« 第704回「頻度マイスター 第3話」 | TOP | 第706回「頻度マイスター5」 »
2017年05月26日
第705回「頻度マイスター4」
「そりゃぁ、最初は怖かったですけど、でもなぜか、悪い人じゃないと思ったんです」
洋平は、インタビューに応えていた。
「私なら絶対ついて行かないです。それで、どうされたんですか?音楽教室で」
彼女は興味深げに尋ねた。
「エレベーターで上がると、いくつか部屋があって、小窓から中を覗き始めたんです」
「ほら、洋平さん、見えますか」
扉の向こうから、大きな音が聞こえていた。
「ここはどうやら、3ピースバンドのようですね。ボーカル・ギターがいて、ベースと、ドラム。世界的には、ニルヴァーナやポリス、CREAMなどがその代表格ですが、かっこいいんですよね、3ピースって。見えますか?」
顔を近づけると、扉が激しく振動しているのがわかった。
「いいバンドかどうかは、ベースを聴けばわかるなんて言う人もいますが、私はやはりドラムだと思っています。どんなにボーカルが良くても、ベースが良くても、ドラムがしっかりしていないとバンドとしては大成しない。ほら、見てください!すごいですよね、手と足と全身使って、まるで勝手に体が動いているみたいです!」
男は興奮気味に話していた。
「洋平さん、それぞれ役割わかります?足で叩いているのは、キックと呼ばれるバスドラム。バンドの中で最も低い音を担当しています。そして、シンバルはアクセントとして。裏で打つことが多いハイハットはテンポを安定させ、スネアドラムは激しさを増幅させる。それぞれ音色の違う楽器を、しかるべき順番で叩いて、曲を支えているのです。」
洋平は、中の人に気付かれないか心配しながら聞いていた。
「この曲でいうと、キックは一小節に4回、ハットも4回。スネアは2回。シンバルは8小節に1回。部位によって、叩く回数、頻度が異なるのです。同じテンポでも、頻度を変えることによって、ゆっくりにも早くにも感じられる。曲を支配するのはまさしくドラムなのです。ドラムが頻度の楽器なら、ドラマーはいわば頻度の魔術師と呼べるでしょう。そして、この頻度の美学によって生まれるのが、リズム。そう、頻度は、リズムなのです」
「頻度は、リズム…」
すると、扉が突然開いた。中から汗だくになった若い男が出て来た。
「あ、失礼しました。とても格好いい音がしたので、ついつい見惚れてしまいました」
「頻度は、リズム?」
インタビュアーが聞き返した。
「えぇ、そうです。頻度によってリズムが形成される。私もすぐには理解できなかったですけど、確かにドラムの叩く頻度を変えると、リズムが変わって、曲の印象もガラッと変わる事に気づいたのです。」
「どうでしたか?体が動き出したくなりませんでしたか?それが、グルーヴというものです。」
洋平たちは、近くの公園にいた。
「リズムによって、グルーブが生まれる。ノリがうまれる。同じメロディーでも、リズム次第で印象は大きく変わるのです。踊りたくなる曲、しっとりとさせたい曲。それを操るのがドラムなのです。もし、あなたがのれていなければ、それはリズムのせいなのです。」
男はそう言って、ブランコに腰掛けた。
「日常生活もしかり。あなたが踊れていないのは、グルーヴが生まれていないということ。あなたのメロディーに合っていないのですよ。だから、リズム、つまり頻度を見直す必要があるのです。あなたにとっての、キックはどれですか?あなたにとってのシンバルは?それらの頻度を見直せば、必ず、あなたの生活にグルーヴが生まれるのです」
洋平は、ブランコに揺られる男を眺めていた。
2017年05月26日 13:23
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.happynote.jp/blog_sys/mt-tb.cgi/162