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2007年05月13日

第267回「それはみんなが決めること」

 例によってその日、僕は旅にでていました。
 普段家に引きこもっているわりには旅への欲求が強く、気付くと都会の喧騒を離れ、遠くの山々や海などの自然に囲まれていることがしばしばあります。だから、旅といっても旅館を予約していくような大袈裟なものではなく、ただあてもなく、気の向くままにクルマを走らせる、いわば現実からの逃避行のようなものです。
「この山を越えたら、何も考えず、旅に出よう…」
 通常であれば特別日にちを決めず、思い立ったときに突然決行するのですが、今回に限っては前々から予定を立てていました。そんな旅のイメージをすることが、制作期間中唯一の心の休息であり、またモチベーションを維持することにつながるのです。
 ただ、これまで何度も「この山を越えたら…」と思っていても、いざ山を越えると、また別の山が立ちはだかったりして、なかなか一休みすることができませんでした。でもさすが今回ばかりは、ここで休まないと次の山は越えられないだろうと、自分へのご褒美のごとく、決定事項として計画していたのです。この日が訪れたら、天気のいい高速道路をひたすら走り、自分のアルバムをガンガン流して、遠く海を見にいこう、僕はそう決めていたのです。
 そして、出発の日が訪れました。その日は予定どおりの晴天で、朝から太陽とともに気温もぐんぐんと上昇し、夏の到来さえも予感させるほどでした。スターバックスのドライブスルーで購入したグランデサイズのラテと、同じくドライブスルーで買ったフィレオフィッシュセット、そして大量のCDを積んだクルマは、人々の流れを逆行するように、東京から遠ざかっていきました。窓を開けると、車内に充満したポテトの空気を一掃するように、勢いよく風が飛びこんできます。それはまるで風のシャワーを浴びているようで、大好きなサービスエリアが近づいてもアクセルを緩めることができないほど、爽快なものでした。
「もうすぐだ!」
 グランデサイズのラテが軽くなり始めた頃、フロントガラスから青い海が見えてきました。太陽がちょうど真上にあって、海がきらきらと輝いています。窓を全開にすると、それまでとは違った、海からの風が車内に入り込んできました。
「あぁ、来てよかった…」
 そして僕は、まぶしいほどの海を眺めながら、ようやく発売日まで辿り着いたことを、心の中でかみ締めていました。
 3つの裏メニュー解禁日、僕は旅に出ていました。そうしようと決めていたのです。だからその日は、想像していたことをなぞるように行動しました。予定通りの晴天に、予定通りの青い海、全部、頭の中で描いていたことが、現実になっていました。しかし、ひとつだけ、僕の予定にはないことがありました。以前立てた旅のプランと違うことが、ひとつだけあったのです。それは、旅の間に流れる音楽でした。予定だと、僕のクルマから大音量で流れる音楽は、完成したばかりのアルバムの曲のはずでした。まずは一人でリリースパーティーをする予定でした。しかし、実際にクルマで流れていたのは、リリースどころかまだパソコンで焼かれたばかりの真っ白なCDRでした。まだ誰も知らない名もなき曲を、僕は聴いていたのです。結局、頭の中ではもう、次のことを意識しはじめていたのです。
 予想外ではありましたが、僕自身、少し安心しました。「今回のリリースで完全に燃え尽きてしまったらどうしよう…まったく次に進めなくなるかもしれない…」そんな不安が少しだけあったからです。幸福なのか不幸なのかわかりませんが、僕の創作意欲はまだまだ満たされていなかったようです。「完成したらしばらくは制作から離れよう」という思いはいつのまにか消えて、発売前の段階ですでに気持ちは次に向かっていたのです。
 僕の気持ちは次に向かっていますが、その気持ちがカタチになるかどうかは僕は決められません。名もなき曲が一枚のCDになるかどうか、誰も知らない文章が新たな一冊になるかどうかは、僕は決められないのです。それは、世間が決めること。それは、みんなが決めることなのです。

1.週刊ふかわ |2007年05月13日 09:30

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