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2011年10月29日
第464回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第六話 水と光のラプソディー
青色を薄めた空と山との境界線。オレンジ色のライン。地球の向こう側からやってくる光。ゆっくりと、夜から朝へ移り変わる時間。新しい一日が始まろうとしています。地球が回転して太陽が顔をだせば、すべての山の頂がダイヤモンドヘッド。やがて川や湖、大地に点在するすべての水面に溶けていくように、光が揺れています。湖たちの朝食。水と光の戯れ。異国の朝はいつも美しいですが、とりわけこの島は自然の偉大さを感じずにいられません。朝がいかに特別なものか。日常がいかに素晴らしいものか。目の当たりする自然の美。文明のありがたみは、ときに自然のそれを忘れさせてしまうのかもしれません。
目を細めるほどのまぶしい朝。陽光と格闘しながら海沿いの道を、昨日と逆方向に走っています。朝日に照らされるマシュマロたち。草を食べていたり、岩の上でのんびりしていたり。夕日を見て黄昏ているようなシルエットはまるでムーミンのエンディングのよう。太陽が映し出す朝のスクリーンは、都会とは違う時間が流れているようで、勿体なくて声をかけることもためらってしまいます。
「今日も長旅だ」
結局、同じ場所にずっといられないようです。今回こそはと思いながらも、ひとつの場所で数日間のんびりということができません。5回目にしてもそう。そのためにはやはり2週間くらいの滞在が必要なのでしょうか。早朝に出発したのは、今日の移動距離を考えてのこと。目指すはお気に入りの街、アークレイリ。これまでに何度も登場している響きですが、おそらくここから500キロ以上はあるでしょう。ちなみに天気予報はもう見ていません。安心したのではなく、もう気にならなくなったから。昨日一日に目にしたもので、なんだか今回の旅は満足点に到達。だから、晴れていようが雨だろうが、もうどちらでもよかったのです。では、ここからアークレイリまでの間、この島のことをおさらいしておきましょう。初回から読んでくれている人もきっと忘れているでしょうから。
まずエリクソンという人物。何度も登場していますが、彼はアメリカ大陸を発見した者。というとコロンブスじゃないの?となるのですが、実はそれよりも数百年も先に発見していたのです。コロンブスはインドだと思ったのに対し彼はその地(現在の北アメリカ大陸)をヴィンランドと名付けました。ちなみにこのエリクソンという名前にあるように、アイスランドでは名前の末尾に「ソン」をよく目にします。これは息子の「son」で、エリックの息子という意味。だから、レイブル・エリックソンは「エリックの息子のレイブル」ということになります。一方、日本でも親しまれているビョークの本名、ビョーク・クズムンヅドッティルの「ドッティル」は「daughter」、そう、娘です。クズムンヅさんの娘、ビョークということになります。つまり姓がないのです。現在では憲法も改正され、姓をつける場合もありますが、たいていの人が昔ながらのスタイルに習っています。シガーロスのヴォーカルはヨゥン・ソー・ビルギッソン。「ヨンシー」はあだ名。「春にして君を想う」の監督は、フリドリック・トール・フリドリクソン。ふざけているのではなく、この島での風習なのです。
「着いた!」
アークレイリではありません。西部と北部の中間に位置する高台の街、ブロンデュオス。長いドライブの間に現れる小さな街は、いつもきれいで心が和みます。サービスエリアこそないものの、ガソリンスタンドには売店やレストランが併設され、ドライブイン的な役割。日本でいう道の駅のようなものでしょうか。ここも何度か訪れたことのある場所で、ブーザルダールルに並ぶ印象に残る街。青空と建物と、言葉では表現できない空間的な美しさがあるのです。
「コーヒーとソフトクリーム」
