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2012年10月28日

第507回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」




第六話 途方に暮れてる場合じゃない





「さすがにやばいな…」





 朝食を終えてホテルを出発し、北部の港町フーサヴィークへと向かった僕を待っていたのは、辺り一面、真っ白な世界。多少、雪が積もっているところはあったものの、道路や轍を覆ってはいなかったので安心していたのだけど、ここはリングロードではないために交通量が少ないからか、走っていくうちにアスファルトの面積は減少し、みるみるうちに道路や、視界すべてが雪で覆われていきました。以前の旅でこんなに積もっていたことはありません。心のどこかで引き返そうかという気持ちが芽生えるものの、道幅がそんなに広くないし、それこそ雪で幅自体、明確ではないので、Uターンする方がむしろ危険かもしれない。脇に転落でもしたら命に関わります。ゆっくりと進む鉄の塊。轍の間に積もった雪が車体をこすっていきます。





「この一本道は何度も通っている。ひたすらまっすぐだから、いつかアスファルトが見えてくる」





そうして何度もまっしろな坂道をのぼっては降りていきました。





「うそでしょ…」





そして、事件は起こりました。心のどこかで危惧していたことが起こりました。車が動きません。これまでどうにか走ってきたものの、完全に雪に埋もれてしまい、前にも後ろにも動きません。360度真っ白な世界。行き交う車も、近くに民家も見当たらず、僕は、途方に暮れるしかありませんでした。





「走ろう…」





 ここで諦めてはいけない。どこかに民家があるかもしれない。僕は、雪のなかを走り始めました。





「ここでおとなしく待ってるんだぞ!」





そして今年も開催されることになりました。もしかしたらどこかで走るかもしれないとは思っていたけれど、まさかこんな形で汗をかくことになるなんて。アイスランドマラソン。今回も参加者はひとり。あとはまっしろな雪と青空だけ。まるでマシュマロの上を走っているようです。もちろん、ゴールは決まっていません。誰か人に出会えるまで走り続けるしかありません。





「あれは!」





遠くに民家のような建物が見えてくると、雪の中を降りていきました。





「すみません!」





扉を叩いても、中から物音がしません。





「みんな出掛けているのかい?」





羊たちが建物の周りにいました。





「いまはいないみたいだよ」





仕方なく、また走り出そうとすると、遠くから流れ星のようにやってくるものが見えました。





「あれは!!」





間違いありません。なにかがこっちに向かってきています。車らしき赤い物体。それは流れ星とはいかないけれど、ゆっくりと着実に近づいてきています。そして、さっきまで小さかった物体が徐々に大きくなり、目の前には、フレンチクルーラーのような大きなタイヤをふたつ従えて、牧草地帯においてあるような車におじいさんが乗っていました。





「雪で動かなくなっちゃって…」





僕は車のキーを振って見せました。





「あの坂を越えた向こうなんですけど」





おそらく英語は通じていません。なんとなく表情と身振りで理解したのか、扉が開きました。





「ありがとうございます!」





おじいさんと青年を乗せた車は、雪を押しつぶすながら進んでいきます。





「あれです!」





雪道にはまった車が見えてきました。後続車がないことにほっとしました。





「これで引っ張ればなんとかなるだろう」





そういって、おじいさんがロープを取り出すと、雪に埋もれた車のバンパーの下に手を突っ込みました。これでどうにかなる、ちょっとずつ希望が見えてきました。





「あれ?おかしいな」





「どうしました?」





「ひっかけるところがないんだよ」





ロープをひっかける場所が見当たりません。これではひっぱりようにも引っ張れません。一瞬見えかけた光がまた閉ざされてしまいました。無言の時間が流れます。これ以上、引き留めるわけにもいきません。





「あれは!!!」





おじいさんの車と同じように、遠くから黄色の物体が移動しています。今回はすでに大きいことがわかります。





「もしかして…」





それは大きな除雪車でした。雪の上を四角い黄色がこちらに向かっています。本日二度目のヒーローの登場。





「ロープはあるんですけど、ひっかけるところが見当たらなくて…」





すると、除雪車のスタッフは、どこからともなく取り出した金具を車に取り付けると、大根でも引っこ抜くように、雪に埋もれた車を引きずり出しました。





「どれくらいここにいたの?」





1時間くらいでしょうか」





「夜中じゃなくてよかった」





そして黄色の除雪車は南へと去っていきました。





「さっきは本当にありがとうございました!」



おじいさんはやはり、扉を叩いた民家の住人でした。たくさんの羊たちが川辺で遊んでいます。そして車は、できたてほやほやのアスファルトの上を走り、フーサヴィークへと向かいました。

