« 2021年02月 | TOP | 2021年04月 »
2021年03月29日
第871回「愛おしい沼」
「この後、土居さんが来るので、ちょっと待っててもらえますか?」
「ひるおび!」の放送終了後、いつもなら着替えてすぐに楽屋を出るのですが、チーフ・マネージャーが来るから待っていて欲しいとのこと。些細な報告であれば現場マネージャーからの伝言で済みます。私は、何かあるなと思いながら到着を待ちました。
「5時に夢中!の件なんですけど」
予想は的中しました。ただ、あまり深刻な表情をしていないように見えます。
「4月からバラダンを担当して欲しいということで。5時に夢中!はで卒業になります」
人によって伝え方はまちまち。先に「卒業」を話してから新天地の話をする者、先に新天地を話してから「卒業」に触れる者。昨年12月のことでした。
2012年4月から9年間。最初は月曜から木曜日、途中金曜も担当し、ここ数年は月曜から木曜のシフトで固定していました。この間に、スタッフをはじめ、出演者もアシスタントMCも変わりました。アシスタントMCは、指揮者とコンサートマスターのような関係でしょうか。いつかこの日が来るとは思っていましたが、大きなコロナの波と一緒にやってきました。
波にもまれながらも、ささやかな出来事がたくさん詰まった9年間。毎日、こんなに笑顔だった日々はあったでしょうか。もちろん、いつまでも続けたいと言う気持ちはありましたが、私を起用してくれた方による判断なので、それに争う気持ちは一切ありません。
4月1日より、21時の生放送、「バラいろダンディ」という番組に移ります。新天地があることはとてもありがたいこと。ましてや日勤から夜勤というように、同じ場所に勤めるので、「5時に夢中!」を離れることに対する寂しさは若干薄まります。本来であれば、単なる卒業でお別れするケースもあったかと思うと、あらためて大川局長の愛情に感謝です。
9年間の日常のリズムから、新たに始まるリズム。どんなメロディーが流れるのでしょうか。
スタッフ、共演者、視聴者の皆さんに支えられ、今日まで来ました。皆さんに育ててもらいました。「半蔵門のタモリ」は浸透しませんでしたが、決して綺麗とは言えない床の上で、私は育ててもらったと実感しています。この汚い沼だからこそ、人は育つのかもしれません。これほど愛おしい沼はありません。
そうして迎える最終日。私はいつものように笑って終わりたかったのですが、やはりダメでした。視聴者の方が画面に映ったとき、涙腺はたちまち崩壊。でも、愛情たっぷりに作られたVTRや、涙を流す共演者たちに囲まれて、とても幸せな卒業式になりました。
この9年間は私の人生の宝物です。これからまた、新しい宝物を探したいと思います。新たな船出。皆さんも、新しい夕方と夜の景色をどうぞ楽しんでください。長い船旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。
2021年03月22日
第870回「うたたねクラシックin福岡・宮崎⑤」
ポスター・カラーのマジックを振る時のような、シャカシャカ、カラカラという音が、人の少ない空港のロビーで鳴り響いています。何事かと見回せば、最近担当になったばかりの女性マネージャーが、カクテルを作るバーテンダーのように、筒状のものを振っています。
「ねぇ、それ、何?」
「あ、これですか?プロテインです」
なぜこのタイミングでプロテインを摂取しようとしているのかわかりませんが、日課にしているようで、リュックの脇にはいつもその筒が常備されていました。そうして「めんべい」とプロテインとともに宮崎へ飛び立ち、到着すると、どんよりとした空から重たい雨が降っていました。
宮崎県は、「きらクラ!」の公開収録で都城へ、また、クラブ・イベントでもよく訪れていました。緊急事態宣言の福岡に比べ、街は賑わっているようにも見えます。チェック・インを済ませると、みんなで地鶏でも食べに行きたいところですが、うどんを食べに行く者、買い物に行く者、部屋で「めんべい」を食べる者、プロテインを飲む者、三々五々で過ごし、翌日の本番に備えました。
「今日はよろしくお願いします!」
うたたねクラシックでは初となる宮崎の会場は、300人ほど収容できるホール。もちろん、間隔を空けての開催となります。一度、福岡で終えていることもあり、皆、力も程よく抜けて、朝から和やかムード。緊張感よりリラックス。ナビゲーターも心に余裕が出てきたのか、いけないアイディアが浮かんでしまいます。
