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2020年03月08日

第826回「過去の男」

 

涼子が帰ると、家の前に一人の男が立っていた。

「誰?」

「よ、久しぶり!」

男の顔を見て、それが誰だか思い出すのに時間はかからなかった。

「…六郎」

「なんだよ、そんな表情するなよ、元気?」

「なんでここにいるの?」

「なんでって、ちょっと近くまで来たから寄ってみただけだよ」

「いきなり来られても困るんだけど。っていうか、もう用事ないから」

涼子は彼を無視して家に入ろうとするが、鍵が見当たらない。

「そんな冷たいこと言うなよ。どうなの、最近?」

「最近って?」

「新しい彼、うまくいってんの?」

「別にあなたには関係ないでしょ」

「そんなこと言うの?ほんとひどいね、女って。」

「もう用事ないなら帰ってよ」

涼子の手がカバンの中をかき混ぜている。

「あんなに別れたくないって言っていたのに、気持ちは変わるんだね。っていうか、本当は後悔してるんじゃない?」

「後悔?」

「そう、別れたこと」

「いい加減にして!しつこいと警察呼ぶから」

涼子は静かに語気を強めた。

「確かにあなたと一緒にいた時間は楽しかったし、別れる時は辛かった。あなたのいない世界は想像できなかった。どうにかしてあなたと一緒にいれないものかと四六時中考えた。でも、、、、」

涼子の口が止まった。

「十一郎のことか?」

「なんで知ってるの?」

「そりゃわかるさ。俺と付き合ってる頃から意識していただろ?なんなら二股かけてたとか?」

「もう、ふざけないで!ねぇ、帰ってよ!」

「あいつもやがて俺みたいになるよ。」

六郎はタバコを取り出した。

「どう言う意味?」

「俺だって最初はなんの問題もなかった。長年付き合うと、何かと不具合が生じるものさ。そうしたらお前はまた若いのに乗り換える。そうだろう?」

「さっきからなんなの、私のこと怒らせたいの?せっかくあなたのこと忘れていたのに。」

「一緒にいろんなところ出掛けたよな。」

「もう過去の話だから」

すると、扉が開いた。

「十一郎…」

「声がしたから気になって。お客様?」

十一郎は六郎を見て言った。

「ううん、知らない人」

「気をつけた方がいいよ。この女、また新しいのに乗り換えるから」

六郎は十一郎に言った。

「別に構わないさ。さぁ、入ろう」

十一郎に抱えられるように涼子は家の中に入った。

「お前がいけないんだからな。俺のことを廃棄せずにずっと置いておくから」

扉の向こうから六郎の声が聞こえる。

「大丈夫?」

「うん、ごめんね。気にしないで。」

そう言って、涼子は十一郎の胸に顔をうずめた。涼子のカバンの中には、新しいパンフレットが入っていた。

 

2020年03月08日 16:58

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