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2012年10月21日

第506回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」


第五話 まっしろな朝


「一年ぶりだ…」





 夜明け前にホテルを出発した僕は、ブーザルダールルでポテト休憩、ブロンデュオスでソフトクリーム休憩、そしてアークレイリの街を通過し、ミーヴァトン・ネイチャーバスと呼ばれる温泉に浸かっていました。もちろん、たくさんのマシュマロたちを集めながら。





ここは、これまでに何度も足を運んでいる場所で、もしかすると地球上でもっとも利用している温泉かもしれません。夕日がゆっくり降りてくると、まるで温泉につかっているように、光が水面できらきらと揺れています。





今回の旅はいつもと違う点がもうひとつありました。それは滞在日数。今回は一日多かったのです。あと一日あったらと、いつも思っていたので、これほど嬉しいことはありません。たかが一日、されど一日。少ない日数なのでこの違いは計り知れません。旅にどのような影響を与えるのかわからないし、決して十分な日数ではないけれど、気持ち的に余裕が生まれました。





「牛がいる!」





今日の泊まる場所は、はじめて訪れるホテル。農場経営らしく、牛舎が隣接し、館内からもガラス越しに、牛たちが並んでいるのが見えます。





「自家発電してるのよ」





館内の照明が時々明るくなったり暗くなったりしているのはそのせいで、そういえば、入り口に大きな機械がぶるぶると音を立てていました。車で2,3分のところに泊まる場所があり、アイスランドらしい清潔でシンプルな部屋に案内されました。





「今夜はもしかすると…」





足元は雪が積もっています。周囲は暗くてなにも見えません。ここは内陸部で標高が高いためか、車もときおり雪の上を通過しました。見上げると、たくさんの星たちが空を覆っています。雲のない夜空。晴れていることと、気温の低いこと、ともに条件を満たしている今日は、もしかすると上映があるかもしれません。





「もう少しなんだけどな…」





あのときの空気を体が覚えているからか、なんとなく気配を感じます。しかし今日も、薄い膜を張っているものの、カラフルな光のカーテンにはなってくれません。現れそうで、現れない。もっと気温が下がらないとだめなのでしょうか。とはいえ、まだあと何日かありますし、それに凄まじいほどの星の数。





「朝だ…」





上映していないか確認のため何度も出たり入ったりしていた旅人を起こしたのは窓から差し込む陽光。外は、目を開けられないほどまぶしいくらいの銀世界が広がっています。一面に広がる真っ白な雪が朝日を反射して空までも照らしているようです。





「おはよう!」





牛たちも朝食をとっています。吐く息も白く、すっかり冬の朝といった感じ。ガラス張りのテラス。本来は真っ黒な溶岩台地が雪に覆われています。真っ白な大地と、まっしろな牛乳。これは、搾りたてでしょうか。





「え…ちょっと、まって…」





グラスをはなれた牛乳がのどを通過したときでした。





「お、おいしすぎる…」





濃厚さとクリアな感じと、ほのかに甘く冷たいミルクが体の中を通っていきます。それは間違いなくこれまで飲んだ牛乳のなかで一番と呼べるものでした。





「おいしいミルクをありがとう」





牛舎に並んだ牛たちもカメラにおさめると車は北に向かいました。ここから一本道。その先には、思いもよらない出来事が待っていました。



23:32 | コメント (0)

2012年10月14日

第505回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」




第4話 missはこんなときに使うのか





「うそでしょ…」





それは衝撃の告白でした。彼女の口から飛び出した言葉は、一瞬にして僕の体を固まらせました。





quit!(やめたわ)」





そのあっさりとした歯切れの良い響き。日本からはるばるやってきた旅人にとってあまりに受け入れがたい現実。





「こ、この一年の間に、ですか?」





「えぇ、そうよ!」





「一頭も?!」





「えぇ、やめたわ!」





海に沈む夕日に照らされる牧草地帯のマシュマロたち。あのとき目にした光景が忘れられなくて、持ち帰りたくてやってきた一年ぶりの場所。そんなことも知らずに彼女は、やめてしまったのです、羊たちを飼うことを。坂道を降りる際に、おかしいなとは思っていたけれど、まさかこんなことになっているなんて。昨年は教会のまわりにもたくさんのいたのに。さすがはサンセットママ。行動がまったくよめません。彼女もきっと、この旅人が、夕日よりも羊たちに会いにきているとは思っていないでしょう。どうしてやめてしまったのか。いったいこの一年になにがあったのか、訊いてみたいけれど、さらに胸を痛めるのが怖くて訊けません。





