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2017年11月24日
第727回「脳内蓮舫」
大学時代の友人に、「ミスター断捨離」と呼ばれる男がいました。当時はその概念がなかったので、今名付けるならば、間違いなくそうなります。同じクラスの彼は、校舎のある日吉で一人暮らしをしていたこともあり、何かと頼りにしている存在でした。彼のノートのおかげで僕は留年せずに済んだと言っても過言ではありません。
彼の部屋は、いつも綺麗。というより、何もありませんでした。本当にここで暮らしているのか疑ってしまうほど、とにかく物がない。パンなどを買ってきても、絶対にお皿の上には置かない。洗うのが面倒臭い。そう、面倒臭いということが彼の行動を左右していました。面倒臭いから捨ててしまおう。残酷にも見えるその合理的な行動は、どこか清々しく、聡明にさえ見えました。効率のいい男。必要のないものは置かない。邪魔になるものは買わない。人間関係においてもそんな感じなのかもしれません。彼は今どこでどのような生活を送っているのでしょうか。
そんな彼に比べると、僕ははるかに捨てられない男。紙袋はもちろん、衣類などもよほどのことがなければ捨てない。紙袋はどこかで使用できるけど、衣類は増える一方。物を溜め込んでしまうタイプ。ゴミ屋敷にこそならないものの、パソコンのハードディスクの中からも、捨てられない人間であることは明白です。断捨離ブームにおいても、手に取った瞬間、思い出や未来のイメージが浮かんでしまって、どうしても捨てられない。
そんな僕が、今、迷っているものがあります。捨てようか悩んでいるもの、それはCD。あまりに増えすぎているので、これまで何度か処分したことはありますが、今回「仕分け」の対象に上がっているのは、在庫のCDです。
インディーズで始めてから、自宅保管となっているアルバムが、大きなダンボールの中で眠っています。幸い、タイトルによってはほぼ完売というものもありますが、最初に製作したものほどたくさん発注してしまっているので、その分、在庫を抱えてしまいました。数年の間、納戸のような位置を陣取っているのですが、もしここに余裕ができれば、自ずと他の場所に置かれているものが移動できるので、全体的に家の中もすっきりするはず。もちろん、容易なことではありません。愛着や思い入れがあります。なんせ自作のアルバムですから。
「配信の時代だというのに、なんでこんなに製作したんですか!今すぐ処分してください!」
「音楽なんて、そもそも形のないものじゃないですか!どうしてカタチにこだわったんですか?配信だけじゃダメなんですか?」
「年内に処分してください!さもなくば、強制撤去します!!」
頭の中で、あの女性が仕分けしています。
DJをしているので多少CDを使用する機会はありますが、ほとんどの人はもうCDに触れずに生活するようになっているでしょう。そうは言っても、完成までの道のりを思えば、簡単に捨てるなんてできません。例えば、数を決めて残しておくのはどうだろうか。いや、この際全部捨ててしまうべきか。脳内蓮舫の声が聞こえてきます。断捨離できるかどうかは、彼女にかかっているかもしれません。
2017年11月17日
第726回「抑えきれない欲望」
「ブラック・フライデー」をご存知でしょうか。「ブラック・マンデー」なら、世界恐慌として学校で習いましたが、フライデーの方はまだ日本では馴染みがないかもしれません。ブラックな金曜日。「13日の金曜日」のせいもあって、どこか不吉な印象を抱いてしまうかもしれませんが、全くそうではありません。むしろ世の中に潤いを与える催し。
米国の感謝祭は11月の第四木曜日。その翌日の金曜日を指すのですが、小売店が黒字になることからこう呼ばれるようになりました。この「ブラック・フライデー」のタイミングで、一斉にセールが開催され、オープンと同時に大量の客が押し寄せるという現象が各地で見られるのです。実店舗はもちろん、ネット上においても。外資系の企業などは、日本でも開催しているケースもあります。
