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2007年02月04日
第255回「ひとり教育再生会議2」
忘れているかもしれませんが前回の続きです。覚えてない人はもう一度前回をざっと見てから、今回のを読んでみてください。それが面倒な場合はそのまま読み進めて全然問題ないです。
「ちょっと、そんな近づいたらだめだって!」
「だいじょうぶ、なにもしないから!」
宮本の忠告を無視するように、栗原は泣いている女性に近づいていった。
「すみません!」
「ちょっとなに声かけてんだよ!」
「すみません!なにかあったんですか?」
宮本は必死になって、栗原の口を押さえようとした。
「なにか悲しいことあったんですか?」
制止を払って栗原は声を掛けたが、彼女は黙ってうつむいていた。
「こいつのこと覚えてますか?この前写真撮らせてもらったみたいなんですけど」
すると、彼女はゆっくりと顔を上げて二人を見た。
「宮本っていうんですけど、覚えてます?」
「もういいよ、覚えてないよ・・・」
すると彼女は涙を拭い、つぶやくように言葉を発した。
「あ、この前の・・・」
「じゃぁ、男に二股掛けられてたってことですか?」
「そうなの。それに気づかなくって、わたし馬鹿でしょ」
三人は近くの喫茶店で話をしていた。
「それで、いつもあそこで泣いてたんですか」
「そう。私ね、悲しいときは泣くようにしてるの。なんか悪い毒素みたいなのが消えてく気がして、すっきりするの」
すると、栗原が急に立ち上がった。
「こんなかわいい人を騙すなんてサイテーな男だよ!俺だったら絶対浮気なんてしない!なぁ、宮本!」
「う、うん」
「ありがとう。ふたりはいま、何年生?」
「中一です」
「じゃぁ13才くらい?」
「俺が13で、宮本は12です」
「そっか、じゃぁあとせめて5年くらいたったら恋人になってもらおうかな」
「恋人!え、いまじゃ駄目なんですか?俺たちもう大人です!」
「そうね、わかった、考えてみるね」
「ちなみに、宮本よりも俺のほうが一個上ですから!」
「やめろよ、栗原!みっともないから」
ふたりを見て、彼女は微笑んだ。
「なぁ宮本、こういうのを恋っていうのかな・・・」
宮本は黙っていた。
「なぁ、宮本・・・」
「あのさぁ、言っとくけど、俺のほうが先に出会ったんだからな!栗原ずるいぞ、横取りしようとして!」
「おい、ちょっと待ってくれよ!人を好きになるのに順番なんてないだろ!」
「そうだけど、ずるい!」
「じゃぁ勝負しようぜ!みゆきさんがどっちを選ぶか」
「あぁいいよ!っていうか、なんで名前知ってんだよ!」
「お前がトイレ行ってる間に聞いたんだよ!」
「そういうの卑怯だよ!」
「とにかく、みゆきさんが決めたら文句なしだからな」
「わかってるよ!」
二人は火花を散らすように、睨み合っていた。
「私はこの一週間で、65アングリーでした」
「僕は、196アングリーでした」
「私は、25アングリーでした」
生徒たちがそれぞれ一週間でノートにたまった怒りを発表していた。
「私は、1アングリーでした」
「ほんとかよ!」
「ほんとです」
「優等生ぶりやがって」
クラスの男子たちが騒ぎ始めた。
「吉川、ちなみにその1アングりーってなんだったんだ?」
古川が訊ねた。
「はい。この前、栗原くんに嫌なこと言われて怒りました」
「え?俺なにも言ってないよ!」
「言いました!」
「言ってない!」
「言いました!!」
「はいはい、静かに!みんなの発表でわかったと思うけど、同じ一週間でこんなにも怒りの数が違うんだ。でも決して、怒ることが多いからだめってことでも、少ないから優秀ってことでもないんだぞ」
古川は、すこし間をおいた。
「大切なのは、自分がどういうときに怒るのかを知ること。自分の心を知ることが大事なんだ」
そして黒板に文字を書き始めた。
「宮本、読んでくれ」
「感情をコントロール・・・」
「そう。感情をコントロールすること。これは、生きるうえで必要なことのひとつだ。これができないと、一時の感情によって人生を台無しにしてしまうことだってある」
「先生、人生が台無しなんて大げさじゃないんですか?」
