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2021年02月28日
第867回「うたたねクラシックin福岡・宮崎②」
遠藤さんによる、バッハの「無伴奏チェロ組曲第一番」の演奏が終わり、大きな拍手に包まれる場内。
「あらためまして、うたたねナビゲーターのふかわりょうです。今日は皆さんのために極上の音をご用意しましたのでご堪能ください」
そして登場したのは、うたたね初参加のピアニスト加藤昌則さんとビオラ奏者の須田祥子さん。この二人でエルガーの「愛の挨拶」を演奏してもらいます。この曲は言うまでもなく、「きらクラ!」のエンディング曲でもあり、遠藤さんと演奏した思い出の曲。一般的にはチェロやバイオリンですが、今回はビオラとピアノによる演奏。遠藤さんでも川久保さんでもなく、満を持して登場した須田さん。
「まぁ、バイオリンよりも、チェロよりも、一番いい音色になるでしょうね」
最初からトップギアで発進します。人間の声に最も近いと言われるだけあって、歌っているようにも聞こえるほど、優しい音色に会場もうっとりしていました。
これに続いたのは、私の大好きな曲。ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。これをチェロとバイオリンとピアノの編成でお届けします。ピアノバージョンも静謐さがあって素晴らしいですが、この3人の編成はより心に染み渡り、リハーサルでもこの曲になると、客席に降りて聴いていました。
ラヴェルの音色の余韻に浸っていると、真っ赤なドレスに身を包んで、メゾ・ソプラノの林美智子さんが登場。ステージがとても華やかになりました。今日は、ビゼー作曲のオペラ「カルメン」で歌われるアリア「ハバネラ」と、加藤昌則さん作曲の「旅の心」を2曲続けてお送りします。前者は「恋は野の鳥」という別名もある、とてもポピュラーな曲。後者は、作曲者の演奏で歌うというのはとても貴重という、美智子さんのリクエスト。彼女の歌声が、会場いっぱいに響き渡り、まさにゆりかごを揺らすようでした。
そうして迎えた前半最後の曲は、「サウンド・オブ・ミュージック」のスペシャルメドレー。元々はミュージカル作品ですが、ジュリー・アンドリュースの映画をご覧になった方も多いのではないでしょうか。劇中に登場する数々のナンバーは、どんなに時が流れても色褪せることのない名曲ばかり。特に「私のお気に入り」は、なんとかうたたねメンバーで演奏できないものかという願いがありました。
そんな思いを、以前で打ち合わせでぶつけてみると、遠藤さんが、「加藤さんならやってくれるんじゃない?」と軽い口調。そんな簡単にできるものじゃないのですが、二人の関係もあり、加藤さんは本当にやってくださいました。
「エーデルワイス」、「私のお気に入り」、「ドレミの歌」。世界中で愛されているメロディーが、メドレーでつながれる至福の時間。うたたねメンバーによる、見事な演奏、見事なアレンジ。本当に素晴らしい珠玉の「サウンド・オブ・ミュージック」に感動せずにはいられません。
拍手の音に混ざって伝わってきました。マスクで発せられない分、心の叫びが聞こえてくるようでした。
「皆さんの代わりに言わせてください。ブラボー!!」
温かな拍手に包まれるなか、前半のプログラムは終了。
「それでは、換気を兼ねた休憩です。10分後に会いましょう」
しかし、朝からぽかぽか陽気。換気をしたからか、場内に珍客が舞い込んでしまいました。
2021年02月21日
第866回「うたたねクラシックin福岡&宮崎①」
「3年ぶりか」
福岡に入った金曜日の午後。およそ3年ぶりのアクロスホールはとても大きくて、気持ちが引き締まりました。リハーサル。今回はメンバーも異なり、曲目も多少変わっています。なので、アンコールの部分は前回と同じ流れで行うつもりでした。
