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2018年07月27日
第756回「あの夏、聴いたクラシック」
「どうも、こどくらりょうです」
みなさん、覚えていますでしょうか。エリック・サティーのジムノペディー。ピアノの音に重なる落ち着いた声。そうです、あの男が帰ってきました。今年の夏も、「こどクラ!」放送することになりました。
前回は、深い時間に孤独と向き合う男たちが集まって、女子会さながら、賑やかな孤独会をクラシック音楽と共にお送りしてきましたが、今年は一味違った「こどクラ!」になると思います。
「あの夏、聴いたクラシック」
それが今回のテーマ。誰しも、季節を彩った音楽があるもの。夏のブラスバンド大会で演奏した曲。扇風機を回しながら聴いたレコード。野外演奏会で体感した音。避暑地のコンサートで聴いた曲。うだるような暑さの中、ラジオから流れてきたあの曲。花火大会の帰りに車内で流れた音。
僕も小学生の頃、家族で出かけた旅行の帰りに「動物の謝肉祭」と出会いました。あの夕焼け。奥多摩の緑に、「化石」の木琴の音色が共鳴した夏。あの時聴いた音に、夏の匂いが刷り込まれて。そんな、みなさんの夏を彩ったクラシックを、当時の思い出とともにお届けしたいと思います。
そして今回はいつもと違う場所からお送りします。なんでも、こどくらさんは夏の避暑地として別荘があるそうで、今年はそこから放送するそうです。しかも、そんじょそこらの別荘ではありません。なんと、ツリーハウス。「トム・ソーヤーの冒険」を観て育った少年たちの憧れの場所。蝉の声、川のせせらぎ。風の音。鳥のさえずり。そんな音に囲まれた場所から全国にお届けしたいと思っています。
お客様には、村治佳織さんを予定しています。もしかしたらギターを担いでやってくるかもしれません。ツリーハウスで演奏してくれたら最高です。ぜひ、うちわを仰ぎながら聴いてください。こどくらさんへのメッセージなどもお待ちしています。
放送は8月12日(日)14時から。そうです、普段「きらクラ!」を放送している時間帯。もともと「きらクラ!」休止のところにハマったのが「こどクラ!」だったということです。前回は、オンエアを聴きながら寝落ちしてしまいましたが、この時間帯なら心配はなさそうです。うたた寝しながら聴くのもいいでしょう。「孤独に浸りたい曲」である必要は全くありません。みなさんの、夏を彩った曲、お待ちしています。
2018年07月20日
第755回「森のハヤシライス」
「そう言えば、来たことあったっけ?」
周囲こそ通るけれど、中に入ったことはあっただろうか。高校生の時にデートで歩いたような気もするけど、それは別の公園だっただろうか。少なくともここ十数年の間はなさそう。それに、こんな地下空間があるとは。
年季の入った色合い。地下2階まである大きな駐車場はまるで都心の要塞。車を出ると、埃の匂いと外の熱気がうっすらと伝わって来ます。エレベーターはなく、薄暗い階段をゆっくり上がると、もわっとした空気と蝉の声が待っていました。
日比谷公園。前述の通り、都心にありながら、案外立ち寄る機会もなく、園内を歩いた明確な記憶もありません。目の前で噴水は高く吹き上げているものの、周囲は工事中。この炎天下では、ベンチでのんびりしている人も見当たりません。それでも緑が多い分、時折心地よい風が通り抜ける、午後の日比谷公園。用事を済ませ、園外から戻ってくると、やはり体感温度は下がります。駐車場の入り口まで木陰を歩いていると、木々の間から白い建物が見えました。
「松本楼…」
聞いたことあるような響き。説得力のある書体。きっと、この公園の中にあるくらいだから有名なのだろう。お昼もまだだったし、期待を込めて踏み入れる森のレストランは100年以上も続く老舗の洋食屋さん。ランチのピーク時を過ぎていたので待たずに座ったテラスに面した奥の席は、窓越しに緑が眺められます。
「ハヤシライスか…」
