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2016年06月19日
第663回「ままどおるのため息」
「忘れたら最悪だなぁ。絶対忘れないようにしないと…」
そう肝に銘じて、紙袋を上の棚にするっと滑らせるように置きました。
「一本早いのに乗れそうですね」
番組の収録がおわると、楽屋に戻らずそのままタクシーに乗り込みました。できることなら、ゆっくり温泉に浸かり、おいしい食事でもして帰りたいところですが、まだ東京でやることが残っていたため、いわゆるトンボ返り。しかしながら、タクシーの車窓を流れる自然の景観、深い緑や蛇行する川、緩やかな起伏の稜線は、眺めているだけで、心が和んでいきました。
「今度はぜひ、ゆっくり」
ほとんど信号もなく順調に峠を越えたので、余裕を持って駅に到着しました。売店に立ち寄ると、おいしそうな文字が並んでいます。会津喜多方ラーメン、白河ラーメン。普段あまりお土産を選んだりすることがないのですが、この手の、家で作るラーメンの引力に負けてしまうことがあります。
「東京に9時前に着くのか」
新白河から東京まではおよそ1時間半。白河ラーメンと、福島の銘菓「ままどおる」が僕の頭の上で眠っています。コーヒーを飲んでいるうちに、都会のネオンのなかに吸い込まれていきました。
「家に帰ったら曲作らなきゃ」
そう思って、車のドアを開けたときです。ただならぬ違和感を覚えました。
「もしかして…」
最悪なことが起きていました。そうです、棚に置き忘れてしまったのです。あんなに肝に銘じたのに、時間が経って、すっかり忘れてしまったのです。
「最悪だ…」
じわっと汗がでてきます。いまから戻ったところで、もうあの車両に戻れるわけではない。どうしたらいいのか。捨てられてしまうのか。もう諦めるのが手っ取り早いのか。いや、たかがラーメン、されどラーメン。それに、日本は、忘れ物が持ち主に届くことがたびたび耳にします。ケータイにしても財布にしても、海外では考えられないくらい、必ず帰ってくる治安のいい国。きっと、あの土産も戻ってくるはず。できることはやってみよう。
「本日の受付は終了いたしました」
電話越しに、コンピューターの声が聞こえてきました。
「だから言ったんだんよ、きっと忘れるよって」
「あんなに肝に銘じていたのにね」
ラーメンと、ままどおるたちが話していました。
「いくら肝に銘じたってだめなんだよ。人間は忘れる生き物。新幹線でスマホをいじっているうちに、僕らのことなんて忘れてしまうのさ。」
「そう、東京の人間なんてそんなもん!」
すると、一人のままどおるが心配そうに言いました。
「わたしたち、どうなっちゃうの?」
「ある程度の期間を過ぎたら…」
「過ぎたら?」
「処分かな」
「処分?!」
ままどおるは、目を丸くしました。
「処分って、わたしたち、なんのためにここまでやってきたのかわからない!せっかくおいしくなったのに!」
「仕方ないさ、僕は棚に乗せられた時点で、もう、それを覚悟していたよ。」
ままどおるたちから、大きな息が漏れると、紙袋がすこし膨らみました。
「やっぱり来ないね…」
「諦めたのかな…」
東京駅の忘れ物センターで一夜を過ごしました。
「あきらめちゃだめだよ。信じることが大事さ」
その声は、近くにいたうなぎパイでした。
「ワシなんか、置き忘れられるどころか、期間を過ぎていることさえ忘れられている。でも諦めていないんだ。他人を信じることは、己を信じること」
すると、ままどおるたちは顔を見合わせました。
「なんだか、走れメロスの気分!」
「そうだね!信じることが大切!」
「やってくるさ、きっと」
すると、係りのおじさんが入ってきました。
「あ、きた!」
「次は、だれかな?」
母親が迎えを待つ子供のようでした。
「9号車、9号車…」
そうつぶやくと、係のおじさんが紙袋をすっと持ち上げました。
「やったぁ!迎えにきた!」
「おめでとう!信じていたからだぞ!」
「ありがとう、あなたも、いつか!」
うなぎパイが涙を浮かべていました。
「ありがとうございます!」
そうお礼を言うと、僕はあのとき棚の上に乗せた紙袋を受け取りました。もちろん、中身もすべて無事。さすが、日本!さすがJR!
「ふかわさんですよね、いつもラジオ聞いていますよ、クラシックの」
置き忘れた衝撃、自責の念、そして再会の喜び、それらすべてが今回のふくしま土産でした。安心したのか、紙袋がまた少し、膨らみました。
2016年06月19日 17:43
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