I miss sheeps…」





体のなかからでてきた言葉。このときはじめて「miss」の本当の意味を知った気がします。近所で飼われている犬がある日突然いなくなってしまったようで、なんだか無性に寂しくなってきました。





「ごめんな、いまの僕にはキミたちを心の底からかわいがる余裕がないんだ…」





2匹の大きな犬が、これでもかと懐いてきます。





「そうだ…」





 あの場所にいけば会えるかもしれない。僕は車でラートラヴィヤルグを目指しました。それは地の果てを思わせる断崖絶壁。過去に何度か訪れましたが、そのときも振り向けば羊たちがいました。夕日を見にいってくると言って、ホテルをでます。太陽が水平線に近づくとともに、一面がオレンジ色に染まってきました。





「いない…」





いるのはまあるい太陽のみ。以前もそんなに数はいなかったけれど、たしかにいました。地面には彼らが残した黒い豆が散乱しています。どこかにいってしまったのでしょうか。風が激しく煽っています。





I miss sheeps…」





僕はただ、海にとけてゆく夕日にレンズを向けることしかできません。





「お味はいかが?」





昨年と同じ場所で夕日を眺めながら夕食。僕以外にはまだだれもいません。映画のセットのような教会。建物に描かれたサンセットのイラストもオレンジ色に染まっています。ここにマシュマロたちがいたらどんなに幸せなことか。海辺の牧草地帯に羊たちが浮かび上がってきました。





「ほーら、覚悟しなさい!」





サンセットママが羊たちを追い込んでいます。





「いまからあんたたちを食べてしまうからね!無駄な抵抗はやめるんだよ!!一匹残らず食べてしまうから!!」





うなされるように目を覚ますと深夜1時。昨年はこの場所で2時間ほどのノーザンライツが上映されました。天気もいいし、今日もひょっとしたら見られるかもしれません。





「そううまくはいかないか…」





気持ちがそうさせているのか、うす〜い膜が空を覆っているようだけれど、いわゆるオーロラとは呼べなそうです。そして旅人は、夜が明けるのを待たずに出発しました。





「残念だったね」





「いや、ほんとだよ。まさかやめるなんて…」





「いろいろあるんだね」





「せめて今日まで待ってくれたらよかったのに」





朝がはじまろうとしていました。



13:30 | コメント (0)

2012年10月10日

第504回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」




第三話 マシュマロを集めて 





「それじゃぁ、気を付けて!」





おそらくそんなことを言ったであろうレンタカーのスタッフからキーを受け取った僕は、まるで普段乗っているかのような無駄のない動きで荷物を載せると、運転席に体を預けました。何度経験しても、この地で車が動きだす瞬間は気持ちが高揚するもの。はやく大自然へと飛び出したい、でもその前に行かなければならないところがあります。





「さぁ、出番だ…」





ハーフサイズの太巻きが最初に向けられたのは、そう、この街のシンボル、ハトルグリムスキルキャ教会。今回も旅の安全を祈願してから出発です。





「さて、どこに行こう!」





予定にとらわれたくないので、例年通り、初日と最終日以外は宿をおさえていません。どこに向かうかは気分次第。心にハンドルを委ねます。右回りでいこうか、左回りで行こうか、リングロードまでのシンキングタイム。ラジオが流れています。





「あの場所にしよう」





いろいろ行きたい場所がある中で、特に欠かせない場所が頭に浮かびました。それはこれまで二度訪れた場所。アイスランドの西端。昨年はオーロラにも遭遇しました。でも撮影したいのはオーロラではありません。





「夢を見ているようだ…」





海に沈む夕日が、牧草地帯の羊たちをオレンジ色に染めています。幻想的なあの色を忘れることはできません。夕日に染まるマシュマロたち。あの色を切り取ろう。車は、西部イーサフィヨルズルへ向かいました。





「さぁ長旅だ…」





ここから目的地までは500キロ。きっと夕方くらいには着くでしょう。建物がなくなり、周囲が自然に覆われると、「アイスランド2012」と書かれたCDが回転しはじめました。今回は、これまでの総集編。ベスト盤のような構成になっています。