メニューを広げると、美味しそうなカレーに並んで、ハヤシライスが目に留まりました。不思議なもので、カレーが食べたい!とはなっても、ハヤシライス食べたい!とはあまりなりません。しかし、いざ目の前に突きつけられるとそれはものすごい引力を発揮します。ましてや、老舗の洋食屋さんとなると、自ずとハヤシライスへと誘われるほどの親和性がありました。もう戻ることはできません。そうして僕のテーブルに、ハヤシライスが到着しました。
銀色の器にハヤシライスのルー。まあるく平たい黒のお皿にふっくらしたライス、そこに福神漬けが添えられています。松本楼のハヤシライス。なんでしょう、この文字面の良さ。響き。そして窓越しの緑。森のハヤシライスが、心身ともに満たしてくれました。
デザートはオレンジ・ムースのプリンとコーヒー。この空間にいると、全て美味しく感じてしまう、松本楼マジックがありました。
「また、来よう」
店を出ると、もわっとした熱気。2018年の夏。噴水越しにそびえる高層ビルが、空に映えていました。
2018年07月13日
第754回「きらきら星はどこで輝く?第18話 スーツはご機嫌ななめ」
そうして始まってみれば、うたたねどころか、とても楽しいノリノリコンサート。国際音楽祭も開催している場所というのもあり、霧島の皆さんのノリがよく、出演者の気分を盛り上げようという心意気を感じました。昨日以上にカジュアルな雰囲気に包まれていたので、ナビゲーターの話も3割増。すっかり上機嫌です。
「愛の挨拶が、世の中のクレーマーの気持ちをなだめているのです」
「これは、100年に一度の突然変異によって生まれた薩摩のピンク豚です」
「アイロン台がグランドピアノに見えました!」
譜めくりの方も、絡まれるとは思っていなかったでしょう。明るい雰囲気と笑い声に包まれて、プログラムはスムーズに進んで行きます。いつか叱られるのではと思っていましたが、ステージ袖に戻る度に、スタッフの笑顔に迎えられます。ただ、若干一名、不機嫌な者がいました。
「ねぇ、今日こそ着てくれるんでしょうね」
霧島では15分の休憩がありました。
「も、もちろんさ、せっかく持って来たんだし、ここで着なかったら、何の為にわざわざって話でしょ?」
「じゃぁ、早くここから出してよ、暑いんだから」
「そろそろ休憩も終わるから」
そう言って、黒のカバーを外しました。そして、プーランクのエレジーから始まる後半戦。休憩を挟んでも相変わらず会場は暖かい雰囲気に包まれていました。
「いよいよ、次が最後の曲となります」
本編最後の曲、「星に願いを」が始まりました。もう終わってしまうのかという心情に、ハーラインのメロディーが染み入ります。挨拶を終え、袖に戻ると会場からアンコールの拍手。さて、どうするか。楽屋に戻ってスーツに着替えるか、それとも。
「では、行きましょう!」
ステージに現れたのは、水玉パジャマのナビゲーターでした。楽屋に戻ることはなく、そのまま楽譜を手にしてステージに飛び込みました。拍手を浴びながら、ゆっくりと歩いて行きます。センターでお辞儀をし、向かうはグランドピアノ。ここでも同じように、「え、嘘でしょ?」という雰囲気に笑い声がブレンドされています。楽譜を置き、腰を降ろし、会場のざわつきを吸い込むように深呼吸。ゆっくりと両手を鍵盤に載せると、息を飲むように会場は緊張感に包まれました。そして、張り詰めた空気を解きほぐすように響き始める、シューマンのトロイメライ。
グランドピアノから飛び出してゆく音が、風船のように飛んで行く感覚がありました。今までピアノを弾いていてそのような感覚になったことはありません。会場の構造によるものなのか、気のせいなのか。いずれにしても、自分でも気持ちよく弾くことができました。
「続いては、連弾をお聴きいただきます」
アイロンをかけてくれた三舩さんが登場し、ピアノの前に並びます。シワを伸ばしてもらった分、なおさら失敗するわけにはいきません。さて、霧島でも輝くことができるのでしょうか。
「ありがとうございました!」
