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2007年07月29日

第278回「distance(猫との)」

「どした?ん?どしたの?」
 気付くと僕は、一匹の野良猫に話しかけていました。
家の近所で、時折、猫を見かけます。おそらく誰かの飼い猫ではなく、野良猫です。その猫はきまって、仕事から帰ってきた僕の前に現れては、ものすごい勢いで逃げていきます。
「そんなに怖がらなくてもいいのに...」
 僕を退けるように走り去っていくその姿に、まったく信用されていないようで、ほんの少しさみしい気分になるのです。その後も何度か見かけるものの、その猫はいつも僕の横をすり抜けては、どこかへ行ってしまいます。その寂しさにちょうど慣れ始めた頃、ある変化が訪れました。
「どしたの?」
 その日はいつもと違いました。いつものように一目散に逃げようとはせず、ただ黙って僕のほうを見ていました。
「ん?どした?大丈夫だよ、こわくないから」
 まるで恋愛ドラマの出会いのワンシーンのようでした。見つめ合っている僕と野良猫を、街灯が照らしています。
「ほら、こわくないから、おいで」
 まさに猫なで声で手を差しのべると、その動きに瞬時に反応して、僕の横をすっと通り抜けて逃げてしまいました。
「やっぱりだめか...」
 そのときの後姿に、またちょっとだけせつない気持ちが生まれていました。
「どした?ん?だいじょうぶだよ、こわくないよ?」
 それから数日後、また同じような状況になりました。僕はさらなる猫なで声で、彼女に手を差しのべました。彼女は逃げようとせずにまたじっと僕を見ています。
「ほんとになにもしない?」
「あぁ、なにもしないさ」
「そういって、なにかするんでしょ!」
「しないってば。僕は、人間の中ではかなりやさしいほうなんだから!」
「ほんとに?」
「あぁ、ほんとうさ...」
 そう言ってほんの少し近づこうとした瞬間、また彼女はものすごい勢いで走り去ってしまいました。
「もう...なにもしないって言ってるのに...」
 僕のつま先に白いラインが引かれているかのように、いつもほんのちょっとそこをはみだしただけで彼女は逃げてしまいます。過去にひどい男と付き合っていた女性が男性に対し強い警戒心を抱くように、人間に対して大きな壁を作っているようでした。
「いったい、なにが彼女をそうさせるんだ...」
 いつのまにか僕の中で、彼女との距離を縮めたい、僕と彼女のdistanceを縮めたいという思いが芽生えていました。
「ほら、なにもしないよ、ほら...」
 彼女はまるで、おかえりとでも言うかのように迎えてくれるのに、ある一定の距離から1ミリでも動くと突然いなくなってしまいます。
「どうしたら彼女に近づけるのか、どうしたら彼女の体を...」
 でも、僕はわかっていました。どうしたら彼女に近づき、体をなでてあげることができるのかを、知っていました。言い忘れましたが、今回はフィンランド滞在記とは一切関係ありません。ハーフタイムと思ってください。
「ちょっと玄関に猫がいるわよ!」
 母が僕をよびました。僕が近所をうろうろしていた野良猫に食べ物をあげてしまったばっかりに、その野良猫はいつも玄関のところでちょこんと座って待つようになってしまったのです。
「どっか連れて行きなさい!」
 必死のお願いで犬を飼うことを許可してもらった手前、これ以上わがままを言えない僕は、その野良猫を抱えて遠くまで連れて行き、走って逃げてきました。
「ごめんね!ごめんね!」
 でも翌日、玄関をあけるといつものようにちょこんと座っていました。むしろ辛いのはここからで、あんなけなげに座ってエサを待っている野良猫を無視し続けなければなりませんでした。僕が小学生のときのことです。
 つまり、エサをあげさえすれば、きっと彼女に近づくことができるのです。でも僕は、エサに頼りたくなかったのです。食べ物、つまり僕以外の魅力に惹かれて近づいたんじゃ意味がないのです。僕は、なんの関係でもない女性にヴィトンのバッグは買わないのです。猫とのdistance、僕と彼女の心の距離を縮めたかったのです。
「あーおなかすいた...」
「おなかすいてるのかい?」
「そうよ、今日だってまだなにも食べてないんだから」
「じゃぁ、なにか食べさせてあげようか?」
「なに?あるならそこにだしてよ」
「まぁそう焦らないでこっちへおいでよ」
「先に見せなさいよ、ねぇ」
「とりあえず、こっちへおいで、ほら、こっちへ...」
「そうやって騙そうとして!もういいわよ!ほかいくから!」
 ほんの少しずつではあるものの、猫とのdistanceはゆっくり縮まっている気がします。僕と彼女のdistanceが縮まるのが先か、結局食べ物をあげてしまうのか、あとは根気の問題かもしれません。
「ただいま」
「おかえり、おそかったのね」
「あぁ、ちょっと収録がおしちゃってさ」
「そっかぁ、どう新番組は?」
「ふかわ御殿?なかなか順調だよ」
「そう、よかったね。じゃぁ、ごはんにする?お風呂にする?」
「先おふろにしようかな」
「そしたら、ごはん用意して待ってるね」
 孤独の数だけ野良猫がいるのです。
P.S.:
8月4日(土)15時〜 札幌旭屋書店にてサイン会を行います。お近くの方はぜひ来てください。

