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2006年10月29日
第243回「キモインブルー・ラプソディー」
「30万?!」
おもわず口から飛びだしそうなところを、どうにか食い止めました。
「フォルクスワーゲンのいい店があるんですよ。そこの池谷さん(仮名)って言う人がすごく親切で、いろいろわがままきいてくれるんですよ!」
5年ほど前、僕の心の中が黄色いビートルでいっぱいだったとき、知人の紹介で都内の販売店を訪れたのが、池谷さんとの出会いでした。とても恰幅がよく、たしかになんでもわがままをきいてくれそうな印象を受けました。
「じゃぁ、オーディオはこれをつけてもらって、あと車全体をコーティングしてもらって、で、全部込みでこれくらいの値段だったらいますぐ決心できるんですけど...」
いずれにしても購入する気まんまんだった僕は、見ようによっては恐喝に近い形で池谷さんにわがままをぶつけてみました。
「うーん、そうですねぇ...まぁ、僕のほうでなんとかします...」
この「僕のほうでなんとかします」というのが彼の口癖で、その後何度となくその言葉をきいてきました。そんな、僕の要求に応えてくれる彼は、何でも夢をかなえてくれるドラえもんのようでした。体型的にもふくよかで、まさにメガネをかけたドラえもんでした。
そのドラえもんが、ある日突然、激ヤセをしたときがありました。いまでこそ多少戻ってきたからいいものの、そのあり得ない病的な激ヤセ加減は、当時はなんて声をかけていいかわからない程でした。とてもまんまるとした大根が、もやしのようになってしまったのです。久しぶりに会ったのでおそらく徐々に痩せていったのだろうけど僕にとってはある日突然の激ヤセだったのです。
「いやぁ、なんか痩せちゃいましてね...」
と言って笑う姿が、逆に痛々しく見えました。お客さんたちのわがままをききすぎてそうなってしまったのかもしれません。以前はほっぺたで支えていたメガネもずり落ちていました。
しかし、激ヤセしても営業力は衰えていませんでした。その日、僕が店内に置いてあったカブリオレ(屋根がオープンするタイプ)のパンフレットをパラパラめくっていると、遠くにいた彼は、その様子を見逃しませんでした。レンズの向こうの瞳はしっかりキャッチしていたのです。その数日後、自宅のポストにしっかりとその見積もり書が届いていました。しかも当時、ほかの書類の郵送をお願いしていたのに、その優先順位を壊してきたので、その営業魂には驚かされたものです。
「いやぁ、煙が出てきたときはどうなるかと思いましたよ」
黄色い車をJAFの担架に乗せ、修理にやってきた日のことでした。
「とりあえず、工場に持って行っていろいろ見ますが、おそらく3日くらいでお戻しできると思いますんで...」
「そうですか、わかりました...」
「では、いま代車持ってきますんで、ここで少々お待ちください。今回はいつものと違うんですけど...」
その言葉で僕は、あることを思い出しました。というのも、以前、紹介してくれた知人がこんなことをいっていたのです。
「いま代車なんですけど、もう最悪なんですよ!」
普段はあまり愚痴をこぼさない彼の口から、代車に対する不満があふれてきました。
「うしろのトランクの支えがおかしくって、荷物いれようとしたらうしろからガーン!ってぶつかってきたんですよ!それに、ブレーキもあんまり効かないし...あとなにが嫌かって、色なんですよ。なんていうか、気持ち悪い青なんですよ!もうこれは罰ゲームですよ!」
僕自身、代車を借りたことは何度かあったのですが、ほかの車だったので、それほど親身にはきいていませんでした。しかし、池谷さんの「いつもと違う」という言葉が少しひっかかったのです。
「まさか、あの車じゃないだろうな...」
しばらくすると、僕の代車が登場しました。池谷さんが乗ってきたその車は、まさに青色をしていました。気持ち悪いとは言わないまでも、たしかにあまり心地よくない青色でした。
「ついに引いてしまったか...」
ババ抜きのジョーカーを引いてしまった感覚でした。普段は愚痴など言わない知人さえをもうならせた車が、僕の目の前にありました。
「すみません、あまり綺麗ではないんですけど...」
「あ、全然いいですよ...」
とは言いつつも、どうにもテンションのあがらない車でした。言っていた通り、ブレーキのききも悪く、内装も若干具合の悪い感じで、あまり率先して乗らないだろうと思われました。