セールといえば、最近では中国における「独身の日」を記念した爆買いセールがありました。3分間で1700億円。驚異的な売り上げを記録したことが日本でも報じられました。一方、日本では、ハロウィンやクリスマス商戦など飾りつけやイルミネーションはするものの、とてつもない値下げというのはあまり見かけない気がします。ブラック・フライデー、略して「黒金」は、とにかく値下げの幅が半端じゃありません。ネット販売においても、えげつないほどの値下げが実施され、「嘘でしょ?」と目を疑ってしまいます。
僕自身、相変わらず音関連の商品を購入するのですが(曲ではありません)、半額はもちろん、80パーセントオフなどが普通に乱発されています。パソコンの前で待機こそしていないものの、いざ始まると、見ているだけで楽しく、かつてクリスマスにおもちゃ屋さんのチラシを見ていたようなワクワク感を味わえます。あの頃は親にお願いしないと手に入らなかったけれど、それなりの経済力を身につけてしまった今、欲求を抑えきれず、居ても立ってもいられなくなって、ついプチ爆買いしてしまうのです。それらが役に立っているかどうかはわかりませんが、良くも悪くも、ストレス発散の場になっているのはきっと僕だけではないでしょう。
このようなセールがネット上でも度々開催されるのですが、やはり米国における爆発力は黒金が一番でしょう。ちなみに、ブラック・フライデーとセットで繰り広げられるのが「サイバー・マンデー」。主にオンライン上の商戦。こういったものを含めると、年間を通して半分近くは何らかのセールが行われている印象です。
だから、セールの恩恵は受けるものの、逆の現象もあるので気をつけなければなりません。というのも、そろそろ大きなセールが始まる時期だとわかっていれば大丈夫なのですが、何も知らずに呑気に定価で購入してしまうと、昨日数万円で購入したものが翌日10分の1の値段で販売しているなんてことも。何の前触れもないから、これがまた心臓に良くない。最悪、ショック死してしまうほどの衝撃を受けるのです。だから、セール前はしばらく忍耐の期間となります。
ワンクリックで買えてしまう消費社会。セールの爆発力は、ストレス発散のエネルギーの裏返しかもしれません。世界中で、ストレスが溜まっているのですね。そろそろ別の発散法を見つけたいところです。
2017年11月10日
第725回「太陽はミラーボール」
絶好のドライブ日和。今日はラングラーで向かうと決めていました。3連休の中日ということで、激しい渋滞にはまることもなく中央道を走り抜けて行きます。
山梨の観光大使に任命されてからだいぶ経ちますが、もともとはクラブイベントがきっかけでした。イベントの翌日、DJメンバーで温泉に入ったり、ほうとうや馬刺しを食べたり。それからたびたび訪れては、美しい山々や川の景色に魅了され、すっかり虜になってしまったのです。
「大丈夫、なんとなくわかるから」
今回のイベント会場は、塩山という町にありました。これまで山梨中をくまなく探索していたので、ほとんど地図を見ずにたどり着けそうです。勝沼インターを降りて、フルーツラインを走っていけば、ぶどうなどの直売所が点在し、甲府盆地を見下ろすパノラマが広がり始めます。山が深くなってくると、ちらほら紅葉が見られます。大菩薩峠を目前に、国道から一本入ったところに、その場所はありました。神金村という小さな村。
フェスというよりも、小学校の運動会のような雰囲気。バンドの音が鳴り響いているものの、それがなかったら静寂が漂っている場所。確かに、「ここにしかない」フェスです。
「もしかして、温泉?」
案内された控え室になっている場所は、クアハウスという日帰り温泉施設。これは困りました。
「どうぞゆっくりしてってください」