これがこの旅でのゴールデンコンビ。途中、ブーザルダールルで食事をとっていたのでここはおやつタイム。空に揺らめく旗。この島は空が広いので旗がよく映えます。また、国旗が掲げられていることが多く、この島の住人である誇りも高いのでしょう。そして車はアイスランド第二の都市、アークレイリに到着しました。もう何度も登場している響きですが、初めて足を踏み入れた時の感覚はいまでも忘れられません。フィヨルドの入り江に浮かぶ大きな雲。山の麓に並ぶおもちゃのようなかわいらしい家。レストランや雑貨やさんなど、街全体がファンタジーの世界。いまでは吉祥寺に並んで住みたい場所としてあげられます。
「え?まだ行くの?」
行きつけのガソリンスタンドにいました。
「あたりまえでしょ。」
車と話しています。
「だって、今日はここに泊まるんじゃないの?」
「そうだけど、まだ時間あるでしょ」
給油を終え、スタンドを出ると、車は離陸するように山の斜面をのぼっていきます。ジェットコースターのように、いまにも空へ飛び出しそう。
「そんなに急がなくても」
「のんびりしていたら日が落ちちゃうから」
車は東へと向かっていました。道が暗くなってしまうのもありますが、日が沈む前に到着しておきたいのです。しかし、そんな道を急ぐ僕たちを妨げるものが現れました。
「もしかして…」
やはり気配がしました。
「どしたの?」
空にのびる虹。今回は一片だけかと思うと、やがて反対側まで伸びていきました。こうなるとスピードを緩めずにはいられません。やはりこの島で車をとめるのはこういったときなのです。
「間に合った…」
水色の世界が広がっていました。ここも毎年訪れる場所。それどころか毎日訪れたこともあります。アイスランドは火山の地熱を利用した温泉があり、レイキャヴィクのブルーラグーンは観光地としてとても有名なのですが、北部のここは穴場であまり知られていません。たった一人ではいることもあります。ネイチャーバスと呼ばれるこの水色の温泉は、周囲を荒野に囲まれた水上の楽園。アイスランドの一般的なイメージからはかけ離れているかもしれません。水色の温泉に夕日がとけていきます。水と光。こうして浸かっていると、果てしなく続く水色の海に、太陽が沈んでいくように見えるのです。
「最高だ…」
世界中の光を吸い込むように、太陽が沈んでいきます。水平線に沈むまぁるい夕日を眺めながら体を休める旅人を、銀色の車は外で待っていました。
2011年10月22日
第463回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第五話 目覚まし時計は夢の中
「うそでしょ…」
呆然と立ち尽くす男。彼を動かなくさせたのは扉に貼られた一枚の紙。
「泊まれないってこと…?」
手書きの英文には、二つの日付が記されています。今日はまさにその間に位置する日。どうやらちょうど休み期間に来てしまったようです。観光シーズンを過ぎたいま、親子で羽を伸ばしているのでしょう。貼り紙がパタパタと音を立てています。
「なんてことだ…」
よりによって、このタイミングで来るなんて。近所のお蕎麦屋さんの定休日とはわけが違います。はるばる飛行機を乗り継ぎ、さらに車で長時間かけてやっとたどりついた場所。そっかじゃぁまた今度にしようなどと、気軽に来られる距離では到底ありません。何も決めないとこういった現象が起こるのです。しかし、これも行き当たりばったりの旅の醍醐味。それに、しこりがなくなったように、気持ちはどこかすっきりしています。というのも、もしここに泊まっていたらさっきの光景が気になって仕方なかったはず。これで心が揺らぐこともありません。うしろめたい気持ちもなくあの場所に向かうことができます。
「きっと、こういうことなんだ」
再び山道を戻り、サンセットホテルを目指しました。
「もうなかったりして」
さっき目にしたものは幻で、実在しないのでは、そんな不安さえ芽生えます。やがて、教会の赤い屋根が見えてきました。さっきより、ここ一帯のオレンジ色が濃くなっているよう。あのとき目にした光景のなかに自分の体があることに、映画の舞台にいるような、ちょっとした興奮をおぼえていました。