演奏を終えると、観客の皆さんの目がとてもきらきらしていました。そして最後の「waltz in August」。この曲で、2日間全ての演目が終了するのかと思うと感慨深いものがありました。演奏後、一列に並んで、お別れの挨拶。こうして、本当にたくさんの拍手と笑顔に包まれて、うたたねクラシックは幕を閉じました。
「それでは、出発します!」
支度を済ませ、いざ空港へ。
「昨日から今日だけで、かなり上達していましたよ!」
途中、うどん屋さんに寄ることになりました。なかには焼酎を頼む人もいます。体にまだ余熱を感じながら、今回のうたたねクラシックの労をねぎらいました。
「ぜひ、またやりましょうね」
空港のラウンジ。そんな言葉を、遠藤さんを始め、メンバーの皆さん、スタッフの方からいただくことができました。至らぬ点もあったと思いますが、甘えてばかりでしたが、プロの演奏家の皆さんとの演奏旅行はあまりに楽しくて、演奏家になった気分も味わせてもらいました。全てがメロディーのようでした。
「結局、一回も袖通さなかった。一体、なんのために来たのか」
「今度のきらクラ公開収録の時に着るから」
「まぁ、いいわ。トロイメライ、よかったよ」
鹿児島空港が離れて行きます。さぁ次は、どこで輝くのでしょう。あらためて、ご来場の皆様、本当にありがとうございました。
2018年07月06日
第753回「きらきら星はどこで輝く?第17話〜うたたねクラシック?〜」
心地よい時間が流れていました。朝風呂に入り、朝ごはんを食べ、コーヒーを一杯。それでも出発まで時間があります。部屋でゆっくりしようと窓を開ければ、霧島連山の噴煙。気持ちいい風と新鮮な緑の香り。鳥のさえずりも聞こえてきます。福岡が12時開演だったのに対し、霧島は14時から。ホテルから会場も近く、随分余裕があったので、しばらくベッドで横になることにしました。
「なんの音?」
しばらくすると、鳴き声のような音が聞こえてきます。
「もしかして…」
どうも弦楽器の音のようです。誰かが音楽を流しているのか、それとも。
「真理さん?」
このホテルのどこかの部屋で練習しているのでしょうか。わからないけれど、風とともに入ってくるチェロの音色がとても心地よく、そのまま眠りに就いてしまいました。これぞまさに、うたたねクラシック。優しい音色を子守唄に、ハンモックに揺られるような、極上のうたたねタイムとなりました。
「ほら、見てください」
大自然に囲まれて、今日のコンサート会場がありました。迎えてくれたスタッフが、数日前の噴煙の写真を見せてくれます。青空に、くっきりと白い雲のような噴煙が立ち上っています。タイミングによっては、このコンサートも危なかったかもしれません。ステージもとても素敵なつくりで、20年以上も経っているとは思えないような綺麗な空間。二日目というのもあるのか、環境のせいか、まるで今日は本番ではないかのような、穏やかな時間が流れていました。
「そういえば、部屋で練習してた?」
会場で合流すると、朝のことを思い出しました。
「あ、聞こえました?」
「チェロの音色聞きながら寝ちゃったよ」
続々とメンバーが集まり、徐々に本番の緊張感が漂い始めたその時、今回のハイライトとも言えることが起こります。
「アイロンって、どこかにありますっけ?」
そうスタッフに尋ねた僕に声をかけてくれたのは三舩さんでした。
「じゃぁ、私がかけますよ」
「いや、悪いですよ、それは!」
「すぐなんで、かけちゃいましょう」
シワのついてしまった水玉のパジャマが、三舩さんに渡りました。ちょうどご自身のもやる予定だったのかもしれないですが、これから本番を迎えるピアニストの方にパジャマのアイロンがけをしてもらうとは。しかしながら、その姿はとても優雅なアイロンがけで、アイロン台がグランドピアノに見えました。このように、いつまでたっても甘えん坊のりょうちゃんを素敵な女性陣が支えてくれます。
「それでは、本日もよろしくお願いします」
そうして、昨日とは違う衣装を身に纏った遠藤さんがチェロを手にして現れると、会場は大きな拍手に包まれました。