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2009年06月14日
第365回「さよなら親切の国〜step into the sunshine〜」
最終話 step into the sunshine
レモンの香りがまだ消えないうちにリスボンの街が見えてきました。太陽に照らされた港町は3日ぶりにしてもはや懐かしく、これまでいた場所がずっと田舎だったからマンハッタンのようにすら感じます。キリスト像を右手に橋を渡り、初日に泊まったホテルに荷物を置いて車を返却しにいきました。
「おかげで楽しい旅ができました」
モンサラーシュ、モンサント、サグレス、マルヴァオン、興奮気味に旅の報告を受ける女性が笑顔で頷いています。旅のすべてが詰め込まれたcdを取り出し、忘れ物はないか最後のチェック。ずっと運転手のわがままに付き合ってくれたこの車ともお別れです。こんなに走らされるとは思っていなかったでしょう。
「ムイトオブリガード」
3日前よりもいい発音になっていることに気付いたのかいないのか、彼女は手を振り見送ってくれました。今日はポルトガル最後の一日、明日の朝にはもう空港に向かわなければなりません。
ここを出発してからこれまでにどれだけの人に道を尋ねたことでしょう。どれだけオブリガードと発したことでしょう。たくさんの人たちと言葉を交わしながらここまで来ました。たくさん会話をしたからいつも心は満たされていました。地図を書いてくれた人たち、途中まで送ってくれた人たち、10分くらいかけて説明してくれた人たち、本当に地図は不要かもしれません。たくさんの親切、彼らにとって人のためになにかをすることは面倒くさいことでも厄介なことでもなく、むしろお世話を焼きたいくらいなのかもしれません。だから道に迷ってもたとえ言葉がわからなくても大丈夫。彼らの表情を見れば安心するのです。その親切な人たちとももうすぐお別れしなければなりません。そして、あの太陽とも。
今回ほどその存在を実感したことはありません。まるでいままで見ていたものとは別の太陽に出会ったかのようです。太陽が愛おしくすら感じました。太陽が昇り、日が沈むことがどんなに素晴らしいことか。普段あたりまえに思って感謝することを忘れていました。朝が訪れること、明日があること。太陽があること、自分が存在すること。もしかしたら、あたりまえなんてないのかもしれません。そう思うと木々や雲や鳥たち、石までもが愛おしくなり、すべてに感謝の気持ちが生まれます。すべてがつながり、ひとつであることを実感できるのです。自然にも太陽にも、そして家族や友人、あたりまえに存在するものにありがとうを言いたくなるのです。毎日ありがとうを言える生活がどんなに素晴らしいことか。それがきっと、心で生きるということなのでしょう。
世界は旅人にやさしい、旅をすると人のやさしさを感じられる、海外を訪れる度に思います。でも今回特に実感したのは、世の中に足りないのは愛じゃない、ということです。
世の中に愛はたくさんあって、人の中にもたくさんあって、ないのは愛を感じる心やタイミングであって、いまの世の中のシステムがそうさせているだけ。社会が便利になりすぎて「愛」を感じることが難しくなってしまったのです。便利かどうかのものさしも大切だけど、愛を感じられるかどうかのものさしも大切で、いくら便利になっても「愛」を感じられない世の中ではいつまでたっても満たされないのです。きっとそれは政治家がコントロールすることではなく、人々がいつかそのことに気付くだろうしもう気付いている人もいるでしょう。だから決してポルトガルの人たちが特別なのではなく、ただそれを感じることや表現する機会を失ってしまっただけ、愛を感じる道具を使わなくなってしまっただけで、ほんとはみんな愛に溢れているのです。耳に栓をしてしまうように、目を閉じてしまうように、心を使わなくなった僕たちが心で生きることができたなら、心を豊かにできたなら、おのずと身の回りの愛が見えてくるはず。それは決して難しいことではなく、ちょっと考え方をずらすだけでいいのです。旅をしなくても人のやさしさを享受できるのです。