「もうこれは、罰ゲームですよ...」
知人の言葉が頭の中でリフレインしていました。男にとって車は、時に彼女のような存在で、かわいくない女の子と歩きたくないのと同じように、気に入らない車には乗りたくないのです。だから、一日も早く、この気持ち悪い青色の車、絵の具ならキモインブルーの車から脱却したかったのです。
「30万?!」
僕は必死に平静を装いました。
「申し訳ないんですが、どうやらそれくらいかかってしまいそうで...」
その金額は、僕の修理代の予想をはるかに上回っていました。
「ちなみにですけど、こういう場合保険って...」
「それが、事故じゃないんできかないんですよ...」
一寸の光が完全に閉ざされました。
「わかりました...しょうがないですもんね...」
「それで、日にちなんですけど...」
そのトーンからは、嫌な予感しかできませんでした。
「それが、もう少しかかるみたいで...」
車を修理にだして2日後のことでした。電話を切った僕は、思いっきり泣きたい気分でした。金額はもちろんですが、なによりキモインブルー生活がまだ何日も続くかと思うと、本当にテンションがさがりました。
「この際なんで、新車っていうのもありだとは思うんですけどね、あははは」
冗談交じりに言うドラえもんの目は、きっと笑っていなかったでしょう。数日後、ポストにはまた新車の見積もりが届いていました。
すべては、浮気の代償でした。僕がほかの車に気をとられているから、こんなことになったのです。でも、こんな目にあっても、僕の気持ちは揺るぎませんでした。なぜなら、そのアメ車でしたいことがあるからです。それに関してはまたいつか話しましょう。
2006年10月22日
第242回「そして僕は嘘をついた」
トイレから出てきた僕は目を疑いました。彼女の瞳から涙があふれていたのです。
二週間ほど前に、欲しい車があるということを発表した途端、いま乗っている車の調子が悪くなってきました。エンジンをかけると、表示板に見知らぬマークが赤く点灯し、ピーピーと警告音を鳴らすようになったのです。
「なんか赤いランプが点灯しちゃうんですけど...」
詳しい人であればなにが問題なのかわかるのだろうけど、僕の場合、異状があると自分でどうにかしようとせず、すぐにディーラーを頼ります。
「もしかしたら、冷却水が少なくなってるかもしれませんね」
「冷却水?」
これくらいは教習所で習っているはずです。
「はい、タンクにはいってる水が少なくなっているのかもしれないので、ちょっと足してみてもらえますか?」
「自分で、ですか?」
「そうです。ボンネット開ければわかると思うんで」
後ろのトランクは何万回と開けてきたものの、前のボンネットとなるといまだに開けたこともなく、そもそもどこにそのレバーがあるのかさえ知らない僕は、ガソリンスタンドのおじさんにやってもらうことにしました。
「あぁ、もしかしたら、タンクから漏れちゃってるかもしれないね」
「漏れちゃってる?」
「うん、なんか水いれても減っちゃってるからねぇ」
「減った状態で走るとどうなっちゃうんですか?」
「最悪オーバーヒートだね」
「オーバーヒート?」
今でこそあまり見かけなくなりましたが、僕がまだ小さいころは、夏休みの帰省渋滞の横で、車をとめて途方にくれている人をよく見かけました。実際のところ、自分の所有する車とは無縁の言葉だと思っていました。
「とりあえず水いれておくけど、それでもまだランプがつくようだったら一回修理にださないとだめだよ」
おじさんに水を入れてもらうと、ランプは消え、とりあえずは問題なく走ることができました。しかし翌日のことです。
「ピーッピーッピーッ」
エンジンをかけるとまた警告音が鳴り始めました。
「やっぱりタンクから漏れているのかもしれない...」
タンクに小さな穴があいてて、そこから漏れて、一晩で空になってしまったのではないかと想像できました。
「こうなったら、自分でやるしかない!!」
その日から、運転前に必ずタンクに水を補充するようになりました。すぐに修理にだしたかったのですが、工場とのタイミングがあわなかったので、こうするしかなかったのです。
「頼む、今日一日もってくれよ!」
その日は、どうしても遠くに行かなければならない日でした。いつものように、タンクに水をいっぱいにし、さらには緊急用のペットボトルも大量に積んでいました。しかし。
「ピーッピーッピーッ」
やはり、時間がたつと警告音が鳴りだしました。