施設の方はそういってくださいますが、今日はこの後東京で収録。入りたい気持ちは山々なのに、出番が終了したらすぐに帰らなければなりません。「入浴」できない代わりに「ニューヨーク」の曲でスタートしたDJタイムは、焼きそばの香りを運ぶ風と、太陽という世界最大のミラーボール、そしてたくさんのロケットマンタオルのおかげで、最高に気持ちのいい時間を過ごすことができました。
「ダメだ!我慢できない!!」
DJで汗ばんだ身体。このままお湯に浸からずに帰るというのか。僕は、控え室に戻ることなく、脱衣所に向かいました。
「うわぁ、最高だ!」
貸切状態の露天風呂に飛び込むと、トロトロとろけるお湯に包まれました。とても柔らかな、極上の温泉。もはや、一泊したい気分でした。
「胃腸にいいのでぜひ飲んでみてください」
正真正銘の源泉掛け流し。ペーハーの高い温泉が、体の中を通って行きます。
「今度はゆっくり浸かりに来ます!」
体から硫黄の香りがしています。ポカポカしたまま、東京に向かう午後。ますます、山梨が好きになりました。
2017年11月02日
第724回「ラングラーが届くまで4」
「いた…」
一気にテンションが上がりました。太陽に照れされたラングラー。頭に描いていたアンヴィル・グレーがそこにありました。
「今から降ろしますんで」
大きなトレーラーの荷台がゆっくりと動き出しました。遂にやって来た。遠路はるばるやって来ました。あのラングラーが、今、目の前にいる。憧れのスターが地元にやって来たような感覚。斜めになったラングラーにレンズを向けずにはいられません。
「では、ここにサインをお願いします」
やはり、何歳になっても納車はなんともいえない高揚感があります。しかも、試乗も見学もしていなかったから余計に高まります。
「長旅ご苦労様、きっと疲れているでしょう」
大きなトレーラーがいなくなると、鍵を握った僕は恐る恐るジープに乗り込みました。太陽に温められた車内。エンジンをかけると、休めてあげたいところですが、ちょっと出かけたくなってしまいました。
「うわ、やばい!ジープだ!ジープの目線だ!」
アスファルトの上を走り出しました。いつもと違う目線、匂い。ジープからの景色は格別でした。フロントガラスの角度が独特で、垂直に近く、長方形の枠がジープらしさを感じさせてくれます。窓やオーディオの操作もよくわからないまま、高速道路へと吸い込まれていきます。
「ひとつ言っていいですか、これ最高なんですけど!」
やろうと思えば屋根を取り払うこともできるのですが、そんなことをしたら人格まで変わってしまいそうです。車を離れる際には何度も振り返り、コーヒーを片手にまたうっとりしてしまう、パーキングでのひととき。ラングラーの凛々しい姿。シルエットが本当に美しい。この存在感は、単に奇抜なわけではなく、伝統と歴史の重みからくるものでしょう。正面の表情もいいですが、やはり横顔が一番好きです。
新車のような革の香りに、コーヒの香りがブレンドされて、このまま海へと向かいたくなってしまう暖かな午後。遠出は今度のお楽しみにしました。
1年半も恋い焦がれていた相手との最初のデートは1時間ほどのドライブ。もはや、不安や後悔なんて微塵もありません。守りに入らなくってよかった。買ってよかった。この高揚感は、きっと人生に必要なもの。そうして、ジープは家の車庫におかれました。
「わぁ、すっかりなおってる!」
下町の工場で一週間ぶりの再会。強力なボンドのおかげか、綺麗に修理されていました。
「保証は一年だけど、今まで剥がれちゃったって人、いないから安心してね」
確かに剥がれる気配がありません。ただ、まだ乾いていないってことはないでしょうが、退院したばかりなので、屋根は開けずに帰宅しました。
「え?ここどこ?」
「今日から君はここで寝てもらうよ」
「え、どうしてよ。おかしくない?あの子がこっちじゃないの?ねぇ、おかしいでしょ!」
その日からビートルは、家から少し離れた駐車場で眠るようになりました。実際、使用頻度はビートルが高いわけですが、しばらくはそばに置いておきたいのです。眺めているだけでも幸せなのです。ジープを肴にお酒を飲みたいくらい。さて、これからどこに連れて行ってくれるのか、非常に楽しみです。