僕たちは少し、迷惑をかけることを恐れすぎなのかもしれません。人に寄りかかることを避けるようになり、それが悪いことのような風潮になってしまいました。それは嫌がらせをするということではありません。生きる上で誰かに依存することや助け合うことは決して悪いことではなく、むしろ、ひとりで生きていると勘違いしたり、ひとりで生きようとすることのほうがよっぽど間違いなのです。もっと人は上手に寄りかかるべきなのです。
僕は信じています、世界は愛に溢れていることを。人は愛に溢れていることを。人類は命を使ってそれを絶やさないようにしているのでしょう。天国というものが実際あるのかわからないけど、もし存在するとしたらそれはまさに今なのかもしれません。人は命を失ってから生の世界の美しさを知るのです。
青い空と白い建物。オリーブやコルク樫。果てしなく続く草原。のんびり草を食む羊たち。そして言葉では表現できない瞬間がありました。ガイドブックには載っていない光景や温度、空気や色、たくさんの親切がありました。たくさんのありがとうや笑顔がありました。あのとき草原を駆け抜けた風を、僕は一生忘れないでしょう。ずっと大地を照らしていた太陽も。
step into the sunshine、本当のサンシャインはポルトガルの人々の心だったのかもしれません。荒い運転に荷物を揺さぶられていたあの頃。そして僕は、太陽に輝くリスボンの街へと繰り出しました。
さよなら親切の国〜step into the sunshine〜おわり
PS:ほんの数日間のできごとを数ヶ月に渡ってだらだらと書き連ねてきたこの連載を毎回読んでいただいて本当に感謝しています。観光名所も大きな事件もなく淡々と進む紀行文。自分の旅の記録とはいえ、みなさんの言葉がなかったらここまで辿り着けませんでした。本当にありがとうございました。いつか、文中に出てくるBGMもみなさんに届けることができたらと思います。それでは長いようで短かったポルトガルの旅、お疲れ様でした。とりあえず来週はお休みしますので、その次の日曜日にお会いしましょう。
2009年06月14日 10:57
コメント
【もしかしたら、あたりまえなんて存在しないのかもしれません。太陽があること、いま自分が存在することは決してあたりまえじゃない、そう思うとすべてに感謝の気持ちが生まれます。】
【世の中に愛はたくさんあって、人の中にもたくさんあって、ないのは愛を感じる心やタイミング】
なるほど……確かにそうなのかもしれませんね。ただ私の場合、理性による“理解”に止まり、感性による“実感・感得”という所までには至っていません。
なにしろ私は……「(他人に)迷惑をかけることを恐れる」からもあるのですが、それよりも、「(他人と関わることで)迷惑をかけられることを忌避したい」から、できるだけ他人と関わりを持ちたくない(仕事上で不都合が生じない程度の最低限の人間関係に留めようと考える)……そういう人間です。それでも一頃に比べると、(自分以外の人間である他人のひとりである)ふかわさんをはじめとした数人の方のブログにコメントするといったように、ほんの僅かですが他人と関わりを持つような方向に変わってきました……「もう少し、人間を信用してみようか」、と。
私のようなタイプの人、忙しさのあまり“心を亡くしている”人、……、こういった「心を使わなくなった」人にとっては、
【心を使わなくなった僕たちが心で生きることができたなら、心を豊かにできたなら、おのずと身の回りの愛が見えてくるはず。それは決して難しいことではなく、ちょっと考え方をずらすだけでいいのです】
……この【ちょっと考え方をずらす】のが非常に難しいことのように思えます。少なくともこれは私の“実感”です。しかしながら、実現不可能な夢物語ではない、というのもまた“実感”です!
(P.S.)
11回にわたって毎回言葉を練って、それなりの分量の文章を綴ることは大変だったと思います。(今日の上の文章もそうですが、)思ったことを即興的に打ち込み、(画面の上でのみちょっと手直しをする程度で、)きちんと推敲もせずに投稿してしまう私にはできないことです。
投稿者: 明けの明星 | 2009年06月14日 20:35
毎週日曜日欠かさず見てます!
旅行記シリーズが特に好きです。今回のポルトガルも楽しかったです。気に入って何回も読んでしまいます。
再来週からまた、楽しみにしています!