「一人なんですけど…」
扉から吸い込まれると、恰幅のいい女性の笑顔が迎えてくれました。お腹からでてきたような「シュアー」という言葉。思わずレンズを向けたくなります。これで万が一、満室だったらどれだけ途方にくれていたことでしょう。
「夕食は20時までよ!」
太い木の枝についた鍵を渡されると、遊びにでかける小学生のように、荷物を置いて部屋を飛び出すと、マシュマロたちのほうへ駆けていきました。海辺の牧草地帯。宿泊施設に隣接しているからか、ほかの場所にくらべ警戒心も薄いよう。走って逃げだしたりもせず、ぎりぎりまでぽわんとしています。夕日に染まるマシュマロたち。ビジターの羊飼いにとってはこれほど贅沢なものはありません。
「素晴らしい眺めですね」
レストランには何組か宿泊客がいました。それこそ、競合施設が休みなので、ここに流れてくるでしょう。赤い屋根の教会や風に揺れる羊たち、窓から望むサンセットシーンは、壁に掛けられた絵画のように、このホテルでは毎日みられるのでしょうか。ゆっくりと海に溶けてゆく太陽を眺めている僕に、思いもよらぬ言葉が飛んできました。
「ほんとですか!」
自然と発せられるreallyという言葉。サンセットママによれば今夜現れる可能性が高いとのこと。そもそも予報というのがあるのでしょうか。嬉しそうに報告する彼女の言葉は、あまり意識していなかった僕に、真夜中の上映を期待させるものでした。そうして、郷土料理らしきスープを味わっているうちに、あたりはすっかり薄暗くなり、暗闇と静寂にゆっくりと包まれていきました。
「もし出たら起こしてあげるわ」
その言葉で安心したのか長旅の疲れか、食後のコーヒーを飲むと、すぐに眠りにつきました。
「あれ?」
旅人を起こしたのはサンセットママではありませんでした。時計を見ると12時すぎ。ノックの音はしてはいないようです。やっぱり予報はあくまで予報かと、なんとなく窓の外をのぞいてみました。
「え?」
もう一度、部屋のあかりを真っ暗にして窓の外を眺めました。
「もしかして…」
急いで上着を羽織り、応急的に重装備をして外に飛び出ると、そこにあったのはまさしく、真っ暗な空に浮かび上がるオーロラでした。
「うそ…」
まさか本当に見られるとは思いませんでした。人生で一度見られれば十分だと思っていました。空に現れては消える光のカーテン。西の空に出たかと思えば東の空をゆっくりと泳ぐように流れる光。何度見ても、どんなに覚悟をしていても神秘性を欠くことはありません。
もしかしたら、オーロラが起こしてくれたのかもしれません。だとしたらなんて贅沢な目覚まし時計。それに比べてあの言葉はなんだったのでしょう。もはやオーロラ以上に不思議な現象。たしかにノックして起こしてあげるわと言っていたのに。いまも熟睡しているのでしょうか。手は凍え、ティッシュの消耗も激しくなってきました。ただ、このときばかりはレンズを向けません。一般的なデジカメでは撮影できないのです。その代わりに登場するのがオーディオプレイヤー。流れ星とオーロラとチルアウトサウンド。こうやって音楽を聴いているだけで、夜空さえもダウンロードできてしまうのです。
昨夜の小さな光をのぞいても人生2度目のノーザンライツ。なんだか、もうひとつのホテルが休みだったことが単なる偶然じゃないような気もしてきました。オーロラは流れ星とは違って一瞬ではありません。結局2時間くらいでしょうか。たまに部屋に戻って暖をとりながらも、ずっと空を眺めていました。やがて、夜が薄められるように、空が徐々に青みがかってくると、マシュマロたちもうまれるようにぼんやり浮かび上がってきます。彼らはいつ眠っているのでしょう。草を食む音が聞こえてきそうな静かな夜明け。教会の屋根も次第に色を取り戻してきました。
「まだ眠っているかな」
部屋の鍵に手紙を添えて、フロントに置いておきました。もうひとつのホテルに泊まったときは、このタイミングで娘さんが起きてきてサンドウィッチを作ってくれたのですが、歴史は繰り返さないようです。
「また来るよ!」