ロケットマンの一人旅2007(クラブイベント&サイン会)情報はコチラ

1.週刊ふかわ | 09:30 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月22日

第277回「行くべきか、やめるべきか」

 ぎりぎりまで僕は、そんな風に悩んでいました。

 ガイドブックをパラパラめくるとまず目に付くもの、そしてフィンランドを語る上でもっとも親しみやすい言葉、それは「ムーミン」です。このワードを聞けば誰でも少しはその海外旅行の自慢話に耳を傾けようという気分になれるものです。正直僕も、そのアニメをしっかり観たという記憶も、それがどういった内容なのかも知らないものの、歌のポピュラーさからか、日本でその存在を知らない人はいないかと思います。ミッキーに負けずとも劣らぬあのキュートな体系は、見る者を瞬時に脱力させ、多大な愛着を湧かせるのです。だから、いつの時代もムーミンは、世界中の人々に愛されているのです。そのムーミンの発祥の地、つまりムーミンが生まれたこのフィンランドに、ムーミン一家が生活するムーミン谷、「ムーミンワールド」があるのです。
「だからって、別に行かなくってもいいんじゃないか…」
 心の中でそんな意識が芽生え始めたのは、自分で旅のプランをたてているときでした。というのも、そこへのアクセスは必ずしもいいとはいえません。ナーンタリという街の入り江に浮かぶ小さな島にムーミンワールドがあるのですが、片道だいたい3時間。行けば一日はかかってしまいます(飛行機だともう少し早いですが)。滞在日数の少ない僕からしたら、ほかにいきたいところがある中で、優先順位をつけると常に予選を通るか通らないかの瀬戸際のところに、ムーミンワールドがあったのです。冷静に考えれば考えるほど、そこへ赴く必要性を感じなくなり、ムーミンは有名かもしれないけれどそれを本当に自分が求めていなければ意味がない、くらいに思い始めたのです。
「じゃぁみんなほうとうでいいよね?」
 以前、DJメンバー4人で山梨に行ったときのことです。
「あ、ちょっと待って!」
 メンバーのひとりが流れを止めました。
「俺、肉うどんにする」
「え?ちょっと何言ってるの?ここほうとう屋だよ?山梨だよ?ほうとう食べないでどうすんの?肉うどんなんてどこでも食べれるじゃん!」
「でも、なんかいまはほうとうって気分じゃないんだよね。それにここの肉うどんうまそうだし」
 彼は、かたくなに肉うどんを主張しました。
「わかったよ、じゃぁほうとう3と肉うどん1ね。ちょっと食わせてとかだめだからね、絶対!」
「わかってるよ」
 オプションで注文した馬刺しを食べていると、ほうとうと肉うどんが運ばれてきました。
「やっぱり山梨って言ったらほうとうだよ!肉うどん失敗したとか思ってない?」
「いや、思ってないよ」
「また、無理しちゃって!」
「いや、別に無理してないよ」
「いいの、ほうとう食べなくて?」
「別にいいよ」
「また無理しちゃって!」
