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2018年06月08日
第749回「きらきら星はどこで輝く 第13話 水玉ラプソディー」
「す、すごい…」
そこで待っていたのは、とても立派なコンサートホールでした。福岡といえばアクロスホールというくらい、由緒ある場所。キャパシティーも伺っていたので、ある程度の規模は予想していたのですが、やはり実際に目にすると違います。3階席まである重厚感のある空間。ここで「うたたねクラシック」なんて開催していいのだろうか。膝がすくむまではいかないものの、すっかり腰が引けてしまう感覚も、新たな試みにセットでついてくるものです。
「それでは明日、よろしくお願いします!」
リハーサルを終えると20時。そのまま決起集会場にタクシーが向かいます。グラスが重なる音。福岡に来たなら美味しいものをいただかないわけにはいきません。今夜は、以前僕が利用していたお店にみなさんを招待しました。
「ここの烏賊が最高なんです!」
こうやってメンバーが打ち解けることが、音に反映するのでしょう。僕はひたすら、にごり梅酒を飲んでいました。
「よかったです、気に入ってもらえて」
ホテルに戻る頃には、雨もあがろうとしていました。
「いよいよ、明日だ…」
僕は、悩んでいました。明日のコンサートが不安になったわけではありません。それは、衣装についてです。
「お、これはいい!」
パソコンの画面に水玉のパジャマが映っています。今回のうたたねクラシックでは、ひそかにパジャマで進行しようと思っていたのです。しかし、日が近づくにつれ、本当にそんなことしていいのだろうかと気持ちがぐらつき始めます。パジャマにスリッパなんて、クラシックの世界ではご法度かもしれない。
「よし、これで到着したら、着ることにしよう!」
そうしてクリックしたのが本番数日前。タイミングが合わなかったり、出発日までに配達されなかったらやめればいい。
ベッドの上に並べられたスーツとパジャマ。果たしてどちらで行くべきか。アルコールが入った状態では冷静に判断できません。
「ちょっと早めに会場行くから」
マネージャーにメールを打つと、本来の時間より早くホテルを出発しタクシーで向かいました。バッグにはスーツとパジャマの両方。パジャマを着てみて、会場スタッフに止められたらやめればいい。ここでも自分で判断することを放棄し、天命に委ねた僕を、思わぬものが待っていました。
「これ、なんだろう?」
楽屋に入ると、テーブルの上に枕がおいてあります。
「この、枕は?」
主催者側は、パジャマで出演することを拒否するどころか、もしよかったらと、枕を用意してくれていたのです。
「ぴったりじゃないか!」
水色の枕を抱え、はじめて水玉のパジャマを着たおじさんが、鏡の前に立っています。普段はあまりパジャマのようなものを着ませんが、自分でもここまでしっくりくるとは思いませんでした。こうなると、ポンポンのついた帽子まで欲しくなります。
「すごく似合うじゃないですか!」
現地入りするメンバーたちの表情が、緩みます。
「よし、これで、行こう!」
アラフォー男性の水玉パジャマ姿を見た演奏家の皆さんの表情が一瞬で笑顔になる様子に、僕はある種の確信を持ちました。会場の皆さんも、この表情になって欲しい。そうして、開場時間を迎えました。
2018年06月08日 07:58
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