「え、もうなくなっちゃたの?」
高速道路なので停車するわけにいきません。警告音が鳴る間隔が徐々に狭まってきます。さらにはエンジンから妙な音まできこえてくるようになり、ついに力尽きたようにエンジンが停止してしまいました。
「最悪オーバーヒートだね」
僕は、ガソリンスタンドのおじさんの言葉を思い出しました。車を降り、ボンネットをあけると、熱気が顔を包み込み、どうにも手を出せない状態になっていました。まさに、幼いころにみた、高速道路の脇で途方に暮れている人になっていました。幸い、惰性で道路脇に停めることができたので、大惨事にはならなかったものの、周囲がびゅんびゅん走っている中でぽつんと立っているのが世界中で一番惨めな気分でした。
「とりあえず、近くのサービスエリアまでいければ」
サービスエリアにさえたどり着けば、水もあるし、なにより安心感が得られるわけです。僕は積んであったペットボトルの水を補充し、いつ警告音が鳴りだすかわからない不安と戦いながらどうにかサービスエリアまでたどり着きました。
「もう限界かもしれないな...」
水をいれながらだましだましやってきたものの、さすがにこう頻繁にやるとなると、もはや限界を感じていました。僕はトイレに空き容器を持っていき、次の緊急事態に備えました。最近の公衆トイレは蛇口をひねるタイプでなく、センサーなのでペットボトルの角度が少しずれるだけで出なくなってしまい、やたらとイライラする作業でした。
「あぁ、バイクにしておけばよかった...」
そもそも出かける前に迷っていたのです。車で行こうかバイクにするか。しかし、寒暖差の激しいなかでバイクに乗ったら風邪をひくにちがいないと判断したものの、車に乗ったら、車のほうが熱を出してしまったわけです。ペットボトル数本を抱えてトイレを出ると、僕は、いままで見たことのない光景を目の当たりにしました。
「な、泣いてる...」
僕の車が泣いていました。まるで涙を流しているかのように、車から水があふれていました。ライトの部分が目のように見えて、ほんとうに泣いているように見え、その涙は、頬をつたうように、アスファルトを流れていました。
「ビー子!!!」
ここからは妄想です。ペットボトルが僕の手から地面にこぼれ落ちていきました。
「どうしたんだよ!ビー子!」
僕は急いでそばに駆け寄りました。
「ごめんなさい、私、りょうちゃんの愛情を確かめたかっただけなの...」
「ビー子...」
「りょうちゃんが、最近冷たくなった気がしたから...」
「ごめんよ、俺がアメ車が欲しいなんて言ったからだよな...もうそんなこと言わないから、泣かないで!」
僕は彼女を強く抱きしめました。
「ほんと、迷惑かけちゃってごめんね...」
「ううん、俺が悪いんだから...でも、お前を手放そうとはしていないってことだけは信じてくれ!ビー子のことは絶対に手放さないから!」
「...うん、ありがとう...」
もう5年も一緒にいると、たとえ物だとしても、そこには感情が芽生えるのかもしれません。だから、彼女は妬いていたのです。僕の気持ちがほかの車に向いていたから。やきもちどころか怒っていたのかもしれません。それでピーピー鳴いていたのです。
「でも、一番大切なのはビー子、お前だから」
その後、高速をおりるとまもなくボンネットから大量の煙があがり、爆発するとしか思えない量の煙がガラスをさえぎりました。すぐに道路脇にとめて車を降りると、テレビとかでみるような事態が目の前に起きていました。ここまでくると、もうペットボトルでどうこうする騒ぎではありません。どうすることもできず、ただ僕は煙がおさまるのを待つしかありませんでした。
「では、いまからそちらに向かいますので...」
JAFの人が到着したのが22時くらいのことでした。作業員が迅速に動き、車は大きなトラックの上にのせられました。その姿は、まるで担架で救急車に運ばれるひとのようでした。そしてそのまま工場に入院することになりました。
「少し体を休めてな...」
5年間、ほぼ毎日乗っていたのだから、調子が悪くなってもおかしくなかったのです。
「私...」
「え、なに?」
「私...アメ車買っても怒らないから...」
僕は言葉につまりました。
「大丈夫、もう買わないよ...」
それは、僕が彼女についた初めてのうそでした。そのときの僕の心の中にはすでに、アイツが存在していました。退院したらちゃんと話をしなければ。
2006年10月15日
第241回「women change the world」
