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2020年12月11日
第857回「さいごの麻婆豆腐」
「香旬が閉店するそうです」
楽屋をノックしてそう伝えてくれたのは、番組の技術スタッフでした。お店の方がどうか私に伝わるようにと、何人かを介して到着した、閉店の報せ。香旬、それは私が長年愛した中国料理のお店でした。
初めて足を運んだのはもう20年ほど前だと思います。一番近い時は、歩いて数分のところに住んでいました。当初はあんかけ焼そばなども注文していたのですが、次第にランチメニューは麻婆豆腐セットに固定されていきました。もともと、寄り道しない一筋タイプなので、一度決めたら毎回同じものにするのです。
「ライス、おかわりお願いします」
山椒が効いていて、ピリッという辛さよりも、鼻にツーンとくる辛さ。コロコロした小さな豆腐とひき肉と、それらを包み込むとろみ。もちろん白いご飯との相性もよく、この麻婆豆腐なら何杯でも食べられます。小鉢のザーサイやスープ。さらに杏仁豆腐も付いていて、麻婆豆腐で辛く脂っこくなった口の中をスッキリまろやかにしてくれます。
雑誌で紹介することもありました。また、「王様のブランチ」では、スタジオでいただくこともありました。自分が足を運ぶ場所なので若干抵抗はあったのですが、少しでも恩返しになればと。そういえば、「5時に夢中!」の後に、岩下さんとクリス松村さんを乗せ、ビートルの屋根を開けて向かったこともありました。その時はコース料理に舌鼓を打ちながら、3人で内緒話をたくさんしました。
「麻婆豆腐で風邪を引く」という慣用句が生まれたのもこのお店です。当時はよくスクーターで向かっていたのですが、麻婆豆腐を食べると発汗作用があり、その汗が乾かぬうちに帰りのスクーターで風に煽られ、体調を崩すことがよくあったのです。もちろん、麻婆豆腐に罪があるわけでも、責めるわけでもなく、私がいかに、環境の変化に弱いかを表現するための慣用句。「ヘルシーDJは今日も風邪気味」というコラムで書いたと思います。
ランチ以外にも、3週に一度くらいの頻度で、仕事帰りに寄っていました。店員さんとも親しいので、一人で伺っても会話をしながら頂いていました。しかし、最近はコロナもあって、しばらく遠ざかっていたところ、こんな報せを受けるとは。
「麻婆豆腐と、葱塩ダレの蒸し鶏で」
麻婆豆腐と同じくらい好きだったのが、葱塩ダレの蒸し鶏。私が王様だったら毎日宮殿で食べていたでしょう。棒棒鶏も好きですが、この葱塩ダレはさっぱりして、千切りの胡瓜やひたひたの葱とのハーモニーが素晴らしく、絶品なのです。お箸で触れると、ほろほろと崩れる蒸し鶏。間に合ってよかったけれど、きっと、今日が最後になるのだろう。今までありがとう。麻婆豆腐も残りわずかになってきました。麻婆豆腐はどこでも食べられるけれど、この味は、他では味わえないから。
「まだ、入れますか?」
お店が閉店した日の翌日、常連客を招待した、さよなら会がありました。一言、ご挨拶だけしようとのぞいてみると、そこには香旬を愛した人たちが集まっていました。
「じゃぁ、杏仁豆腐だけ」
移転するわけではなく、今はまだ何も決まっていないようです。泣いても笑っても、これがさいごの杏仁豆腐。20年近く愛していた味。麻婆豆腐も蒸し鶏も。香旬、今までありがとう。
2020年12月11日 08:02
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