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2021年02月21日
第866回「うたたねクラシックin福岡&宮崎①」
「3年ぶりか」
福岡に入った金曜日の午後。およそ3年ぶりのアクロスホールはとても大きくて、気持ちが引き締まりました。リハーサル。今回はメンバーも異なり、曲目も多少変わっています。なので、アンコールの部分は前回と同じ流れで行うつもりでした。
「一番最初にやっちゃおうか」
もともとアンコールで私が披露する予定だった「トロイメライ」を、一番最初にやってしまおうかというもの。もちろん、お客さんの中には今回が初めてという方もいらっしゃるでしょうし、2回目という人の方が少ないかもしれません。でも、演者のテンションというか、気持ちとして、変化球で行ってみたくなったのです。
「一番最初が一番緊張するんだよ!」
作曲家・ピアニストの加藤正則さんの冗談交じりの言葉にビビりながらも、チャレンジする方向でリハーサル終了。緊急事態宣言下、福岡の夜が静かに過ぎて行きました。そうして迎える当日。
ホテルを出ると、夏のような日差しが川面を照らしています。ピアノの調律が終わり、あらためて曲の確認。まだ誰もいない会場にトロイメライが響き渡りました。徐々に出演者が集まり、他の楽器の音色も漂い始めると、会場の空気も温まってきます。
「それでは間も無く開場します」
間隔を開けての客席。3階までの900席が埋まっています。マスクをし、ルールを守って足を運んでくれたみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。
そして開演の12時になろうとしていた時、パジャマ姿の男が何度も頭を下げながらステージに現れました。
「1曲だけ、いいですか?」
と、聴衆に尋ねるように見渡すと、中央のグランドピアノの前で深く頭を下げ、腰を下ろします。ゆっくり深呼吸して両手を鍵盤の上に乗せました。シューマンのトロイメライ。プログラムには明記されませんが、うたたねクラシックのテーマソングのような存在です。拙い演奏にも関わらず、客席は我が子を心配する父兄のように、静かに見守ってくれていました。
「ありがとうございました!」
温かな拍手を浴びながら舞台袖へ腕を伸ばすと、妖艶なドレスを身にまとった遠藤さんが現れます。チェロを持ち、子供の演奏を讃えるように私に向かって送る拍手。ゆっくり腰を下ろすと静まる場内。そして緊張した空気を解きほぐすように弓が上下に動き始めます。柔らかくも芯のある波。バッハの無伴奏チェロ組曲第一番。この音色に、場内の空気が一体となっていきます。チェロ一本で、大きなゆりかごを揺らすようでした。
「では、極上の音をゆっくりご堪能ください」
こうして、福岡で2回目のうたたねクラシックが始まりました。
2021年02月21日 07:52
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