これは、かの有名な詩人の言葉でも、偉大な芸術家のそれでもありません。僕が勝手に作った言葉です。文字通り、「女が世界を変える」という意味です。先に言っておきますが、そもそもみんなに納得してもらおうという気はなく、こういう考え方もありでしょ、というあくまで提案だということを前提として受け止めてもらえればと思います。
女が世界を変える、といっても、かつての土居たかこさんのように、政党のリーダーとして改革をしていくということでも、女社長が日本の企業を席巻するということでもありません。一般的な女性の存在が世界を変える、ということです。
それではまず、世の中に女性がいなかったらどうなるのでしょうか。(この手の話の場合、子供を産むのは女性だ、とかはひとまず置いておきます)単純に想像できるのは、男たちのやる気が半減するということです。
世界をひとつの学校に縮小して考えてみましょう。校庭のどこかで女子が見ていると、サッカー部の男子はやる気がさらに増します。女子テニス部の声がきこえるから、男子野球部が燃えるのです。当然、女子のいない男子校の生徒たちも頑張っていますが、それとは違う、火事場の馬鹿力のような、男のモテタイ力(リョク)のようなものが芽生えるのです。だから、もしかすると高校野球の優勝校は、男子校よりも共学の高校のほうが多いかもしれません。あくまで憶測ですが、きっとそうなのです。女性の存在が野球部のテンションを牽引し、優勝に導いているのです。つまり、女性がいることで、男たちはより力を発揮できるということです。
一旦縮小したものを、今度はぐわんと広げ、人類全体にあてはめてみます。女性が存在しなかったら、やる気がなくなるどころか、ケンカばかりして人類は滅んでいたかもしれません。滅ばないにしても、こんな急速に文明は発達しなかったのです。この世に女性がいたおかげで、男たちは頑張ることが継続でき、文明を発展させることができたのです。インターネットだって、女性の裸を見たいという人がいたから普及できたのです。それこそまさに、女性に対する思いが文明を支えたと言えるでしょう。だから、この世に二つの性があるのは、子孫を残すためというのはもちろんのこと、なにより人類を発展させるためだったのです。ちなみにですが、仮に女性だけだったとしても、女性は力に頼らないから人類は滅ばなかったではないでしょうか。
世の中のブームを作るのも女性です。どんなに男性に支持されても女性の支持を得なければ爆発的なものにはなりません。格闘技ブームも女性が認めて初めて市民権を得たといえるでしょう。それだけ女性の支持は重要で、彼女たちのリアクションしだいで世の中の空気が変わるのです。移り気で、飽きっぽいところがすこし難点ですが。
その反面、女性にちやほやされすぎて、女性に溺れてしまい、本来の力を発揮できなくなってしまうとケースもあります。例えば、ハンカチ王子が女性に溺れて練習を怠ってしまい、成長がとまってしまうというようなことです。実際にはそうならないだろうけど、言うならそういうことなのです。そういう意味では、
Women destroy the world
女が世界を滅ぼす、という可能性も出てくるわけです。結局、女性に支えられて成功する人もいれば、女性に溺れて人生を無駄にしていまう男もいるということです。良い舞台に必ず良質なお客さんがいるように、成功する男性には必ずそれを支える女性がいるのです。そういう意味で、良くも悪くも、女性が世界を動かしている、地球は女で回っているのです。
だから彼だって、一国の支配者であるまえに、一人の男です。彼の暴走を防ぐのは、政治の力ではなく、きっと女性の力なのです。だから彼の意識を変えるのは、外からの圧力ではなく、彼の心の中にいる女性の存在なのです。
Women change the world
女が世界を変える
彼の暴走を止めるのは、女性の力なのです。
世界を変えるのは、女性なのです。
2006年10月08日
第240回「物欲のない僕が」
まさに仏の域に達しているかと思えるほどに、僕には物欲がありません。そんなこと言う人に限ってどうせと思うかもしれませんが、ほんとに自分でも困ってしまうほど物欲がないのです。だから誕生日などに欲しいものはと訊かれると、特別思いあたるものがないので、ベビースターとかナボナという食べ物になってしまうのです。でもこれは物欲というよりも、満たしているのは食欲であって、「何かが欲しくてたまらない!」という状態ではありません。そういう意味で、僕には物欲がないのです。いや、なかったのです。過去形にしたのはつまり、それだけ物に対する欲求がなかった僕にも、ようやく欲しくてたまらないものが現れたからです。
