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2014年12月29日
第575回「ふかわ大陸〜番外編〜」
「ちょっと待ってくださいね」
彼はなにかをたくらんでいるようだった。
「はい!いいですよ!」
30秒とたたなかっただろう。われわれはゆっくりと目をあけた。
「どうです?すごくないですか?」
室内から突如外に放り出されたような解放感。彼の目が輝いている。
「じゃぁ、出発しますよ」
取材班をのせた車が動き出した。 今回は惜しくもオンエアされなかった未公開シーンをお届けします。
「あぁ、快適だ〜!!」
屋根のない車は高速道路を走っていた。やわらかそうな髪がなびいている。
「こんなにも気持ちいいものなんですね」
サンルーフどころのさわぎではない。屋根も窓もない車はまるで空を飛んでいるかのよう。思いのほか風も暴れておらず、通り過ぎる風の音をきいていれば、BGMも不要。これなら心もリフレッシュされるだろう。
「自分でも、まさか乗ると思わなかったんですよ」
彼の口からこぼれる言葉たちが風に飛ばされてゆく。あとからVTRをチェックすると、こんなことを言っていた。
「実際、こうやってオープンにすることは年に数回ですけど、オープンにできるっていう気分は年中無休ですからね。それが大事なんです。」
彼はそれをオープンカー理論と呼んでいる。可能性や存在を感じられることが大事なのはオープンカーに限らない、とのこと。しばらくすると車はとあるサービスエリアに吸い込まれていった。
「好きなんです、昔から」
それが、サービスエリアをさしていることは事前の調べでわかっていた。彼は以前、「アーガイルの憂鬱」というサービスエリアのDVDをリリースしている。かつては単なるトイレ休憩のイメージしかなかったが、施設も充実し、世の中のサービスエリアに対するイメージは変わり、「休憩する場所」から「楽しむ場所」へ、「通過点」から「目的地」へ。そんな、時代の変化を受け入れることができない男の夏を描いた、ほろ苦いフェイクドキュメンタリー作品。これを見れば、彼がいかにサービスエリアを愛しているかがわかる。
「サービスエリアの魅力って、なんでしょうか」
「いろいろありますけど…」
建物越しの空だったり、観光バスから降りてくる婦人たちだったり、のぼりのゆらめき。ここにあるすべての要素に愛着があるようだ。
「アイスランドでもオープンカーなんですか?」
彼は、アメリカンドックを手にしている。
「あの国でそんな車乗ってたら死んじゃいますよ」
そう言いながら、一枚の写真を見せてくれた。
「これは…」
われわれ取材陣は目を丸くした。オフロード車のうしろを羊たちがたのしそうについてきている。まるでおとぎ話のワンシーンのように。
「まだ、だれにも話したことないんですけど」
棒に残ったカリカリした部分をたいらげる。
「羊飼いになりたいんですよ」
これは冗談と受け取めるべきなのだろうか。
「いますぐってわけではないですけど、いつか」
どうやら冗談ではなさそうだ。やはり、アイスランドでということなのだろうか。
「理想はそうですね。いつかそこに住んで、羊たちと暮らしながら、朝日や夕日をながめたり、なにも考えず、ただぼーっとしていたり」
そんな生活をしたら、奏でる音楽も変わるだろう。
「だから、いまは、羊飼いになるための準備期間なんです」
準備が終わるとき、それが、第四楽章のはじまりなのかもしれない。
2014年12月29日 15:40