投稿者: krn | 2009年06月14日 21:30
今日で旅が終わってしまい、少し寂しくも清々しい気持ちです。ふかわさんの愛のある心で語られる旅行記が私の心を温かく満たしてくれました。感謝です。ふかわさんこそサンシャインだなぁって感じています。これからも影ながらですが応援していますね。BGMも楽しみです♪
投稿者: ここ | 2009年06月15日 00:59
初めまして(^-^)v
応援してま〜す。
頑張ってくださぁい(^o^)/♪
投稿者: かな | 2009年06月15日 14:24
私は持って生まれた方向音痴を発揮し
旅先では人に聞きまくりです。
地下から出たら8割方逆方向に歩いてしまいます。
偶然にもやさしい人々に巡りあい
いつも助けられています。
このシリーズを読んでいてやさしさに会いたくなったので
今週末にでも旅に出てきます。
投稿者: きんぐかずぅ | 2009年06月15日 16:50
旅っていいですね!自分を成長させてくれるのかな♪☆
今回、旅に出たのはふかわさんだけど。。ふかわさんのポルトガルの旅を読んで私も同じ経験をしたような。。そんな感覚になりました(*^o^*)そして私もずいぶん価値観が変わりました☆
「あたりまえなんて存在しない」人は失ってから、あたりまえに存在していた物や人に感謝の気持ちを感じるのかもしれません。
「人は命を失ってから生の世界の美しさを知る」本当にそうかもしれませんね(;_;)私は昨年、大切な人を亡くしました。その人達の分も一生懸命、生きていこうと思います。一度きりの人生、心豊かに愛情いっぱいで生きていきたいな(^_^)v
今回のポルトガルの旅☆あの猫ちゃんとの出会いが一番、感動的でした♪☆ステキな物語を読んでいるようなそんな感覚をありがとうございました(*^o^*)
あぁ〜☆
何もかも忘れて旅に出たいなぁ〜(^w^)な〜んて!笑
投稿者: ぴゅあ☆ | 2009年06月15日 20:43
全ては同じ。例えば風のように、見えないものも心と生きたから見えたんですね。それは全て、愛の中で、愛に触れたからなんですね。人の数だけ愛の種類がある。人が溢れる東京は愛に溢れています。手をとりあえば、宇宙で息をすることも、時間を超えることもできるのかもしれませんね。ふかわさんがこの3ヶ月、心でもう一度ポルトガルを旅したように。CDを聴きながらかなぁ。音楽は、こんなに世界に溢れているのに。だから世界はきっと。いつか。いまも。ふかわさん、ありがとう。お帰りなさい。
投稿者: ようこ | 2009年06月18日 00:47
「愛を受けとる側」のことは
今まで考えたことがありませんでした。
そうですね。
「自分は一人で生きている」
といくら思っても、色々なたくさんの人たちの存在があるのですよね。
日々の些細なことも、もう少し丁寧に過ごしていこうと思います。
気付かせてくれて、
ふかわさん、ありがとう。
またの素敵な旅、楽しみにしています。
投稿者: コルカ | 2009年06月19日 00:27
最終話までとても楽しく拝見しました。
また次回楽しみです。
それではお元気で。
投稿者: ホーム | 2009年06月19日 16:59
読んでいて、涙がじんわり出てきました。ポルトガル旅行記、楽しくて優しい気持ちになれました。のんびりした温かい空気を感じました。
ねこちゃんと再会できて本当によかった!
ポルトガル、いつか行ってみたいと思います。
step into the sunshineの曲たちも聞いてみたいので、よろしくお願いします〜
投稿者: ワク | 2009年06月20日 09:59
初めて投稿します。
ふかわさんの今回のポルトガルの旅、ふかわさん自身の繊細な表現を通して沢山学びとる事ができました。
人と笑顔や親切心だけでも繋がれる事や太陽が昇り沈んでゆく‥普段当たり前の事のようにスルーしているけども実はただそれだけで人生そのものを表しているかのような幻想的な光景なのだと改めてというか初めてというかしみじみ感じました。
難しい言葉はいらない。ただ温かい心と笑顔だけで通じ合える、そんな世界はとても素敵だし、皆が皆そんな心の持ち主になれば世の中平和になるのになー、というよりは本来皆持っている心だと思いました。忘れているだけで‥そんな大切な気持ちを思い出すキッカケとなりました。人間は本来はとても温かいのだと思います。素敵なお土産話をありがとうございました。
PS‥彼女との出会いも何かの縁ですね(^^)ちょっと感動しちゃいました。
投稿者: ミルク | 2009年06月20日 20:58
とてもステキなブログですね
またオジャマしたいです
次回たのしみです
投稿者: サイト | 2009年06月23日 21:19
終っちゃって淋しかったですが、こうして開けば読めて、甦って来ますもんね
ふかわさん素敵なお話こちらこそありがとうございました、お疲れ様でしたね!
&皆さんのコメント優しさ、&ためになります有難うです。
投稿者: 咲子 | 2009年06月28日 16:17