僕がそれに興味を抱きはじめたのは、実のところ最近ではなく、一年程前のことでした。ずっと心の中で気になっていたのだけど、ここで好きになったら厄介なことになると思い、あえてその気持ちに気づかないふりをしていたのでした。
その気持ちが急浮上したのは、アルバム製作後のことでした。アルバムの製作がひと段落したときに、「自分にご褒美をあげるべきだ!」と思ったのです。通常のご褒美は、基本的に男の欲求を満たすDVDになるのですが、やはりここは6年ぶりのアルバムということで、もっと豪華なものにするべきだと思ったのです。すると、気づかないふりをしていたものが心の中で急激に膨張し、僕の心の中をすっかり占領してしまったのです。まるで、ファミコンが欲しいのに買ってもらえない子供のように、それなしでは心が満たされなくなってしまったのです。
それほどまでに僕を魅了するもの、それほどまでに心を奪うもの、それはまさしく車でした。男性で車にまったく興味がないという人はあまりいないと思います。男にとって車は、その住まい以上にこだわるところです。あるときは家のようで、あるときは友達で、あるときは彼女のような存在なのです。つまり男というのは自分の欲望を車に反映させるのです。そしてその渦中の車は、アメリカの車、つまりアメ車です。アメ車というと、やたら角張ってでかい印象を持つかもしれません。しかしそういうタイプではなく、大きさこそあるもののとてもかわいらしい感じの車なのです。その車が物欲を忘れていた僕の心を燃やしてくれたのです。
「えっ、黄色い車持ってるじゃない?」と思う人も少なくないと思いますが、決してあの「黄色い車」を手放したりはしません。あの黄色い車を残したまま、もう1台欲しいのです。つまり、車を2台持ちたい、ということなのです。平成も18年、小泉さんから安倍さんにかわった現在、ひとつの家庭で車を2台所有することは決して珍しいことではありません。しかしながら、芸人、それも若手から中堅になろうとしているくらいの独身芸人の場合、もしかするとまだいないかもしれません。やはり、僕も昭和の男です。戦後から久しくとも「もったいない」とか「贅沢」という言葉に過剰に反応してしまう世代です。そんな僕が車を2台所有するのはあまりにも贅沢という気がしてなりません。でも、でも、欲しいのです。贅沢をしてはいけないと頭の中で理解していても、心は納得しないのです。もう1台欲しいのに、2台所有する勇気がない。もう1台欲しいのに、もう1台を売りたくない。そんな32歳の葛藤を、とある某有名多趣味系車愛好家の方に尋ねてみると、「ふかわくんね、そりゃ買うべきだよ!」と即答されました。某有名多趣味系車愛好家の方曰く、「芸能人はさぁ、プライベートで満たされないとやってられないでしょ」とのことでした。
たしかに、プライベートも身を削る思いだとしたら、仕事する上で精神的に持たないかもしれません。普段が満たされているから心地よく仕事ができる、ということです。まぁ、芸能人にかぎらないことなのでしょうが。しかし、その理論にはうなずけるものの、やはり車を2台所有するというのは、一抹の罪悪感こそ抱いてしまうのです。ローラースケートを2台持っていても、自転車を2台持っていてもそんな風に思いません。ケータイを2台は少し抵抗があるけどパソコン2台は問題ないです。バイクだって2台持っていても罪悪感なんてありません。なのに車2台となると急激に罪悪感が生じてしまうのです。果たして自分は車2台を所有するに値する人間なのだろうか、なんて考えてしまうのです。
ここは聞き流していいですが、そう考えると1が2になるってすごいことです。10が11になるのは十分の一の量が加えられただけだけど、1が2になるのは、1が倍になってるわけですから。1から数えてそんな劇的な増え方することは、2以降はもう永遠に訪れないのです。そんなこと言ったら、0が1になるってもっとすごいことです。
