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2014年12月29日
第582回「フカワ・ジャネという男」
年を重ねるにつれ、一年が、夏が、はやく感じるようになることを、ジャネーの法則と呼ぶそうで、19世紀フランスの哲学者ポール・ジャネが発案し、甥の心理学者ピエール・ジャネの著書で紹介されました。実は、彼ら以外にも紹介した男がいます。それは、フカワ・ジャネという、21世紀初頭の羊飼い。彼はもともと、些細なことでも気になると納得するまで追求するタイプで、子供の頃から先生たちを困らせていました。
「先生、どうしてここはshouldなんですか?」
「先生、割り切れないとはどういうことですか?」
「先生、チグリスだけじゃ、バツですか?」
その彼が、当時気にしていたのが上記の現象。
「人はなぜ、年齢を重ねると、一年が、夏が、早く感じるのか」
登下校の電車の中、授業中、寝ても覚めても、そのことばかりを考えています。高2の夏のことでした。
「そりゃぁ、大人になると、やることが少なくなるからだろう」
「夏休みの宿題が嫌だから、ながく感じるんじゃない?」
付け焼刃な回答は、どれも、高校生の彼を満足させません。
「感覚的なことじゃなく、絶対、なにかあるはずだ…」
来る日も来る日も考えていました。いまなら検索すればでてくるものですが、当時はそんなものもありません。いや、検索できる状況にあっても、彼は自力で答えを出していたことでしょう。夏が終わろうとしていました。
「待てよ…」
漠然としたなにかが、頭のなかを支配しはじめます。彼は空を眺めるように、顔を上げました。
「そういうことか…」
彼の瞳の中を、雲がゆっくりと流れていました。
それは「見えない分母」でした。時間には必ず、分母がある。時間を長いと感じるかどうかは、その分母によって決まる。分母とは、その人間が経験した時間。つまり、一年を長いと感じるかどうかの尺度は、「その人間が経験した時間」というものさしでしか計れない。10歳の男の子にとっての一年と、60歳のおじいちゃんにとっての一年。はたから見れば同じ一年ですが、感じる長さが異なるのは、分母が影響しているため。年を重ねるごとに一年が短く感じるのは、「見えない分母」の仕業なのです。だから、何万年という歳月も、宇宙からすれば、たいした長さではないのです。これはのちに、著作「無駄な哲学」や「週刊ふかわ」において、発表されています。
フカワ・ジャネは、もうすぐ40歳になろうとしていました。30代最後の夏をどのように過ごすべきか。10代最後の夏には青春のほろ苦さ、甘酸っぱさが漂ってくるけれど、39から40になる夏は、どんな香りがするのだろう。それでも彼は、あの頃にくらべて分母が大きくなってしまった夏を、大切に生きようなんて思いませんでした。
「あとは風にまかせよう」
空を流れる雲のように、時の流れに身を委ねて辿り着く場所。そうして彼は、「見えない分母」が、気にならなくなりました。
2014年12月29日 18:21