「場内アナウンス、やってもいいですか?」
本番前のアナウンスは現地の会場スタッフが通常担当するのですが、会場を和ませるためにダメもとで相談してみました。
「いいですね!やりましょう!」
まさかの快諾を得て、本番を迎えることになりました。
「本日は、うたたねクラシックへお越しいただき、誠にありがとうございます。本番開始に先立ちまして、お客様にご連絡があります」
客席は一杯になっていました。
「では、ここで皆さんにお尋ねします。本番までの数分間。じっと待っていますか?それとも、ナビゲーターのピアノを聴いてお待ちになりますか?」
すると、会場から拍手が笑い声と拍手が湧いてきました。どの段階で気づいたのか、狙い通りの展開に。
「よし、じゃぁ行こう!」
そしてアナウンス用のマイクを置くと、パジャマ男はステージに飛び出しました。雨のような拍手を浴びてピアノの前で一礼。もちろん曲は「トロイメライ」。昨日よりもリラックスして弾けた気がします。
「昨晩はおだまきっていう、うどん屋さんに行きまして」
「おだまき三姉妹による演奏です」
「音色にもダシが効いていましたね!」
「マキシマムっていう、宮崎にしかない調味料を買いに行きました」
「スパイスが効いていましたね」
「あの蝿は、チケット購入してないですよね」
以前の霧島でも感じたのですが、大きなホールは大きなホールの、小さなホールは小さなホールの良さがありますが、後者は距離の近さからくる熱量を体感できます。演奏家のトークもエンジンがかかり、終始和やかな雰囲気で、プログラムは終了。アンコールの「WATZ IN AUGUST」もたっぷり孤独に浸ることができました。
「また、会えると信じています。本日はありがとうございました!」
初めての宮崎公演。お客さんのおかげで、とても楽しいひと時となりました。
「ほんと、小劇団みたいなノリでしたね!」
「そうですね、うたたね劇団」
演奏家の皆さんも満足して会場を後にします。福岡も宮崎も、それぞれその瞬間にしかない音がありました。
「プロテインは、いいの?」
「今は大丈夫です」
次はどこで開催できるかわかりませんが、全国に大きなゆりかごを作りたいと思います。
2021年03月15日
第869回「うたたねクラシックin福岡・宮崎④」
ビオラなき「ビオラは歌う」が始まりました。加藤さんの滑らかなピアノの調べ。おっしゃる通り、ピアノソロとしては何の問題もありません。このまま独奏で完走してしまうのでしょうか。若干の戸惑いを感じていると、どこからともなく聞こえる優しい音色。
「これはもしかして!」
そうです、ビオラの音色。体を揺らしながらステージに現れる須田さん。ピアノ伴奏に乗せて、まさにビオラが歌っています。
「ビオラはオケの中であまり目立たない存在なんですけど、実際ビオラがいないといいハーモニーが生まれない、といった曲なんです」
縁の下の力持ちということでしょうか。いかにビオラが大事な存在であるかを、途中から参加するという形で表現してくださいました。
続いては、ステージに椅子が二脚並んでいます。ここからは朗読のコーナー。私と遠藤さんによる朗読とチェロ。以前はここで「風のない場所」というオリジナルの詩を朗読し、遠藤さんに「サリー・ガーデン」をソロで弾いてもらいました。今回は「白鳥のように」というオリジナルの詩を朗読し、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」より「白鳥」を、加藤さんのピアノ伴奏付きでお届けします。
「たまには何も考えず、ただ浮かんでいるのもいいのではないでしょうか。音楽という、湖の上で」
朗読が終わると、場内を「白鳥」が漂い始めました。とても凛々しく、優しい白鳥。ビオラの音色もいいですが、チェロの重厚感ある音が、体の中を通過していくようです。
「ありがとうございました!」
プログラムはあと2曲。ハーラインの「星に願いを」、そしてチャイコフスキーの「くるみ割り人形」より「花のワルツ」。以前も演奏しましたが、楽器編成が違うので、アレンジも多少変わっています。場内はすっかり、春の訪れのような暖かな雰囲気に包まれました。
「では、このままもう一曲いきましょう!」
そして最後は、私が作曲し、加藤昌則さんアレンジの「WALTZ IN AUGUST」。上柴はじめさんのアレンジとはまた違ったハーモニーになっていますが、終わり方は恒例の孤独バージョン。曲の終盤に一人ずつ舞台からいなくなり、最後、パジャマを着た男が一人で鍵盤を叩いて終了、という演出。暗闇に包まれると、拍手が聞こえてきました。