「いや、だからしてないって!」
「あ、そう…」
 少しの間、沈黙が流れました。
「ちょっと、たべさせてくんない?」
 一人の男が沈黙を破りました。
「ちょっとでいいんだけど、食べさせてくんない?」
「なにそれ!散々肉うどんのこと馬鹿にしといて」
「いや、馬鹿にしたんじゃなくて、心配したんだよ。いい?ちょっとでいいから!」
 そうして僕は、肉うどんを一口食べました。そのときの味が、僕の人生を変えました。山梨だからほうとうを食べるという固定観念を払拭したのです。
「そうなんだよ!だから、ひとえにフィンランドに来たからって、必ずしもムーミンワールドにいくことはないんだ!大切なのは、いま自分がなにを求めているかなんだよ!」
 男は立ち上がりました。
「やっぱり、行くのはよそう!あの店で肉うどんを食べたように、自分の求めるところへ行こう!」
 そうして、ムーミンワールドは却下されました。
「課長、海外旅行どうでした?」
「あ、長澤くん、おはよう。海外のことどうして知ってるんだい?」
「まさみ、課長のことならなんでも知ってるんです!フィンランドですよね?」
「あぁ、そうだよ。なかなかよかったよ」
「そうですか。で、ムーミンワールド行きました?」
「あ、あそこはいかなかったよ」
「え?いま、なんていいました?」
「あそこはいかなかった」
「課長、それ本気ですか?」
 長澤の表情から笑顔が消えた。
「本気だけど、なんかまずかった?」
「いや、まずいっていうか、フィンランド行ってムーミンワールドいかないなんて…」
「ちょっと、そんな怖い顔しないで。ほら、これムーミンのキーホルダー、お土産」
「それ、どこで買ったんですか?」
「空港だけど?」
「いりません…私そういうの、嫌いです…」
「ちょっとまさみ、どうしたの?」
 同僚のはるかがやってきた。
「うそ?まじで?信じられない!」
「でしょ、ありえなくない?フィンランド行ってムーミンワールドいかないなんて…」
「ニューヨークに行って自由の女神を見に行かないようなもんよね」
「そんな、綾瀬くんまで、ひどいなぁ…」
「じゃぁ課長はどこに行ってたんですか?」
「も、森とか…み、み、み、湖とか…」
「森?湖?!ねぇ、みんなちょっときいて!課長、ムーミンワールドいかずに森とか湖とかみにいったんだって!ロマンティストねぇ、あはははは、あはははは!」
 課長はその場から逃げるように走り出した。
「ムーミンワールドどこですか…ムーミンワールドしりませんか…」
 彼は町を彷徨い、通りすがりの人たちに尋ねていた。
「ムーミンワールド…ムーミンワールドどこですかー!!!」
 気付くとベッドの上で汗びっしょりになっていた。
「よし、行こう!絶対行こう!行かないで後悔するよりも、行って後悔しよう!いや、海外旅行に後悔はないんだ!!」
 そうして僕は、なんだかんだでムーミンワールドに向かっていました。しかしながらそこには、ある意味想像を超えた世界が待っていました。そこには、現代社会が失っている大切なものがあったのです。

