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2014年12月29日

第584回「ハクビシンの憂鬱」

「それにしても、歩きながら見ているなんて、よっぽど面白いのかねぇ」

ハクビーたちは、電線の下を行き交う人々を眺めていました。

「いいじゃないか、おかげで俺たちも住みやすくなったわけだし」

「たしかに、人間のだらけのこの街がこんなにも快適だなんて思わなかったよ」

「引っ越しのときは気が重たかったもんなぁ」

電線の下を行き交う人々は、みな背中を丸めています。

「いまは、見上げてるやつなんてひとりもいない」

「前は急いで移動したから足踏み外しちゃったりして大変だった」

「そうそう、夜だと見えにくいから、電線の色変えてほしいよな」

「これからはもう、夜移動しなくてもいいんじゃない?」

「そうだな。昼間でも全然問題なし!」

彼らは、採ってきたばかりの木の実をほおばっています。

「でも、たまにいるんだよ、空を見上げているやつが。このまえなんか、目が合ったかと思ったら、追いかけてきた」

「え、まじで?気持ち悪いなそいつ!ストーカーってやつ?」

「なんだかわからないけど、振り切るの大変だった」

ハクビーは、食べかけの木の実を放り投げると、歩いている女の人のカバンの中に入りました。

「おいおい、やめろよ投げるのは」

「ぶつかったらどうするんだよ!」

「だって、ぜんぜん甘くないから」

女の人は、気づいた様子もなく、そのまま通過していきます。

「ほんと、スマホさまさまだよ」

すると、遠くから電線をつたって仲間がやってきました。

「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「追いかけられたのかい?」

「いや、違うんだよ!」

彼は、息を荒くしています。

「電柱が…電柱が…」

「電柱が、どしたって?」

「電柱が…なくなっちゃうんだって!」

ハクビーたちは目を丸くしました。

「電柱が、なくなる?!」

「なにいってんだよ、そんなわけないでしょ」

「そんなわけあるんだよ!」

「だって人間は、電気なしで暮らせないだろ?」

「ちがうんだよ。電線を地中に埋めて、地上の電柱をなくすんだって」

「地中に?」

「埋める?」

 ハクビーたちは顔を見合わせました。電柱がなくなるということは電線がなくなる。せっかく移動しやすくなった快適な生活はどうなってしまうのでしょう。

「っていうか、そんなこと可能なの?」

「やると決めたらやるだろ、人間は」

「だれがやると決めたんだ!」

「それは…えらい人だろ?」

「なんだよ、せっかく住みやすくなったのに…」

  ハクビーたちは、大きく息をはきました。

「人間っていうのは、変化を望む生き物だよな。別にこのままでいいのに」

「わがままっていうか…」

「ほんとになくなったらどうしよう…」

「まぁ、明日からいきなりなくなるわけじゃないから…」

すると、人間の声が聞こえました。

「あ、猫だ!!」

 子供がこちらを指差しています。ハクビーたちは木の実を放り投げると、慌てて電線を渡っていきました。 「ったく、猫じゃないっつうんだよ!」

「たまにいるんだよな、面倒なやつが…」

「足、踏み外すなよ!」

日も暮れて、空はゆっくり暗くなっていきました。

2014年12月29日 18:24

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