「一番最初にやっちゃおうか」
もともとアンコールで私が披露する予定だった「トロイメライ」を、一番最初にやってしまおうかというもの。もちろん、お客さんの中には今回が初めてという方もいらっしゃるでしょうし、2回目という人の方が少ないかもしれません。でも、演者のテンションというか、気持ちとして、変化球で行ってみたくなったのです。
「一番最初が一番緊張するんだよ!」
作曲家・ピアニストの加藤正則さんの冗談交じりの言葉にビビりながらも、チャレンジする方向でリハーサル終了。緊急事態宣言下、福岡の夜が静かに過ぎて行きました。そうして迎える当日。
ホテルを出ると、夏のような日差しが川面を照らしています。ピアノの調律が終わり、あらためて曲の確認。まだ誰もいない会場にトロイメライが響き渡りました。徐々に出演者が集まり、他の楽器の音色も漂い始めると、会場の空気も温まってきます。
「それでは間も無く開場します」
間隔を開けての客席。3階までの900席が埋まっています。マスクをし、ルールを守って足を運んでくれたみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。
そして開演の12時になろうとしていた時、パジャマ姿の男が何度も頭を下げながらステージに現れました。
「1曲だけ、いいですか?」
と、聴衆に尋ねるように見渡すと、中央のグランドピアノの前で深く頭を下げ、腰を下ろします。ゆっくり深呼吸して両手を鍵盤の上に乗せました。シューマンのトロイメライ。プログラムには明記されませんが、うたたねクラシックのテーマソングのような存在です。拙い演奏にも関わらず、客席は我が子を心配する父兄のように、静かに見守ってくれていました。
「ありがとうございました!」
温かな拍手を浴びながら舞台袖へ腕を伸ばすと、妖艶なドレスを身にまとった遠藤さんが現れます。チェロを持ち、子供の演奏を讃えるように私に向かって送る拍手。ゆっくり腰を下ろすと静まる場内。そして緊張した空気を解きほぐすように弓が上下に動き始めます。柔らかくも芯のある波。バッハの無伴奏チェロ組曲第一番。この音色に、場内の空気が一体となっていきます。チェロ一本で、大きなゆりかごを揺らすようでした。
「では、極上の音をゆっくりご堪能ください」
こうして、福岡で2回目のうたたねクラシックが始まりました。
2021年02月16日
第865回「夏も冬もボサノバも」
「PVができました」
との報せを受けて3人が集まったのは、さまぁ〜ずチャンネルの収録をしている部屋。カメラが数台設置されて、椅子が3つ並んでいます。その2週間ほど前に行われたPV撮影は、カーディガンのような優しい素材の生地を羽織った男たちが、一人ずつカメラの前に立ったり、みんなで談笑したり。順調に撮影が進む中、末っ子の僕がとあるものを手にして二人を呼びます。
「お渡ししたいものがあるのですが」
若干戸惑う三村さんと大竹さんに渡したのは、家で作成してきたCDR。盤面には、「ボサノバ・バージョン」と記してあります。
「すみません、勝手に作ってしまいました」
レコーディングした余熱でもう一曲、「夏も冬も」のボサノバ・アレンジを作成しておいたのです。ボサノバと言うと、何かとお二人が恐れを抱いているのが印象的だったので、その恐怖心を払拭したい、ボサノバを好きになって欲しい、それがプロデューサーのもう一つの役目だと思っていたのです。
「じゃぁ、これも配信しちゃおうか!」
その場で聴くことになり、二人が気に入ってくれたらそんなこともあるかとどこかで期待もしていましたが、オリジナルと同時発売することになりました。
オリジナルが冬っぽい音なら、ボサノバ・バージョンは夏っぽい音。まさしく、夏も冬も聴いてもらうための2バージョンです。
配信が決まったので、ギターやマラカスなどを手にして、ボサノバ・バージョン用のジャケット撮影。まるで自分たちが楽器を演奏しているかのようです。