この桟橋の向こうがムーミンワールドです

PS:7月28日(土)14時〜大阪ジュンク堂梅田店(ヒルトンプラザ内)にて、サイン会あります。

コチラに、現段階で決定しているクラブイベントやサイン会などの情報が載っているので、よかったらみてください。

1.週刊ふかわ | 09:30 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月15日

第276回「太陽が沈まない街」

「あっついなぁ…」
 一連の手続きを終え、小さなスーツケースにリュックを背負った男を迎えたのは、まぶしいくらいの太陽でした。夏とは言え北欧、暑いとはいえ北欧、一応してきた防寒対策を後悔させるほどに日差しは強く、すぐにパーカーを脱いでTシャツ一枚になりました。
 一般的に北欧は、ノルウェー・スウェーデン・フィンランドそしてデンマークの4ヶ国を指し、フィンランドはスカンジナビア半島の右端、スウェーデンの東側に位置します。北欧というと、ヨーロッパの北側なわけだから遠いイメージがあるかもしれませんが、日本からフィンランドはおよそ9時間半、ちなみにパリだとおよそ12時間、実は日本から一番近いヨーロッパなのです。現在は関西からも直行便がでているので、実はとてもカンタンにいける国なのです。
 最近ではIKEAなる大型北欧家具店が日本でも話題になりましたが、その独特な風合いを持つ北欧デザインは世界的に注目されています。実際このヘルシンキ空港も、玄関口にしてはこじんまりとしているものの、やはりどことなく北欧らしい洗練されたデザインを感じさせます。音楽においても、僕のコレクションの中で北欧アーティストのアルバムはその多くを占めています。アバからロイ・クソップにいたるまで、それらの独特なサウンドには北欧らしさが反映されている気がします。だから、音楽にしてもデザインにしても、アートを語る上でもはや北欧は欠かすことのできない存在になっていることは、周知のことでしょう。
「あのバスに乗ればいいかな…」
 僕は、ガイドブックを片手にバスに乗り込みました。海外旅行中は、なにをするにも期待と不安が隣り合わせになっています。バスに揺られながらも、旅をしている期待感と、本当に行きたいところに行ってくれるのだろうかという不安とがほどよく絡みあっています。そんなことを考えているうちに、バスは30分ほどで目的地のヘルシンキ中央駅に到着しました。
 これまでのヨーロッパ旅行で学んだことは、「ホテルは中央駅に近いにこしたことはない」ということです。たいていヨーロッパの主要都市には中央駅と呼ばれる駅がありますが、言うなれば新幹線のとまる新宿駅、みたいなことでしょうか。どこにいくにしてもこの中央駅を通り、かつ街の中心部に位置しているので、のちのちの移動や観光のことを考えると、この中央駅から歩いて移動できるところに拠点を構えておくのが一番都合がいいのです。
 その理論どおり、中央駅から2、3分のホテルでチェックインを済ませた僕は、一休みすることもなくすぐにホテルを出て街を散策することにしました。体がいてもたってもいられなかったのです。すると街中には観光客用の自転車が置いてあって、硬貨をいれればだれでも乗れるシステムになっています(硬貨は乗り終わったら戻ってくる)。僕はさっそくその自転車を借りて、ヘルシンキの街を巡ることにしました。
