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2013年09月09日

第543回「父と甥と、夏の終わり」




 まるで、自分自身を見ているようでした。久しぶりに実家に戻り、部屋のドアを開けると、机に向かう少年の姿があります。





「こんにちは!」





それは、甥の省語くん。夏休みの宿題を片付けるために、わざわざ秦野から横浜までひとりでやって来たのだそう。自分の家では妹たちがうるさいからか、あまり集中できないらしく、母曰く、これまでにも何度かあったようです。数年前のイメージが残っていたので、中学生になって少し大人びた彼の姿に若干戸惑いもありました。





「そうだな、ここはこうした方がいいな」





テーブルの上には、お昼ご飯が並んでいます。作文の宿題なのか、原稿用紙が父の目の前に広げられました。省吾くんは、とにかく父と仲がよく、父のタンゴの演奏会を観れば、バイオリンをはじめたり、小学校低学年にして宇宙について語りあったり、オセロでも対等に戦っていました。意識していることがクラスメイトと合わず、かつてはいじめられていた時期もあったそうですが、そんなことにもめげず、自分の道をひたすら邁進してきたようです。その省吾くんが中学生になったいまも、父と自然に会話をしている。僕自身、こんな風に話せるようになったのは20代後半だったような気もするけれど、息子と孫の違いでしょうか。





「ちょっと見てみな、文章が亮にそっくりだから」





 どうやら、水をテーマにした作文のようで、社会に真摯に向き合う姿勢は確かに血のつながりを感じたものの、さすがの僕も、中学のときはここまでの目を持たなかったので、彼にはただならぬ素質を感じます。ここをこうしたらいいのではと、いつのまにか、男3人、三世代で、水質汚染と向き合うことになりました。





「部活が大変なのよ」





 口を挟む母。所属する吹奏楽部がかなり厳しいそうで、高校の演奏会にも手伝いに行かなければならず、ほとんど休みがないことに父と母はどうにかならないものかと心配をしているのだけど、本人はそのことを、とても価値があることだと感じているようです。





「ニガウリのジュースのむ?」





僕はこの前のことを思い出しました。ミキサーならぬ、ジューサーを購入してから、母は、オリジナルのヘルシードリンクの開発に余念がないのです。





「ニガウリって、ゴーヤ?」





まな板の上に、青々とした、きゅうりの怪物のようなもの横たわっています。そして、ウィーンという音が鳴りはじめると、見た目にも苦そうな液体が、テーブルに運ばれてきました。夏バテ解消、特製ゴーヤジュースのできあがり。





「牛乳もはいっているから、そんなに苦くないわよ」





カーテンが膨らんでは、網戸にへばりついています。父と甥と、母と。夏の終わり。蝉が、力強く、鳴いていました。





 



2013年09月09日 08:33

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