「本当にありがとうございました!」
こうして無事に2度目の福岡公演が終了しました。来ていただいたお客様のおかげで、間隔を空けた客席も忘れてしまうほど、素敵な時間を過ごすことができました。
帰り仕度をして、福岡空港へ向かう一行。一台の車に乗って移動する音楽旅行は、撮影した写真がAirdropで飛び交う、とても楽しい時間。
「だめだ、我慢できない」
空港に着くと、私の目線の先には福岡名物の「めんべい」がありました。以前、お土産で購入した「めんべい」は、福岡から鹿児島の道中で一枚だけと取り出したのが最後、止まらなくなって全部食べてしまいました。そんなこともあったので、「めんべい」は禁止にしていたのですが。
「こちら、二箱ですね?」
搭乗ゲートまでに何度か目が合ってしまい、結局、プレーンタイプと辛口タイプの「めんべい」を宮崎に連れて行くことになりました。
「何の音?」
搭乗を待つロビーは閑散として、とても静か。しかし、そんな静けさを打ち破るように、謎の音が聞こえてきました。
2021年03月09日
第868回「うたたねクラシックin福岡・宮崎③」
休憩が終わり、演奏家たちが楽器を持って現れると、客席から巻き起こる拍手。そうして後半が始まろうとしていたその時、ステージからナビゲーターを呼ぶ声がします。
「なんですか?どうしました?」
「ちょっと会場に蝿が舞い込んでるみたいなんだけど」
「蝿?」
確かに羽音が聞こえます。換気で窓を開けた際に入り込んでしまったのでしょうか。外の気温は20度を超えているようです。音楽を聴きにきたのか、まさかの珍客に中断せざるを得ない状況。
「ちょっと追っ払ってくれる?」
プログラムを円滑に進めるのがナビゲーターの仕事。嫌ですとは言えません。
「みなさんのところに飛んできたら、遠慮なく叩き潰してくださいね」
蝿が場内をブンブンと飛び回る中、演奏がスタートしました。この曲は、「熊蜂の飛行」のようですが、ちょっと雰囲気が異なります。ナビゲーターの私は、ステージ上をいったりきたり、枕を投げたり、スリッパで叩こうとしたり。疲れたのか、おちょくっているのか、蝿も時々休んだり。もうダメかと半ば諦め気味に両手でパチンとやると、羽音が止みました。命中したのでしょうか。恐る恐る手を広げると、そこには無惨な悲しい蝿の姿。思わぬ形で生涯を遂げた蝿が成仏できるように、皆起立して手を合わせ、頭を下げました。
「チーン」
そんな「熊蜂の飛行〜または自分を熊蜂だと思い込んでいる、悲しき蝿の悲しき運命〜」という曲で後半戦はスタートしました。今回参加している加藤昌則さんの編曲。原曲はリムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」弦のみなさんが大活躍する曲ですが、その弦で見事に「蝿」の羽音を表現してくれました。
プロの演奏家の皆さんは、音に対してストイックですが、こういった演出に対しても非常に熱心です。リハーサルで「最後はみんなで立って手を合わせたほうがいい」「なら私がチーンって鳴らすわ」など、まるでコントの稽古のように入念なリハーサル。その甲斐あって、お客さんも喜んでくれました。
無事に蝿を退治し、私の両手がジンジンするなか退場すると、演奏家たちの表情も一変。シューマンの「ピアノ四重奏曲 変ホ長調」が始まると、場内の緩んだ空気が一瞬にして引き締まります。言葉を使わずに、音で空気を一変させる、まさにプロのなせる技。今回の「うたたね」は、お客さんに「うたたね」させる隙がありません。非常に対照的な2曲を終え、クライスラーの「美しいロスマリン」を、バイオリンとピアノで披露。「ロスマリン」は「ローズマリー」のこと。クライスラーの曲の中で最も有名な作品の一つ。タイトルこそ知らなくても、誰もが聴いたことある曲だと思います。
これに続いてお送りするのは、槇原敬之さん作曲の「ビオラは歌う」。これをビオラとピアノで演奏することになっているのですが。
「須田さんが見当たらないんですけど」
また事件が起きました。「ビオラは歌う」なのにビオラの須田さんがいない。
どうしましょう。
「まぁ、なんとかなるでしょ。いなくても」
ピアノ伴奏をする加藤昌則さんはこんな状況でもびくともしません。ビオラを軽視しているのか、不在でも問題ないとのこと。
「じゃぁそこまで言うなら、、、」
そうして、ビオラ不在の状態で「ビオラは歌う」が始まりました。果たして完奏できるのでしょうか。