「平和だなぁ…」
 一言で言うと、そんな印象でした。いたるところにオープンカフェや公園があり、人々はテラスで食事をしたり、芝生でのんびりしたりしています。また、フィンランドの人たちはアイスが好きなようで、かわいらしいアイスクリーム屋さんを多く目にします。若者だけでなくみんながアイスを食べているので、ついついつられて食べてしまうのです。港のマーケット広場には露店が立ち並び、お祭りムードが倍増します。また、日本でも「かもめ食堂」というオールフィンランドロケの映画が公開されましたが、その名のとおり、かもめがたくさんいます。ぼーっとしているとかもめもアイスを食べにやってきます。街はいつも、かもめたちの声で溢れているのです。
 それは日曜日の午後を満喫しているようで、夏を満喫しているようでもあり、人生を楽しんでいるようにも見えました。冬の季節が長い北欧の人たちにとっては、短い夏を存分に楽しもうという気持ちがあるのでしょう。海辺の街ヘルシンキは、のどかでのんびりとした、平和な雰囲気に包まれていました。
 それにしても、なかなか太陽が沈みません。いつまでたっても青い空にさんさんと輝いています。海岸沿いを自転車で走っては途中のアイスやさんで休憩していた僕は、時計を見て驚きました。日本ならもうとっくに日が暮れて暗くなっていいはずの時間なのに、まったくその気配がありません。気配どころか、まるで「まだ帰りたくない」というかのように、彼はなかなか下に降りようとしませんでした。太陽も夏を満喫したいのでしょう。実際、テラスでお酒を飲んでいる人たちを見て、「まったく昼間っから」と思うものの、時間を見れば夜9時だったりするのです。
「さぁ、初日のディナーをどうしようか」
 やはり、異国の地に足を踏み入れたなら、現地の味を堪能するべきです。たとえそれが日本人の口にあわなくっても、それこそが旅の醍醐味ってものです。しかし、どこのレストランやカフェをみても現地の人たちで溢れています。
「まぁ、初日だ。あせることはないさ」
 悩んだ挙句、男は日本でもおなじみのマクドナルドでテイクアウトすることに決めました。部屋でなんとなくテレビを眺めながらのディナー中も、外からは午後の日差しのような光が差し込んでいます。時差ぼけと太陽ボケとの二重ボケで、もうわけがわからなくなりそうでした。結局、夜11時くらいに薄暗くなり始めた頃、旅の疲れでもう眠りにつき、はっと目が覚めたときにはもう太陽は元気に外で遊んでいました。一旦家に荷物を置いて、また出かけてきたという感じです。まるで夜など訪れなかったかのようでした。
 ちなみにこの時期のヘルシンキは23時過ぎに日が暮れて、2時半くらいにまた日が昇りはじめます。だから僕は、この旅行中に一度も夜空を見ませんでした。太陽が沈む前に就寝し、太陽が昇ってから起きていたので、結局ずっと明るかったのです。
「さぁ、今日は周れるだけ周るぞ」
 朝食を済ませた男は、部屋に戻るやリュックを背負い、ホテルを出ました。自分がヒッチハイクをやることになるとは知らずに。

