや、ちょっとでいいから聞いて!キミと出会ったのは、無印良品のお店だったね。僕が一人暮らしでいろいろ揃えているときだったね。まさかキミみたいな人があそこにいるなんて思ってなかったから最初は驚いたけど、でもすぐにキミの魅力に惹かれてったっていうか…」

「悲しくなるから、もうやめて…」

「それからというもの、僕の生活の中には常にキミがいてくれた。何度引越しをしても、いつもキミはそばにいてくれたね」

「でも、わたし、いつも失敗してばかりで…」

「…たしかにキミはこれまで出会ったことのないタイプだったよ。落雷みたいな音をたてるし、お水を溜めるだけためてじっとしてたり。すすぎ以降の行程を拒否するときもあったね。だからキミに触れるときはいつもドキドキしてたよ。でも、わかったんだよ。キミはさみしかったんだね。今思うと、そんなキミのすべてがすごく愛おしいよ」

「じゃぁ…どうして…」

「…僕にはもう、新しい恋人ができてしまったんだ…だから…」

僕は彼女を抱きしめました。長い同棲生活に、終止符が打たれました。

「ピンポーン」

新たに同棲するものが家に着いたようです。

「じゃぁ、コンセント抜くね…バイバイ…」

わっと目に涙があふれてきました。

「ふかわさーん、ヤマダ電機の配送の者ですが!」

玄関には、あの日僕が選んだ乾燥機付き洗濯機が立っていました。

「じゃぁ、ちょっと置く場所見せてもらっていいですか?」

「あ、どうぞ、こちらです」

配送スタッフをさきほど別れを告げた場所まで案内しました。

「ここなんですけど。この古い洗濯機は持っていってもらえるんですよね?」

「あ、はい、そうですけど…ちょっと待ってください…」

なにやら微妙な表情をしていました。

「なにか、問題ありましたか?」

「いや、ちょっと…」

スタッフは巻尺のようなものでいろいろな幅を計っていました。

「もしかして…」

「そうですね…ちょっとここにははいらないですね…」

「えっ?はいらないって、それじゃぁ…」

「また別のを選んでもらうということで…」

調子に乗って多機能なタイプの洗濯機を買っちゃったものだから、比較的サイズが大きくなり、家の洗濯機置き場に収まらなかったのです。

「もうすこし、いっしょにいようか…」

配送スタッフを見送ったあと、僕は、先ほど抜いたプラグを再び入れなおしました。新しい生活はまだ先のようです。

1.週刊ふかわ |2005年03月06日 11:00

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