羊たちにそう告げ、夜明けのラートラビヤルグをあとにしました。砂利道の音が響き渡ります。山の向こうからこぼれる朝日。今日もまたあの場所に沈んでいくのでしょうか。朝もやを縫うように、車は走っていきました。
2011年10月15日
第462回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第4話 虹の気配
「やっぱり…」
僕の目に映っているのは大地にしっかりと両足をつけて立つ虹。空の入り口のようにまぁるいアーチがくっきりと浮かび上がっています。東京でも時折見ることはできても、なかなか端から端までというのは難しいもの。それに、カメラを準備しているうちに消えてしまいますが、ここでは遮るものがないので麓から麓まで目で追いかけることができるうえ、そんなに慌てなくてもレンズを向けるまで待っていてくれます。それどころかしばらく追いかけながら車を走らせられるほど長い付き合いになるのです。夢の国の入り口。たとえ背後でも気づくほどの存在感。気配の正体はこれだったのです。
「まただ!」
この島で車をとめるのは、信号ではありません。羊たちや虹が車をとめる国。ただ、いくら虹でもあまり登場頻度が高いと遭遇する側の感動も薄まってしまいかねません。旅行中だからキープできるものの、ここに住んでいたらなにも感じなくなってしまうのでしょうか。そこらへんは虹サイドも上手にプロモーションしてもらいたいところです。そうして、いくつもの虹を潜り抜け、マシュマロたちに声をかけながら走っていくと、車はまた光輝くものに遭遇しました。のどかで静かな街、ブーザルダールルです。
「お昼ごはんにしよう」
一年ぶりの街。ここもアークレイリなどと並んでお気に入りの場所のひとつです。なにがあるかというと、なにもありません。人口数百人ほどの小さな町は、ちょっとしたスーパーとちょっとしたレストランとあとは青空だけ。そのなんともいえない雰囲気に、初めて足を踏み入れた瞬間、心を奪われてしまったのです。
「ハンバーガーとスープと…」
そしてフレンチフライ。いわゆるポテトですが、これは海外での必須アイテムで、アイスランドでよく口にするもののひとつ。外国の食事は口に合わないケースが少なくないですが、比較的はずれないのがこれ。量がびっくりするくらい多かったりすることもありますが、まず口に合わないことはないでしょう。海外ではポテトを食べろ、という先人たちのおしえに習い、地元の人たちに混ざってポテトを口に運んでいました。
「さぁ、まだまだ先は長い…」
ソフトクリーム越しに海が見えています。北欧の海というとあまりイメージはないかもしれませんが島なのでとうぜん海に囲まれ、場所によっては砂浜もあります。クリーム色の砂浜こそ広がっていますが、やはりどこか南国と違う印象。水着ではしゃぐ人たちの代わりに、毛皮をまとった白いマシュマロたちがはしゃいでいます。いったい、どこからやってきたのでしょう。ここでも風に揺られる羊たちの姿がたくさん見られます。
「まだまだ先は…」
氷河が削ったフィヨルドの地形は手の指のように入り組んでいて、いけどもいけどもなかなかたどり着けません。ブーザルダールルを出てどれくらいたったでしょうか。時折現れるマシュマロたちに気持ちをサポートされながら、ようやく今日の目的地ラートラビヤルグに到着すると、そこで待っていたのは断崖絶壁と天気予報どおりの雲一つないクリアスカイ、そして車を吹き飛ばしそうな強い風でした。
なぜ海を見たくなるのでしょう。なぜ安心するのでしょう。島の西端に位置するこの場所から眺める海や夕日はずっと昔から変わらないのでしょうか。地面に背中をつけて、まるで地球を背負うように寝転がりました。青一色になった視界を鳥が通過していきます。オーディオプレイヤーからこぼれた音が、耳の穴からはいってきました。いま見えている色や肌で感じている空気、におい、すべてが音に刷り込まれていきます。そして僕の体をとりまく環境をすべてダウンロードし終える頃には、瞼を閉じて眠っていました。
「くすぐったい!ちょっとやめて!」