P.S.:
7月16日(月)13時〜名古屋・星野書店近鉄パッセ店にてサイン会あります。
お近くの方はぜひきてください。

コチラに、現段階で決定しているクラブイベントやサイン会などの情報が載っているので、よかったらみてください。

1.週刊ふかわ | 09:30 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月08日

第275回「DEPARTURE」

「え?第1ターミナルじゃない?!」
 あっさりした係りの人の言葉に僕は、耳を疑いました。
「だってこれ見てくださいよ!ここにほら、第1ターミナルって!」
「あ、これは前のだね。第1から第2に移動したんだよ」
「移動?!」
「そう。たしか3月くらいだったと思うけど...」
 体中の力が抜け、僕はため息とともに、地面に座り込んでしまいそうでした。
「こ、これが間違ってるなんて...」
 旅行会社から事前に渡された冊子を手にしていました。何度見てもそこには、フィンランド航空チェックインカウンターの場所として、成田空港第1ターミナルのところにしっかりと蛍光ペンでマークがされていました。しかもその表紙には大きく、「出発前に必ずお読みください」と書かれていました。羽田にしても成田にしても、空港を利用するときは第1か第2かを確認することは絶対に欠かせません。このミスで飛行機に乗り遅れてしまうことだってあります。だから、ミスター用意周到な僕だけに、自分がどっちのターミナルかを何度も確認して、成田に向かっているのです。「出発前に必ずお読みください」って言われたら、言われたとおりにしてしまうのです。なのになのに、「必ずお読みください」の中に間違った情報が載っているなんて...。
「ちょっとどういうことですか!え?なにがって?第1と第2をまちがえてるんですよ!おたくから頂いた資料には第1ってなってるんですけど、3月で移動になって、もういまは第2なんですよ!気をつけてくださいよ!旅行会社がこんなミスありえないでしょ!数ヶ月フィンランド航空使ってる人いないんですか?最近移動したのならまだしも、3月ですよ!もうこれで乗り遅れでもしたらどうするんですか!」
「はい、申し訳ありません...」
「申し訳ないで済まないんですよ!」
「はい、では、ご迷惑をおかけしましたので、半額返金いたしますので...」
「馬鹿にしないでください!そんなお金が欲しくて言ってるんじゃないんです!」
「いや、でも...」
「僕はただ、今後、同じような悲劇を生まないようにして欲しいだけであって!」
「わかりました...二度とこのようなことがないように肝に銘じますんで...」
「いいんだよ、それにキミのこれまでの仕事はとてもスマートだったし...」
「え?」
「入社してまだまもないんだろ?じゃぁ、これからも頑張って!」
「はい、ありがとうございます!」
 瞬時にそんなイメージを描くと、僕は旅行会社に電話をしました。
「なんだよ!まだ開店前かよ!!」
 苛立つ僕を、録音テープの無機質な声が待っていました。この温度差にかなりのダメージを受けました。
「まぁ、文句言っててもしょうがない!移動しよう!」
 たしかにそうなのです。文句を言えたところで、なにが解決するわけではないのです。
「感情と事実を切り離せって、どこかのラジオパーソナリティーがいつも言ってるな」
 強引に、事実から感情をべりっと引き剥がすと、気を取り直して第1と第2のターミナル間を往復するバスに乗り込みました。
「ちくしょー!おぼえてろ!あの旅行会社!」
 一度はがしたものの、感情の汚れがまた浮き出てきました。
「ったく、このバスもモタモタしやがって!」
 バスは通常通りの運行です。
「ふー、まぁ、結果オーライだ!」
 ほんとはこんなこと言いませんが、もし何かをつぶやくのならこうつぶやいたでしょう。チェックインやら税関やら、一通りの関門をクリアした僕は、ようやく一息つくことができました。
「とりあえず、コーヒーでも飲むか」
 国内線とちがって、国際線は、搭乗まで結構時間があります。僕にとって、このゆったりとした時間が至福のときなのです。その、空港のラウンジ好きが今回のアルバムのジャケットに反映されていますが、あの現実と非現実のはざまのような空間がすきなのです。
「さぁ、飛行機で一眠りしたら、もうそこは北欧、フィンランドだ」
 苦味の利いたエスプレッソを数杯飲んだ僕は、期待に胸を膨らませ、飛行機に乗り込みました。まさか自分がヒッチハイクをやることになるとは知らずに。

