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2017年05月19日

第704回「頻度マイスター 第3話」

 空を分けるように伸びる首都高速。高架下を行き交う多くの車をぼーっと眺めながら、洋平は、出会った日のことを思い出していた。そもそもなぜ自分の前に現れたのか。なぜあんなに熱心なのか。頻度が人生を豊かにする。待ち合わせの時間になると、人混みの中からふっと湧くように、男の姿が見えた。 「お待たせしました」 「いえ、僕もいま着いたばかりで」 「着いてきてもらえますか、すぐ近くなんで」  一体、どこに向かうのか。不安がなかったわけではないが、悪い人間ではないだろうというのが、洋平の直感だった。男は振り返ることもなく、すり抜けるように人混みの中を歩いて行く。歩幅が大きいのか、洋平は時折小走りにならないと間隔が空いてしった。 「ここですよ」 いつ曲がったのか、男は、一本入った路地裏に立っていた。 「確か、ここら辺に…あ、あそこだ」 空に突き刺すように、緑色のビルが建っていた。 「音楽教室?そんなところにあったっけ?」 小仲の顔が赤くなっていた。 「俺も知らなかったけど、あったんだよ」 「でも、なんでまた音楽教室…それって、音楽教室に見せかけた怪しい組織なんじゃないの?」 「怪しい組織?」 「そう、恐い人がいるような…」 「それが違ったんだよ」 「違った?」 「うん」 洋平は頷いた。 「ここは、アーティストを目指す人たちがたくさん出入りしています。もちろん、趣味でという方も少なくはないですが。夢を追いかけるのは素敵ですが、実際プロとしてやって行くのはとても大変です。ほんの一握りしかアーティストとして成功しない。ここから億を稼ぐビッグプレイヤーは果たして出るのか。まるで、宝くじ売り場のようですね。ちなみに洋平さん、楽器の経験は?」 男は、洋平の顔を見た。 「中学の時に、ギターをほんのちょっとだけ」 洋平は、照れ臭そうに答えた。 「へぇすごいじゃないですか!ギターですか」 「すごいなんてとんでもない!中学の時、バンドブームに流されただけで。モテたかったんでしょうね。カッコつけてギターを買ったものの、コード弾きくらいで、ほとんど…」 「いや、でもすごいですよ、楽器が弾けるのは。私なんて楽器どころか、歌も音痴ですし。でも、かっこいいですよね、バンドって。どうしてモテるんでしょうかね?鈴虫と同じで、音は、求愛になるのでしょうかね。」  エレベーターに乗ると、男の指が最上階のボタンを押した。洋平は、何も言わなかった。 「この中から、武道館にたどり着く人はいるのでしょうかね」  扉が開くと、大きな音が隙間から溢れていた。 「さぁどうぞ」 男に誘われるように、洋平はエレベーターから出てきた。

2017年05月19日 13:20

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