草原で寝息を立てる男の顔をひたすら舐めまわす羊たち、そんな夢でも見ていたのでしょうか。ほんの数分ではありましたが、地球全体をベッドにしたような、とても贅沢な昼寝でした。まだ昼間のような明るさではありますが、時計はもう18時。ここから大きな移動は体力的にも厳しいので、このエリアで泊まることにしました。
「きっと空いてるでしょ」
断崖絶壁から車で20分ほどのホテルに向かっていました。ホテルというよりバンガローという感じですが、そこは以前泊まった際の夕食時にピアノを弾き、翌日は早朝にもかかわらず、娘さんにサンドウィッチを作ってもらった思い出の場所。別れ際に発した「また来ますね」という言葉を社交辞令にしたくなかったので、また来ちゃいましたと挨拶がてら泊まれたらと。覚えているかどうかはわからないけれど。しかし、そんな思い出に浸る旅人の行く手を阻むものが現れました。
「あれはなんだ…」
まるでポストカードのような光景。オレンジ色に染まる教会と陽光に輝く海。牧草地帯で戯れる羊たちを夕日が照らしています。現実とは思えない幻想的な世界。あの白い建物は宿泊施設なのだろうか。ゆっくりと坂を下りていくと、壁面に夕日の絵が描いてあります。
「どうしよう…」
やはり宿泊施設のようです。心が大きく揺さぶられています。とても惹かれる世界ではあるものの、やはりあのときの恩を捨てられません。しかし、ここに泊まればきれいなサンセットをマシュマロ越しに眺められるはず。なにより壁の絵がその美しさを物語っています。
「決めた!」
やはり恩を捨てられなかったのでしょう、車は再び坂を上り、赤い屋根の教会をあとにしました。
「これでいいんだ、これで…」
しかし、彼を待っていたのは誰も予想だにしない現実でした。
2011年10月09日
第461回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第三話 再会
まるで水槽のなかにいるような青空、東の低い位置からは太陽が照らしています。大地を分けるようにただまっすぐ伸びる道。ときおり現れる行き先を示す黄色い看板が、旅の気分を高めてくれます。イーサフィヨルズルにせよ、アークレイリにせよ、飛行機なら一時間もかからずに到着できるところをわざわざ車で行くのには、いくつか理由がありました。小さな飛行機が苦手ということ、のんびり音楽を聴きたいこと、そしてもうひとつ。むしろ、そのためにここへやって来たといっても過言ではないかもしれません。
「いた!!」
もうおわかりでしょう、それは羊たち。まるで緑の絨毯の上にたくさんのマシュマロをばらまいたように、真っ白な羊たちが一面に広がっています。それらはだれがどう見てもマシュマロと言わざるをえないほど丸々として、ふわふわして、特に好きなのは、牧草地帯にぺたっとおなかをつけて寝ている姿。顔が見えないほど毛並みに覆われて、たったいま空からぽとぽと落ちてきたかのようにぽわんとしています。その愛らしい姿は思わず抱きつきたくなるほど。地球の素顔があろうが、巨大な滝や温泉があろうが、この白いマシュマロたちがいなかったら、こんなにも足を運んでいなかったでしょう。それくらい重要な存在なのです。アイスランドになにしにいくの?と訊かれたら、口からは違う言葉がでたとしても、頭の中には確実に白いマシュマロの姿が浮かんでいます。間違いなく、彼らに会うために訪れているのです。
「よかった…」
今年最初のマシュマロに、安堵に似たものものを感じたのは、あまり時期が遅いと羊たちの姿も少なくなってしまうから。だから一年ぶりの再会は、七夕のそれのようで、発見するまで緊張するのです。ほんのり茶色がかった牧草地帯に風に揺られながら草をはんでいる羊たち。まさにこの光景が、僕を飛行機から遠ざけるのです。
羊毛はこの国の重要な産業なので、いたるところで放牧されているのですが、まるで国中で放牧されているかのように、あらゆる場所で見かけます。それに