それからPVの完成を楽しみに待つこと2週間。3人の前でカウントダウンが始まると、「夏も冬も」の記念すべきPVが流れ始めました。
「家でお酒飲みながらだったら、ウルウルしたかもしれないです」
そこには、等身大の3人の姿がありました。53歳の三村さんと大竹さんと、46歳の僕の日常がありました。詩と曲にぴったりで、素敵な時間が流れるミュージック・クリップがでした。
「一応、ボサノバ・バージョンもあるんですけど」
さらに、レコーディング風景を編集して、ボサノバ・バージョンも動画になっていました。実際は、オリジナル用にしかレコーディングしていないのに、まるでボサノバのリズムに合わせてみんなが歌っているみたいで、とても面白いです。
新潮社の取材終わりで突撃されたのが11月。ようやく、来週17日に配信されます。オリジナルとボサノバ・バージョンの同時発売。PVが当日の19時にYOUTUBEでアップされるそうなので、早く聴きたい方は、日付が変わってからダウンロード可能だと思うので、ぜひ聴いてみてください。配信ジャケットも、とても素敵なので。
「ところで、プロモーションはするんですか?」
僕からの問いに慌てるスタッフたち。そんな呑気な感じがとてもいいと思います。ういんたぁ〜すの「夏も冬も」。ぜひ、夏も冬も、春も秋も、聴いてくださいね。めぐる季節を彩る一曲になることを願っています。
2021年02月08日
第864回「サワコの夜」
「14時からの対談で来たのですが」
インターホン越しにそう伝えると、ゲートがガラガラと開きます。車はスロープを上がり、建物の前の駐車枠に案内されました。
「すみません、早く着いちゃって」
絶対に遅刻はできないという気持ちによって、予定より15分ほど早く到着。窓の向こうに菊池寛の胸像が見えます。担当者が現れると、もう到着されているとのこと。エレベーターを上がれば、そこには少女のように目を輝かせた女性がいらっしゃいました。
「お会いできて光栄です」
週刊文春の人気連載、阿川佐和子の「この人に会いたい」。このように対面するのは初めてですが、小柄ではあるものの、キラキラとした光を放っているようでした。
「私の親戚が、阿川さんの学友だったようで」
この手の話は、温度差があってリスクがあるのですが、距離か近づけばと切り出してみると、あぁ、ずんこのことねと、しっかり記憶していました。すると阿川さんも、
「仲良くなりたいから、連絡先書いておこうかしら」
と、名刺を渡してくださいました。僕はアイスコーヒーを、阿川さんはアイスティーを注文。お会いしてすぐに緊張がほぐれた状態で、対談はスタートしました。
「もう、面白すぎましたよ!」
エッセイの感想を笑顔で伝えられ、安堵のため息が漏れる午後。もしかすると、阿川さんのような方は、「いいのいいの、細かいこと気にしないで」とおっしゃる可能性があったので、気難しい人だと敬遠されたらどうしようと不安な部分もあったから。しかも、かなり気に入って頂いたようで、内容について細かく確認したり、本では触れられていない部分を探ったり、また、たくさんお褒めの言葉をくださいました。
「実は、このタイトルにしたことに責任を感じていまして」
病名がわかって安心する人もいれば、より不安になる人もいる。このタイトルと目があった人に気づかせてしまったことに申し訳ない気持ちがあることを吐露するや、
「大丈夫、みんなふかわさんほどじゃないって安心するから」
と、阿川さんの一言で、部屋の中が大きな笑い声に包まれました。
「シャルル・トレネが出てくるでしょ?あの曲をシンガーズ・アンリミテッドがカヴァーしててね」
「ラ・メール」の作曲者であり歌手のシャルル・トレネの話から派生して、シンガーズ・アンリミテッドの話まで出ました。この話を誰かとしたのは初めてです。