「いた!」





牧草地帯のマシュマロたち。それらは雨のように、ポツリポツリと見えたかと思うと、突然、大量のマシュマロたちが現れます。





「ここらへんでいってみるか…」





車を降りてレンズを向けました。ファインダーこそないものの、やはり、レンズを動かすしぐさに臨場感があります。徐々に慣れてくると、標準のレンズでは物足りなく感じ始めました。





「ついに登場か」





禁断の太巻き、望遠レンズを取り出しました。手術前に手袋をはめるようなレンズの付け替え作業。カチっという音が身を引き締めてくれます。そして僕は長い太巻きのようなレンズを牧草地帯に向けました。





「す、すごい…」





さすがは望遠レンズ。標準レンズとは比べ物になりません。画面いっぱいのマシュマロ。遠くの羊たちの表情までわかります。マシュマロたちが吸い込まれていくようです。





「アサノさん、ありがとう!」





やはり買ってよかった。このレンズがあってよかった。





「フレンチフライひとつと…」





ブーザルダールルでポテト休憩。スープとパンと、カメラのなかにはたくさんのマシュマロたち。小さな画面で上映されています。





「もうすぐだ!」





そして、どれくらいたったでしょう。マシュマロを集めながらだったので、結構時間もかかりました。まだ日は沈んではいません。やがて教会が見えてきました。車は海に突っ込むように坂を下りていきます。





「覚えてるわ!あなた、あそこで食べてたわよね、夕日を眺めながら」





昨年泊まった海辺のホテル。通称サンセットママは、オーロラがでたら起こすわといいながら起こしてくれなかったけれど、僕のことはしっかりと覚えていてくれました。しかしその数秒後、彼女の口から衝撃的な事実が伝えられました。





 





 



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2012年10月01日

第503回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」




第二話 すでに旅ははじまっていて





首から提げているといってもおそらくみなさんが想像しているような提げ方ではありません。ぶら下がっているのは剥き出しになったカメラではなく、カバン。というのも、望遠レンズは通常のレンズと付け替えて使用するから、この巨大な太巻きを持っていかないといけません。カメラ本体にしても、レンズにしても、初心者の僕にとっては精密機械すぎて、デジカメのように扱うことはできず、わざわざ専属のカバンをつけるという、警戒態勢。結果、カバンがひとつ増えることになりました。オレンジ色のスーツケース、水色のリュック、それに加えてショルダーバッグ。目的がひとつ増えただけで、まるで子供を連れて行くような、肉体的・精神的負担がのしかかりました。





「やっと着いた…」





 アイスランドではありません。ようやく機内で一息。すでに北緯66°に合わせた服装のなかはすでにシャワーでも浴びさせたいほど。そんな感じで、6回目のアイスランドへと旅立ちました。





毎年休むことなく6回目。それは恒例行事にしているわけでもなく、簡単に決まったわけではありません。例によって結構ぎりぎりまで葛藤していました。





「夏休みをとるべきだろうか」





 最初の葛藤。4月から新しくはじまった番組は平日の帯番組。しかも立場上、簡単に休めるものでもありません。アイスランド云々のまえにまず休みをとるべきだろうか、そして果たしてとれるものだろうか。それが、僕とアイスランドの間に立ちはだかった最初の壁でした。





「続けるために、休むべきだろう」





単に休みたいのではない。続けるためにリフレッシュする。背中を押してくれる共演者たちの声もあり、9月上旬の一週間、休みをいただくことになりました。





「どこにいこうか」





2番目の葛藤。もう散々訪れたし、旅行記も出版しました。もちろんアイスランドは好きだし行きたいけれど、ほかに気になる場所がないわけでもありません。ファミレスでメニューを選ぶように、自分がいま一番行きたい場所を探しはじめました。かつて訪れたポルトガルも捨てがたく、いつかは南米やインドも行ってみたい。きっと次のお正月は行けないだろうから、それだけ慎重に審議が進められます。休みだけいただいて、9月上旬の自分の居場所が決まらない状態が続いていました。





「やっぱり、いきたい…」





あらゆる国をなぎ倒したのはやはりこの国でした。何回訪れていようがかまわない。どうしても行きたい。そうして僕の心は、アイスランドへと旅立っていきました。





「ついた…」





コペンハーゲン経由でレイキャヴィクに到着。ケプラヴィーク空港をでるとあの冷たい風が待っていました。この風に触れると北緯66°を実感します。ここからいつもの大きなバスで市内に向かいます。時計は24時をまわっています。すっかり睡魔に襲われた僕の膝の上で、厳重に保護された太巻きが揺れていました。





 





 



09:48 | コメント (0)