放牧といっても、いわゆる柵がある牧場のようなところで飼われている感じではなく、柵はあるのだけど気持ち程度なので、道で寝そべっていたり、横断しているマシュマロたちをよく見かけます。3頭単位で行動することがおおく、親子並んで歩く姿は心がなごみ、また、逃げ出したのか、彷徨っているのか、いったいどこかた来たのか、どんなに荒涼とした場所でも彼らの姿はあり、本当に空から降ってきたかのよう。どんなときでも黙々と草を食んでいる彼らの姿は、たまに襲われる孤独感や寂寥感らを吹き飛ばしてくれるのです。
「おーい!」
これが羊たちとの接し方。何度か触れていますが、通過する際に車の窓をあけて大きく声を掛けるのです。すると、地面に口をつけている羊たちが一斉に顔をあげてこちらを向くのです。動物たちと通じ合う瞬間。車の音には反応しない彼らも、人の声には敏感で、どんなに遠くても顔をあげます。もちろん、車から降りることもあるのですが、羊たちの群れのたびに降りていたらなかなか進むにすすめません。それでも、たまらず降りてしまうのですが。
「おーい!!」
風が、遠くにいる羊たちまで、声を運んでいます。もはや気分は羊飼い。だから、帰るときはとても胸を締め付けられるほど寂しくなります。とくに決まった羊たちがいるわけではないのに。できることなら、羊たちをぜんぶ連れて帰るか、こっちで羊飼いとして生活したいほど。いまはビジターの羊飼いといったところでしょうか。
雲や、山に映るその影さえも羊たちに見えています。視界に映る白いものはすべてマシュマロじゃないかと反応してしまう。そういえば、この島の形も羊に見えなくもありません。眠れない夜に羊を数えたら、さらに興奮して余計眠れなくなってしまうでしょう。毛並みが風に揺れています。これまでにどれだけ声を掛けたことでしょう。あんまり声を掛けすぎて、いまでは頭が羊のよう。ビジターの羊飼いはやがて羊になってしまうのでしょうか。しばらく車を走らせると、彼はまたあるものに遭遇します。これも、この島の名物。
「もしかして…」
なんだかそんな気がしました。そんな気がして振り返ると、やはりいました。いつも気配がするのです。気配がして振り返れば、彼はいつもそこにいる。僕はエンジンをとめ、車から降りました。
2011年10月02日
第460回「だから僕は走りたくなったんだ〜アイスランド一人旅2011〜」
第二話 ゲームの行方
目を覚ますと、小さな時計は3時をまわったところ。外は暗く、ライトアップされた教会の前で勇者はまだ出発していない様子。上着を羽織り、右側のポケットにカメラの重みを感じながら外にでれば、さっきより冷たい風は手袋を取りに戻ろうか迷うほど。そういえば、前回は「気合がなくなるから」という理由で持ってこなかったカメラを今回はなんの迷いもなく手にしているのは、決して意味がなかったからではなく、たとえばこうして思い出す際の道具のひとつとして役に立つからで、前回の実験が失敗だったからではない、と信じています。しかしながら、持っているとどうしても使わずにいられず、これまで何度も撮影したものだというのに、まるで初めて出会ったかのようにレンズを向けてしまう。そうして、2011年版の教会やエリクソン像がカメラにおさめられると、なんだか気になるものが視界にはいりました。
「なんだろう…」
真っ暗な空に浮かぶ白い影。雲のようですがどうも違う気がします。風に流されるというよりは、浮かび上がったり見えなくなったり。
「もしかして、これって…」
ホテルまで送ってくれた人の言葉が頭をよぎります。しかし、目を凝らして見ようとすればするほど、周囲の光りのせいでよく見えず、月明かりさえ恨みたくなります。暗い場所を求めて歩いても、首都だけに、なかなか明かりのないところがありません。でもたしかに浮遊する感じは、雲とは違います。
「もっと暗い場所なら」
見えているのかもしれません。電力を使用すればするほど、オーロラは遠ざかってしまう。しかし、このことは今回の旅のいい予感をさせてくれました。そしてなにより、天気のよさを物語っています。
「もう大丈夫かな」
