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2015年07月05日
第620回「きらきら星はどこで輝く〜第9話」
「どうして僕はいつもこうなんだ」
楽屋での僕は、不甲斐ない自分に、腹を立てていました。
5月の最後の日曜日。雨予報をはねのけ、すっかり夏のような日差し。夕方なのにまだ昼間のような明るさのなか、僕は会場にはいりました。
「よろしくお願いします」
こんなにも早くここに戻ってくるとは。まだ、懐かしいという感覚さえ生まれていません。前回は9時に会場にはいり、リハーサルなどを経て、14時スタート。今回は17時にはいって、本番は19時から。なので、通しリハーサルではなく、気になる箇所をおさらいする程度。もちろん、自宅で朝からみっちり練習しています。
「2回目だし、ほとんど同じ曲だから、前回よりもリラックスして弾けるにちがいない」
そんな憶測が飛び交うなか、時間が迫ってくると、やはり気分は高まり、心臓が持ち上がってきました。緊張という言葉で表現せざるを得ないほど、体が硬くなってきます。
「あ〜、やっぱりだめだ!」
「どうしてこんな大変なことを選んでしまったんだ!」
「もう、今回で最後にしよう!」
時間が迫るほどに情緒不安定になる僕の心情をよそに、羊たちがゲートをくぐって飛び込んできました。3月に比べ、もこもこ具合は薄まったものの、会場がみるみる白く染まっていきます。
「では、お願いします」
連絡を受けると、楽譜を抱えて階段を降ります。扉が開き、一度深呼吸。えいっと中にはいると、暖かい拍手に包まれました。前回は、現実逃避もあって一曲目を弾くまで10分くらい話をしましたが、今回は話をせずに弾くと決めていました。
お辞儀をして椅子に座ると、拍手でほぐされた空間が徐々に張り詰めた空気へと変わっていきます。すべてがカチカチになってしまう前に鍵盤の上に手を載せると、そのまま何も考えずに指を動かしました。音がひとつひとつ、ピアノからこぼれてきます。エリック・サティのジムノペディー第1番。この曲からフーマンの日曜日ははじまりました。
「順番は違いますが、中身は一緒です」
夜公演なので、この曲からにしました。夜に合う曲も今回追加して弾くことになっていました。前回とまったく同じでもよかったのですが、それでは刺激が足りなかったのです。
「この曲はベートーベン作曲と書いてありますが…」
「楽譜が途中で動かないように、裏に画用紙を貼ったのですが…」
前回に比べればだいぶ短くしましたが、それでも時折、座りながら、お話をしました。もしかすると、第一回も観た人にとっては、少し余裕を持っているように感じていたかもしれませんし、実際、少しはあったかもしれません。しかし、僕の胸の内は前回よりも、雲がかっていました。
「どうして僕はいつもこうなんだ!」
楽屋に戻るたびに、そんな気持ちになりました。
「どうして失敗を恐れてしまうんだ!」
それはミスが多いことではありません。ミスを恐れている姿勢に対してでした。
たとえミスなく弾けたとしても、石橋を叩いている姿勢が自分で許せるものではありません。腰が引けてるというのでしょうか。
また、失敗を恐れた結果、家では間違えなかったような箇所でミスが生じてしまう。それで動揺し、また、別の事故が生まれてしまう。羊たちこそ温かい目で見守ってくれますが、厳しい目の人もいました。それこそまさに、フーマンでした。
失敗することを恐れ、ミスタッチをおそれ、石橋を叩きながら弾いている自分。守りに入っている自分。頭ではわかっているのに、いざ、人前(羊前)で弾くとなると、守りの姿勢になってしまう。たしかに間違わないように弾くことは大切なことではあるけれど、それに気を取られすぎて、慎重になりすぎて、自分の演奏ができていない。それは、第一回のときに強く反省したこと。
「それでは、ひとりずつ取りに来てください」
一言感想をいただくかわりに、卒業式のようにひとりずつ今日のプログラムとポストカードを渡します。
「では、もらっていない人はいませんでしょうか?」
そうして、2度目のフーマンの日曜日に幕が降りようとしたとき、信じられないことが起こりました。
2015年07月05日 16:31
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