P.S.:
コチラに、現段階で決定しているクラブイベントやサイン会などの情報が載っているので、よかったらみてください。

1.週刊ふかわ | 10:00 | コメント (0) | トラックバック

2007年07月01日

第274回「フィンランディア」

 「おい!あいつもう泣いちゃってるぞ!」
 卒業式の予行演習のとき、感極まって涙を流している女子がいました。当時はそんな女子を「なんで演習なのに?」と若干馬鹿にしながら見ていたものの、大人になった今、その女子たちの気持ちが痛いほどわかります。卒業式の本番でなく、予行演習で涙があふれてしまうのはきっと、頭の中でイメージがどんどん膨らんでしまい、気持ちは卒業証書を受け取ってしまったわけです。現実よりも想像の世界のほうが激しい実感となって伝わるのでしょう。それだけ感受性が強いということかもしれません。
 僕自身、学生時代の卒業式ではこれっぽっちも涙がでなかったものの、某深夜番組の卒業式においては本番どころか、収録が始まる前の楽屋で着替えているときに第一次涙腺崩壊が訪れ、慌ててトイレに駆け込んだものでした。ふとした瞬間にこれまでの出来事がまさに走馬灯のように頭の中を駆け巡ってしまったのです。自分で言うのもなんですが、大人になるにつれ感受性が豊かになっている気がします。
 「はい、ざわざわしない!それじゃぁ、次は歌の練習をします!」
 ステージ上に立つ先生がマイクで言うと、僕たちは事前に渡されていたプリントを手にしました。
 僕が通っていた中学校の卒業式は、まるでオーケストラピットにいるオーケストラのように、吹奏楽部がスタンバイし、入場や校歌斉唱のときなど、節目節目で演奏して場を盛り上げてくれます。この吹奏楽部、たかが中学校の部活とはいえ、とても中学生とは思えないほどの実力がありました。というのも、当時の吹奏楽部は、誰がどう見ても文科系の練習風景ではありませんでした。どの運動部よりもランニングや筋トレをし、完全に体育会系のノリでした。なにより体力がなければいい音を鳴らし続けることができないからなのでしょう。その甲斐あって、全国でもトップクラスのブラスバンドとして名を馳せていたのです。その吹奏楽部の顧問の先生にマイクが渡されると、部員たちがそれぞれに楽器を構えました。
 「それじゃぁ、みんなが立つところをやるから」
  生徒たちを睨みつけるように言うと、それまでのざわつきが嘘のように体育館の中は静まりました。
 式の最後は、卒業生たちの合唱で幕を閉じます。吹奏楽部の演奏にあわせて合唱するのですが、歌うのは曲の一部分なのです。吹奏楽部の演奏中に指揮者が突然合図をし、それを見て卒業生が一斉に立ちあがって歌いはじめるのです。タイミングをはずして立ち上がるとみっともないので、一人残らず一斉に立ち上がらないといけないのです。
 「そんなだらだら立ったんじゃ巣立ちにならないだろ!もっとさっと立って!」
 僕たちが合唱するのは「巣立ちの歌」という曲でした。当時は音楽の教科書にも載っていた気もしますが、交響曲の一部分なのです。一部分に歌詞がつけられ、それが日本では「巣立ちの歌」として歌われていたのです。
 「ほら、なにぼーっとしてんの!全員できるまで終わらないからな!」
 それは、シベリウスの「フィンランディア」でした。その名の通り、フィンランド出身の彼が、ロシアに占領された国民の意識を高めるために作曲したもので、当時はその性質上、なかなか演奏できなかったそうです。それにしても、まさか日本の卒業式に歌われることになるとは思ってもいなかったでしょう。ともあれ、僕がシベリウスを知ったのはそのときでした。
 「これか...」
 息を切らしながら岩盤の上に立った僕は、言葉を失いました。美とか文明とか時間とか、そういったものを超越した世界が目の前に広がっていたのです。その雄大な姿を眺めていると、自然の偉大さを感じずにはいられませんでした。
 「この景色を見て作曲したのか...」
 フィンランドの北カレリア地方にピエリネン湖という湖があります。その西側には、コリ国立公園と呼ばれる地域があるのですが、その中に氷河時代から2億年もの歳月を経てそびえたつ岩盤があります。そこが自然の展望台となって、ピエリネン湖を見下ろすことができるのです。ただ、湖といってもいわゆる湖とはわけが違います。まるで海かと思えるほど遥か彼方まで続く蒼い湖に、無数の島々が浮かび、気味悪いほどの静寂に包まれています。鳥の鳴き声が時折響き渡り、森からは世界中の雲を製造しているかのように霧が立ちこめています。自然はなにも言わず、ただじっと悠久の時の流れを見守ってきたのです。
 まるで絵画のような、夢の中のような、神秘的という言葉だけでは済まされないフィンランドの原風景は、多くの芸術家たちを魅了してきました。シベリウスもその一人で、この地で滞在し、「フィンランディア」作曲に際し多くのインスピレーションを受けたと言われています。そしてこの景色がやがて、僕たちの合唱につながるわけです。
 気持ちが落ち着いてくると僕は、岩盤に腰を下ろし、リュックからオーディオプレイヤーを取り出しました。ヘッドホンを耳に当てると、「フィンランディア」がきこえてきます。なんと贅沢な時間でしょう。体中に鳥肌が立ちました。最先端の文明と数億年も前に形成された自然とのコラボレーションです。気の遠くなるような年の差です。もはや体がおかしくなりそうで、旅の疲れも吹き飛びました。
 これを体感するために、僕はひとり、フィンランドの地を訪れたわけです。といっても、これが目的のすべてではありません。あくまでそのうちのひとつです。
 「フィンランドに行けば、なにか感じるだろう...」
 そう思って訪ねた北欧の旅。いろいろな発見がありました。そこには、僕たちが失っていたものがあったのです。

1.週刊ふかわ | 09:50