だれもいないラウンジに、パンやハムが並んでいます。結局あのあと眠れず、シャワーを浴びて、7時ちょっと前。奥で昨夜の若者が準備をしています。これまでの旅で共通していることのひとつは、朝食がおいしいこと。トーストの焼ける香り。一枚目はただバターを塗るだけ。2枚目はハムをのせ、3枚目はそこにチーズが覆い被さります。運がいいと、サーモンなんかもあるのですが、今日はどうもなさそうです。
「国内線の空港まで」
国内線のそれは国際線と違い、市内に位置しています。タクシーの運転手さんに伝えると、青白く光るチョルトニン湖の脇を通り、教会を中心にコンパスで円を描くように走れば、10分ほどで到着。やはりここも懐かしさがシャッターを押してしまいます。鉄道のないアイスランドでは飛行機が市民の重要な交通手段。いくつかの航空会社のマークをつけた飛行機がこの島の上空を飛び回っているのですが、ここから北部や東部の街だけでなく、グリーンランド(デンマーク)にも行くことができます。ここはかつて、強風のために運転見合わせが続き、何時間も待ちぼうけをした場所。ずっとコーヒーを飲んでいた席はいまもあり、いまとなってはいい思い出。あの頃はこんなにも来るとは思っていなかったでしょう。でも今日は飛行機には乗りません。
「いま空港についたので」
「わかった、数分でスタッフがいくわ」
「a few minutes」という言葉すら懐かしく、もしもそれが目に見えるものならおもわずレンズを向けていたかもしれません。一年ぶりのフレーズの余韻にひたっていると背の高い男性スタッフがやってきました。そうです、ここはレンタカーを借りる場所。ここからは自分で運転する旅になります。もちろんこのために国際免許も取得済み。借りる手続きも慣れたもので、レイキャヴィクの街に入り込むまで時間はかかりません。3日後の夕方までのパートナーは今回も日本で見かける車。かつてはcdがはいらずひと騒動ありましたが、もう大丈夫。左ハンドル右側通行にも抵抗はありません。
「油断は禁物!」
今回のように、気持ちに余裕がでてきたときが一番あぶない、そう言い聞かせて握るハンドルの向こうで強い日差しが降り注いでいます。教会も遠ざかり、次第に見えなくなりました。
地元のラジオが流れています。当然今回も世界にただ一つのコンピレーションアルバムは持参していますが、すぐには使用せず、一号線に乗るまでは地元のラジオを聴く、これがいつからかはじまったルール。いずれにしても、街中の風景にはラジオの音のほうがしっくりきます。
初日と最終日以外はホテルも行き先も決めていなかったのですが、なんとなく北部の街、アークレイリまでいこうと思っていました。そこはアイスランドのなかでもとくにお気に入りで、かわいらしい建物と豊かな自然が共存する、とても美しい水辺の街。しかし今朝になって、行き先を変更せざるをえなくなりました。朝食後のコーヒーを飲み終えたときのことです。
「え?」
目を疑いました。信じられない光景が僕の眼球に映し出されています。あんなに優勢だった太陽チームが、雨雲チームに巻き返されていたのです。幸い、力は拮抗していて、太陽がいくつか残ってはいますが、風向き次第ですべてひっくり返ってしまいそう。それに、北部のアークレイリはもはや雨雲チームに占領されています。この途中経過が、僕の気落ちを動かしました。雨を知っていてアークレイリには行きたくない、となると残るは西部か南部。いずれも車で訪れたことのある場所。どちらも太陽のマークが微笑んでいます。
「今日は長旅だ…」
車は国道一号線に乗ると、北へと向かいました。目指すは北西部の町、イーサフィヨルズル。その後のことを考慮すればそのほうが得策というのもありますが、最西端に輝く太陽のマークの引力にはかないませんでした。この一号線はリングロードと呼ばれ、山手線のようにこの島を一周している道。この道にはいると、まるで別の国かと思うほど景色が一変。建物や車はいなくなり、自然にすっぽりと覆われてしまいます。次から次へと迫ってくる巨大なショートケーキのような山々と、少し茶色がかった牧草地帯。徐々に緊張が高まってくるのが自分でもわかりました。
「果たしているだろうか…」
ラジオの音はなくなり、世界に一枚しかないCDが、回転していました。