「その曲を私が歌ったら、かまやつひろしさんが、いい曲だね、今度僕も歌おうかなって」
阿川さんから出てくる言葉ひとつひとつがとても貴重なものでした。また、書くことに関しては、
「セロリで10枚かけたら文章力があるってことだから」
と、特に思い入れのない対象をテーマにしても、原稿用紙10枚かけたらそれは書く人の力ということ。私も、そうありたいと思いました。
「ふかわさんとラジオで、音楽番組ラジオやりたいわ」
対談が終わる頃、何度もそうおっしゃってくださいました。ほとんどアイスコーヒに口をつけずに交わした言葉の数々。お互いに好きな曲を流しておしゃべりする、「サワコの夜」ができたら最高ですね。
2021年02月01日
第863回「うたたねクラシック2021」
以前もお伝えしましたが、来たる、2月13日は福岡、14日は宮崎で「うたたねクラシック」を開催します。福岡、鹿児島、佐世保と、なぜか九州に偏っていますが、今回のうたたねメンバーは、これまでと違う彩になっています。
チェロはもちろん、「きらクラ!」で8年間共演を務めてくれました遠藤真理さん。番組が終了し、一度、彼女の配信番組に呼んでいただきましたが、それ以来の共演。毎週会っていたのに、いつの間にかこんなに会わなくなるとは。再会が楽しみです。
続いて、メゾ・ソプラノは、いつも朗らかな林美智子さん。美しいその声もさることながら、美智子さんがいらっしゃると周囲がとても明るく華やかになります。うたたね第一回から出演してもらい、ラジオ番組でも共演していますが、美智子さんの笑い声にいつも包まれていました。
ヴァイオリンは、川久保賜紀さん。真理さんと親交も深く、トリオも組んでいるので、もう息もピッタリ。穏やかな性格ですが、いざ演奏が始まると、とても艶やかで凛々しい音を奏でてくれます。佐世保から参加してくれています。
ヴィオラは、須田祥子さん。以前「きらクラ!」の水戸の公開収録にも出演してくださいました。「SDA48」なるヴィオラ集団を結成するなど、とてもユニークな活動を精力的に行い、ヴィオラ愛に劣らない、卑屈なところも彼女の魅力のひとつ。うたたねは初参加ということで、どのようなハーモニーを届けてくれるのでしょう。
そして、ピアノは加藤昌則さん。「きらクラ!」の都城の公開収録にも出演してくださいましたし、昨年末のNHKFM「ベートーベン生誕250年特番」でも共演させてもらいました。そこでは、ベートーベンのピアノ・コンチェルトを1番から丁寧に解説していただき、独自の解釈を交えながら、とても貴重なお話を披露していただきました。演奏はもちろん、作曲・アレンジでも名を馳せていて、うたたね初参加となりますが、加藤さんのアレンジした楽曲もお届けしたいと思います。
最後は、うたたねナビゲーターおよびパジャマ担当、私、ふかわりょうです。パジャマにマスクを着用すると、ナビゲーターというよりも、病院から抜け出してきた人にしか見えないかもしれませんが、お客様が少しでもリラックスして聴いていただけるように、ゆったり進行していきたいと思います。
会場の福岡シンフォニーホールは、2018年5月、最初に「うたたねクラシック」を開催した場所。満員のお客様に囲まれてスタートを切ることができました。そして宮崎は、初めて足を運ぶ、メディキット県民文化センター(県立芸術劇場)になります。どちらも、すべての席を使用することはできませんが、空間に余裕を持って、みんなが安心して楽しめる、大きな揺りかごにしたいと思っています。
誰もが心にゆとりがない日々を送っています。今、我々にできること。与えられた範囲内で活動すること。エンターテインメントのあり方を見つめ直す機会にもなりました。そんな中、こうして素敵な演奏家の方々と演奏会ができること、とても感謝しています。出演者はもちろん、スタッフ、会場、それぞれ対策をしっかりとった上で、来てくださったみなさんに、極上の音をお届けしたいと思います。