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2020年06月12日
第833回「言葉の力」
「東京ラブストーリー」が放送されていたのは、私が高校一年の頃。泣く子も黙る「月9」の大ヒットドラマ。月曜の夜は街から人が消え、火曜日の朝はその話題で持ちきりの教室。最終回を前にすると、テレビ局には電話が殺到したそうです。カンチとリカを別れさせないで。台本を書き換えて、と。これはクレーマーではなく、熱狂的な視聴者。これに応えていたらきりがありませんが、ドラマに熱中している証拠と言えるでしょう。
2020年版がネット配信で始まったそうですが、オフコースで育った私にとって、いや、当時あのドラマにハマった人にとって、小田和正さんのあの曲がかからないとスイッチが入りません。タイトルこそ同じでも別物と捉えた方がいいでしょう。あの頃は、「チュクチューン」というギターの音で魔法にかかっていたのです。
当時と違うのは出演者や音楽だけではありません。視聴者の環境も変わりました。ネットの普及。もしも当時、SNSがあったらどうなっていたでしょう。劇中のセリフやドラマへの想いがトレンドワードとなって毎週あがっていたことでしょう。翌朝の教室まで持ち越さず、オンエア中に様々な言葉が飛び交っていたでしょう。もしも出演者の方がSNSをやっていたら、そこにも視聴者の声は多く届いたでしょう。
「カンチを奪わないで!」「この泥棒猫!」
「さとみ」役の有森也実さんの事務所には、かつてカミソリの入った封筒が届いたそうです。だから、もしもSNSがあったらそれに匹敵するほどの罵詈雑言が向けられたかもしれません。しかし、そのような言葉が届いたとしても、有森さんはそれほど傷つかなかったのではないでしょうか。なぜなら、それらはあくまで「役柄」「さとみ」に対するもの。ドラマに入りこんでくれたということで、役を演じきったわけです。役柄がそのままイメージとして定着してしまう部分もあり、街を歩いていて石をぶつけられたら流石に問題ですが、視聴者の熱意が役柄に向けられる分にはそれほど精神的な負担にならないのではと思います。
それに対して、昨今のリアリティー・ショーはどうでしょう。視聴者の熱意は暴発し、心ない言葉が出演者たちに放たれます。番組や出演者に対する想いがベースになっているものだけではなく、単にストレスのはけ口で放っていたり、クラスでいじめをする感覚の類もあるでしょう。あの人、気に入らない、と。それだけ感情移入しているわけです。
出演者は、あくまで「エンターテイメント」であって、フィクションだというスタンスであれば、そういった心ない言葉も、前述の有森さんのように「役柄」に対してのものだと捉えることができますが、リアリティー・ショーだけに、届いた言葉はそのまま素の自分に向けられたものと思い、人格を否定されているように錯覚してしまいます。たとえ台本がないとしても、カメラがあり、編集されるのであれば、それは演出が入っているようなもの。完全なるドキュメントではありません。ドキュメント風ドラマ。しかし視聴者は、そこが魅力やウリでもあるのですが、良くも悪くも「リアル(現実)」と捉え、作り物ではなくなってしまいます。結果、学校のいじめと変わらない構図が生まれてしまう。
彼女は、決して「不幸」ではなかったと思います。やりたかったかどうかは別として、注目される立場になり、将来も有望。そういう意味では、SNSで何を言われようが、匿名をいいことに好き勝手言って傷つける人間よりよほど恵まれていたと思います。しかし、そのように感じられない精神状態になってしまったのです。多くの心ない言葉によって、自分が恵まれている状況だということに気づけなくなってしまった。多くの言葉が彼女を洗脳し、理性と、生きる気力を奪ってしまったのです。
「スルースキル」と言いますが、それをできる人が強いわけでも、言葉に気持ちを揺さぶられる人が弱いわけでもありません。彼女はきっと、一つ一つの言葉と向き合っていたのかもしれません。
これから有名になることを考えている人は覚悟が必要です。有名になるということはそういったたくさんの言葉の矢が飛んでくることも想定しなくてはならないのです。言葉によって励まされたり、勇気付けられたりするのだから、その逆もあるのは当然です。
俯瞰で捉えると、結局、「いじめ」なのです。場所が変わっただけで。気にくわない人をいじめる人たちはなくならない。だから、規制も必要かもしれませんが、そういった人たちの精神と向き合わない限り、いくら誹謗中傷をやめましょうと働きかけたところでなくならないでしょう。そもそも、一部は自分が正しいとさえ思っているのですから。ネット上で放たなくなったら、また別の場所を見つけて言葉の矢を放つのです。
2020年06月12日 16:50
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