「そう言う人こそ危ないんだぞ。人は、100%悪人っていうのはそんなにいない。いたとしても、そういう人は自分の悪を理解している。こわいのは、自分の悪を知らない人たちなんだよ。自分がいつどんなときに、悪になる可能性があるのかを認識しておかないと大変なことになる。心が乱れると、善悪の区別がつかなくなってしまう。つまり、人という船は、心によって舵取りが行われているということだ。だから、心が乱れていては、人生という海をうまく航海できなくなってしまうんだ。それと、もうひとつ」
古川は続けた言った。
「人間というのは、単なる生き物ではない。人間には、宇宙よりも奥行きのある、無限の可能性があるんだ。それほどすばらしい宇宙を、一瞬の感情による狂気で滅亡させたらもったいないだろ?なぁ栗原」
「え、あ、はい、おっしゃるとおりです!」
「お前はほんと調子がいいよな」
クラスが笑いに包まれた。
「だから、自分の心を知ることが大事なんだぞ。自分の心を知って、他人の心を知る。自分が痛みを感じるから他人の痛みを共感できる。まぁ、ここから先はそのときがきたら話そう。では、今週もまた宿題をだします」
生徒たちが再び騒ぎだした。
教育において大切なことはたくさんあります。それぞれの立場、角度によって主張も変わってきます。32歳の男として僕は、教育に必要なことのひとつに、心の授業を挙げたいと思います。言い換えれば、人間教育ですね。昨今の不正事件などをみても、結局、100%悪人というのはあまりいなくって、なにかのきっかけで人は悪に変身しているのです。人はどうして怒り、なにに傷つき、いつ戦争を起こすのか。人間は人間のことをそんなに知らずに生きています。感情をコントロール、人間の心というものをうまく操作できなければだめなのです。そのためには当然経験が必要になってきます。クルマの免許をもっていても、実際運転しないと一向に上達しません。むしろ、運転してから学ぶことのほうが多いです。学んだ上で、体で経験する時間がないと、社会にでたときに事故を起こすのです。人間社会の教習所が学校だとしたら、人生のペーパードライバーをなくさないといけないのです。この例えがうまいのかどうかは別として、人生を歩むために必要な力を養うことが学校には必要なのではないでしょうか。そのほかにも必要なことは200個ちかくあるけど、それはまたの機会にしましょう。教育は与えるだけではなく、見つけてあげなきゃだめなのです。そこに驚きや発見、納得がないと駄目なのです。そして、それらを教師たちに押し付けるのではなく、大人たちみんなで子供たちに教えていくような国になったら、美しい国と呼べるのでしょう。
「やっぱり、もう会えないのかな・・・」
「そんなこというなよ、会えるよきっと!」
あの日から毎日河川敷を通ったものの、なかなかみゆきに会えなかった。
「あれ?みゆきさんじゃない?」
「あ、ほんとだ!」
ふたりは遠くに彼女を発見すると、思わず走り出した。
「じゃぁ文句なしだからな!」
「わかってる!お前こそあとでぐちぐちいうなよ!」
すると、二人の足が突然止まった。
「あ・・・」
ふたりは目を疑った。みゆきのところに缶ジュースを持った男がやってきて、彼女の隣に座り、楽しげに話していた。
「だれだ、あの男・・・」
ふたりの体が、固まったように動かなくなった。
「ちがったな・・・」
「うん、ちがった・・・」
「みゆきさんじゃないな・・・」
「うん、みゆきさんじゃない、ぜったい・・・」
ふたりは振り返り、ゆっくり歩いていった。
「あ!なに撮ってんだよ!」
栗原が、ケータイで宮本の顔を撮った。
「だって、泣いてるから。これで宿題提出できるだろ?」
「あ、そうか、ありがとう!じゃぁその写真、ケータイに送ってくれよ」
「え、意味がわからないなぁ」
「お前ずるいぞ!送ってくれよ!」
ケータイを持って逃げる栗原を、宮本は追いかけていった。川の上を冷たい風が通り抜けていった。
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1.週刊ふかわ |2007年02月04日 10:00
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