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2020年09月08日
第844回「三宿webに乾杯!」
新型コロナの影響がいたるところに見られる中で、非常に悲しい出来事もありました。
「三宿webが閉店」
ラインの着信音に、何も考えず開いてみれば、DJ仲間からのメッセージ。あまりに突然のことで頭が追いつきません。きっと噂だろうとツイッターで検索すれば、悲しみに暮れるツイートがあふれています。現段階でもまだうまく消化できていませんが、その事実を飲み込んでみたものの、味を認識するまで時間がかかりました。
感染予防のため、今年の2月から月一イベントの「ロケットマンデラックス」を中止にしていました。なんとか4月には開催できるだろうと思っていたけれど、コロナは一向に収束せず。せめて夏くらいにはと考えていた矢先の出来事でした。
どの業種も大変な状況。ライブハウスや大きなクラブなどはクラウド・ファウンディングでなんとか凌いでいる場所もありますが、三宿webは大丈夫だろうかと心配だったので予想だにしなかった訳ではないけれど、こうして現実になるとその重みははかり知れないものでした。なんせ、20年続けた場所だったので。
私が初めて訪れたのは、1998年。ロケットマンのアルバムの打ち合わせで、小西さんにお会いするために伺ったのが三宿web。当時はそこで小西さんがレギュラーイベントを行っていたのです。薄暗く、アンダーグラウンドな空間。もしかしたらクラブ自体も初体験だったのかもしれません。人だかりの向こうでプレイする、DJブースの小西さん。絶妙なタイミングでる「スター・ウォーズ」が流れるとミラーボールが回りはじめました。
そのブースに私が立ったのは、それから1年半後のこと。知人を介して知り合ったDJに誘われてロケットマンデラックスの前身イベント、「テンション・アテンション」を開始した時です。1999年10月のこと。そこに集まった中に、現ロケデラメンバーである、坂井壱郎くんや中川雅博くん、那須野彰宏くんもいました。そして2000年4月、「ロケットマンデラックス」を立ち上げることになりました。
当時25歳。マッシュルーム・ヘアのDJは、みんなで楽しみましょうというスタイルで、いつも汗だく。時に上半身裸でDJブースに立っていました。月に一回、欠かさずあの場所を訪れていました。
野外フェスから学園祭、地方のクラブ等。三宿を拠点に様々な場所でDJをしてきました。どこも素敵な場所でしたが、やはり三宿webは特別な場所でした。
オープンの22時に入って、ラウンジタイムから徐々に人が集まって、深夜1時を過ぎると低音が顔を出し、ゆっくりとミラーボールが回りだして。バー・カウンターで乾杯したら、生音が聞こえ始め、最後は狭いブースにDJたちが集まって。以前にもどこかで触れたと思いますが、あの重い扉を開ける感触や、匂い、薄暗さと椅子の座り心地。ロッカーにつながる階段。とにかく、あの空間がとても好きでした。お客さんが帰り仕度をする間はしっとりした音が浮遊して。階段を上がると朝日に照らされた三宿の交差点。
たくさんの人に足を運んでもらいました。たくさんの人たちと乾杯をしました。月に一度、あの空間で、音とお酒と人と、あの振動に包まれる時間がとても好きでした。もう味わうことができないなんて。この閉店の知らせはとても悲しいものでした。
別の場所でどうですか?とか、配信イベントどうですかというお話をよくいただくのですが、どうも気持ちがついていかないのは、やはり、あの空間にこそ、魅力を感じていたからでしょう。あの場所じゃなかったら、こんなに続かなかった。あの空間だから、続けてこられた。どのようにして幕を下ろすのかわかりませんが、いつか「三宿webに乾杯!」とグラスを掲げられる日が来ることを願っています。
2020年09月08日 13:20
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