ちなみに、某多趣味系車愛好家の方は、2台どころか十数台所有しているそうです。でも、そんなことを聞いても、決して嫌味ではなく、むしろ好感さえ持ってしまうほどです。では車を2台所有できる資格はなんなのでしょうか。冠番組を持ったらいいのでしょうか。それとも納税額なのでしょうか。もしかしたら、そんな資格なんてないのかもしれません。でももしそれがあるとしたらきっと、それをどれだけ愛しているか、ということなのでしょう。自分の立場がどうであれ、本当に愛していたら、それがたとえ高額なものであっても、それが2台目であっても、決してそれは「贅沢」でも「もったいない」ものでもないのかもしれません。だから、現在の僕がそのアメ車を所有してもいいのです。あとは、勢いなのです。果たして、僕が車を2台所有する日は訪れるのでしょうか。
2006年10月01日
第239回「駄目な大人たち」
第239回「駄目な大人たち」
「ただいまより、2006年の流行語大賞にノミネートされた言葉を発表します!」
司会者が声高々に言うと、その隣の女性アナウンサーが美しい声で読み上げていきました。
「飲酒運転、痴漢、虐待、猥褻行為、談合、不正...そして最後は、格差です」
ひとつの単語が読まれるたびに、会場がどよめきました。
「えー、以上の言葉が2006年の流行語大賞にノミネートされたものです。たしかに今年の出来事を反映しているのではないでしょうか。ちなみに、よく使う言葉はありますか?」
彼は隣の女性アナに尋ねました。
「そうですねぇ、私はどの言葉もニュースで毎日のように発していましたが、特に猥褻行為という言葉は頻度的に高かったかもしれません」
「そうですか。飲酒運転というのもかなり聞きましたね。あれほど駄目だと言ったのに、後を絶たちませんでしたね。無免許のうえに飲酒という事件もありましたねぇ。そして虐待という言葉もよく耳にしました」
「はい。ただこの言葉は、今年に限らず数年前からずっとノミネートされていますから、今年は選ばれないんじゃないでしょうか」
「そういう意味では、やはり格差が有力なんでしょうか。流行語が格差というのも、どこか悲しい気がしますが...Aさんいかかでしょう?」
司会者がゲストコメンテーターに訊いてみました。
「そうですねぇ、流行語はその国の風潮を表していると思うんですが、こうやって見ると、日本という国がとても緊張感のない国になってしまった気がします」
「緊張感のない国、ですか?」
「そうです。だって、これらの言葉を毎日聞いてるでしょ。猥褻行為という言葉なんて聞かない日はないですよね。ほんとにだらしがないんですよ、いまの日本は」
「結局、大人が駄目なんだよね」
もう一人のコメンテーターが間に入ってきました。
「大人が駄目、とは?」
「結局ね、飲酒運転にしても猥褻行為にしても、みんな大人たちですよ。大人たちがだらしないんですよ。そもそも大人は子どもたちの模範であるべきなのに、いまニュースで流れているのは駄目な大人たちばかり。そりゃ当然ね、スポーツ選手とか、立派な大人もたくさんいますよ。でもね、それにしたって駄目な大人が多すぎる。こんな駄目大人のニュースばかりやっていたら、子どもたちや若者たちは大人に魅力を感じなくなりますよ。あんな風にはなりたくねぇって。駄目な大人を反面教師として成長するのも悲しいでしょ?立派な大人を見て子供たちは成長するべきでしょ」
「こんな世の中だから、総理は美しい国というテーマを掲げたんでしょうか」
司会者がさらに踏み込んだ質問をしました。
「まぁ、美しい国を目指すのもいいけど、そのためには美しい大人たちをつくることだろうね。ちょいワルオヤジなんてきっと数年後には恥ずかしい過去になっているだろうから、これからは子どもたちが憧れる大人を作らないとだめだよね。それができてはじめて子どもたちを叱ることができるんだから。全部とは言わないけど、少年犯罪の多くはそんな環境を作った大人たちの責任だよ」
「会場内が白熱してまいりましたが、この中から大賞が選ばれるまでもうしばらくお待ちください」
そう言って、司会者は一旦席をはずしました。
おそらく実際の流行語大賞はこんな展開にはならないのだろうけど、でも現在の日本は上記の言葉が横行しています。そりゃぁニートも増えるわけです。社会人、大人たちに魅力がないのだから。ほんとにだらしない大人が多すぎるのです。だらしないクセに、ちょいワルオヤジなんていうスーパーダサい言葉で身を飾ってる。ほんと30代の大人として情けないです。どうしてこんな風になってしまったのでしょう。いっそ、流行語大賞を「猥褻行為」にして、自らを恥じるべきなのです。首相がかわったところで本質的にはなにも変わらないのだから、各々が駄目な大人にならないように気をつけないといけないのです。それにしても、こんな日本に誰がしたんだろう。