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2020年07月03日
第836回「屋根から降りた少女はいま」
さて、「どうにかなりそう」も無事に配信スタートし、ストリーミング・サービス等いろんなサイトで聴けるようになりました。前述の通り、この曲は数回の品種改良をしていますが、今回はトミタ栞さんの歌う「どうにかなりそう」を4バージョン発表することになりました。同じボーカルで背景を変える作業は、もともとリミックスが好きだった私にとってはとても楽しい時間が流れます。
iTunesではダンスチャートを席巻し、久しぶりにドキドキする日々を送りました。ダウンロードしてくれた皆さん、聴いてくれた皆さん、本当にありがとうございます。しかしながら、これだけ瞬発力があったのも、日々、ダンス動画を投稿し続けた彼女の努力の賜物と言えるでしょう。ステイホーム中に何かやれることはないかという彼女の相談に、リリースしていないこの「どうにかなりそう」のダンスを上げていくのはどうかと、私の方から提案しました。ちょうどライブで披露する用に、サビだけ振り付けがあったこと、そして、「どうにかなりそう」という言葉がその時期にぴったりだったこともあり。だから、コロナの影響がなければ、部屋で踊ることも、毎日の投稿もなかったかもしれません。
彼女をフィーチャーした曲は「新横ウォーカー」を入れるとこれで4曲目。三宿のイベントや、ロケフェスにも度々出てもらいました。
彼女を初めて見たのはおそらくテレビ神奈川の「saku saku」だと思います。神奈川県民にはおなじみの番組で、最初は屋根の上に「木村カエラ」さんが座っていました。その後、担当が変わっていく中に、十代のあどけない彼女がいました。
それから時は経ち、「I’M MUSIC」というアルバムを製作するにあたって、ボーカルを探している時期がありました。当時、僕がよく使用するレコーディングスタジオがあるのですが、そこを彼女も利用していて、スタジオのスタッフから時折名前が出ることがあり、彼女の顔が浮かびました。それが2016年の「BEST DAYS OF MY LIFE」という曲になります。この時のジャケット撮影で、緑の「ロケッ」「トマン」のトレーナーを着用した、江ノ電の鎌倉高校前駅。ちなみに、オリジナルは小西康陽さんとの黄色トレーナーです。
それから、彼女のラジオやイベントに参加したり、アルバム「SPIN」では「あいたくちがふさがらない」という曲を提供しました。
年齢こそ離れていますが、私にはない色を持っていて、コラボレートの相性はとてもいいと思います。だから、曲を広めたいというよりも、彼女という光を放つアーティストが「どうにかなりそう」という船に乗って、この世界を航海してほしいと思っていました。
毎日投稿するのも、義務になったらやめよう。やりたい気持ちがなくなったらやらないで。彼女にはそう伝えていました。しかし、飽きることなく、また、彼女なりのこだわりを持って続けていました。屋根から降りた少女は今、一人のアーティストになろうとしています。彼女のこれからの航海が素敵なものになることを願って。
2020年07月03日 16:45
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