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2017年06月22日

第709回「僕らのスタンダード・ナンバー」

 僕がこのメロディーと出会ったのはちょうど30年ほど前。当時通っていた学習塾の始業チャイムがこの音だったのです。カジュアルな塾だったので、この音を耳にすると緊張感が蘇るのではなく、楽しかったあの頃というノスタルジーが刺激されていたのですが、その後、別のイメージに上書きされました。    近所のコンビニに行く際に同じ音を耳にしてからというもの、ノスタルジーは徐々に薄まり、どうやら近所だけではなくほぼ全国の店舗で響いていることを知るようになった頃には、完全に「ファミリー・マートの音」になってしまいました。いまや日本人のほとんどが、「ファミリー・マート」をイメージするのではないでしょうか。  すっかり「ファミマの音」として定着したこのメロディーは、ファミリー・マートのオリジナルではなく、企業が作成したメロディーサイン。たまたま全国のファミリー・マートで使用されるようになったので、コンビニ以外の場所で耳にした方も多いかと思います。ロケットマンショーでも時折鳴らしていましたし、誰でも取り付けられるので、自宅でファミマ気分を味わうこともできます。  玄関の呼び出し音は基本「ピンポン」ですが、お客さんの入店を知らせる音としては違和感があるのかもしれません。たまに、「ピロリロピロリロ」というようなタイプもありますが、「ファミマの音」はもう少しメロディアス。おそらく有名な作曲家の方に依頼したわけではなさそうですが、これほど日常で耳にしていると、体内に刷り込まれてしまいました。  お風呂が沸いた時の「人形の夢と目覚め」だったり、電話の保留音の「愛の挨拶」だったり、日常には様々なメロディーが溢れている中で、この、誰が作ったのかわからない電子音は、もはや、僕らのスタンダード・ナンバーになりました。みんなで口ずさめる歌がないと言われる昨今、この入店音はカラオケでこそ歌わないものの、世代を超えて親しまれている曲。(中には嫌悪感を抱く者もいるでしょうが)そう考えると、作った方は、大作曲家と言ってもいいかもしれません。 「それにつけてもおやつはカール」「パンにはやっぱりネオソフト」。CMソングのように、いわゆるJ-POPではなく親しまれているメロディーは数多あります。そうなると、かつて「伊東に行くならハ・ト・ヤ」に目をつけた私が、着手するのも必然でしょう。  実際、ネットを検索すれば色々と出てくるのですが、遅まきながら、自分もいじってみたくなりました。そしたら、まぁ面白いこと。あの無機質な電子音に叙情的なコードをつけたり、リズムを足したり。妙に切なくなったり。背景だけを変えて別の世界に誘う。これ、大好物。きらクラ!のBGM選手権にも通ずるものがありますが、こんな楽しい遊びはありません。  かつて、「らくごのご」という番組がありました。お客さんからいただいたお題3つを織り交ぜて落語をしなくてはならない。まさに、臨場感を大切にする、鶴瓶師匠らしい企画。最近では、ラップのフリー・スタイルでもそのような楽しみ方がありますが、DJだったらどうでしょう。あの素材を生かして、どのように調理するのか。今は一人で組曲的に作成していますが、いろいろなDJで一枚のコンピレーション・アルバムというのもくだらなくていいです。それこそ、フェスも。いろんなアーティストが出演して、どこかであのフレーズを使用しなくてはならないなんて、なかなかの臨場感。あぁ、思いついてしまった。あぁ、浮かんでしまった。どこまで形になるかわかりませんが、しばらくは一人で、飽きるまでやってみたいと思います。

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2017年06月16日

第708回「頻度マイスター7」

「実は私も、頻度を変えたものがあるんです」 インタビュアーの恭子が思い出したように言った。 「半年くらい前に、シャンプーの頻度を変えたんです」 「シャンプーの頻度を?」 洋平は、恭子の髪を見た。 「はい。それまでは毎日だったんですけど、シャンプーを使うのは週に一回に して、それ以外はお湯だけで洗うことにしたんです」 「お湯だけ?」 「そうなんです。シャンプーをするとさっぱりして、サラサラにはなるんですけど、果たしてそれって、本当に髪にとっていいことなのかなって思い始めて。気持ちはいいけど、髪は傷めているのかもしれないなって。それに、頭皮から吸収していくから、大げさですけど、毎日シャンプーを飲んでいるのと同じかなと思って」 「へー、なるほど」 言われてみると、恭子の髪は黒々として、強いツヤを感じる。 「で、どうでした?」 「最初は少しごわつくし、匂いとか心配だったんですけど、だんだん体が順応してきて」 「新しいリズムができたんですね」 「はい。今では、もうシャンプーやめていいかなって思っているくらいです!」 「そうですか、どおりで素敵な色だと思ったんです」 そう言うと、恭子は嬉しそうに笑った。 「色といえば、素敵ですね」 恭子は、洋平のネクタイを見た。 「あ、これですか?いただいたものなんです」 「もしよかったら、これお使いください。」 「なんですか、これ?」 「すでにお持ちかもしれませんが」 洋平は、袋から赤いネクタイを取り出した。 「ネクタイ?」 「えぇ、これを週に一度つけてみてください。」 「週に、一度…」 「はい、新しいリズムのために」 洋平は、真っ赤なネクタイを見ていた。 「それで騙されたと思って着けてみたんです。週に一回赤いネクタイを。そしたら、日常の中にアクセントができたというか、そこからリズムができたんです。メリハリと言うのでしょうか。もしかしたら、僕にとって赤いネクタイは、シンバルなのかもしれません」  恭子は、ドラムの話を思い出した。 「極端に言うと、赤いネクタイをすることで、日常というメロディーが聞こえ始めたんです。」 洋平は照れ臭そうに答えた。 「なるほど、それで皆さん、洋平さんを推薦したんですね。」 「僕を、ですか?」 「はい、この会社で最近輝いている人を尋ねたら、みなさん、洋平さんを挙げたんです。きっと、その日常のメロディーが周囲に響いていたんですね」 「そうだったんですか…」 「では、このサイトの読者に向けて何かメッセージをいただけますでしょうか?」 「メッセージか…」 洋平はしばらく考えると、口を開いた。 「Have a nice rhythm!」 「あ、いいですね。ぜひ採用させていただきます。」 恭子は、その言葉をメモすると、ボイスレコーダーをカバンにしまった。 「ただし、いつまでも同じリズムじゃ飽きてしまいます。時には違うリズムを楽しむのもいいでしょう。と言っても、いくら同じリズムで行こうとしても、人生は、必ずリズムが変わります。リズムが変わるから楽しいのです。だから、変化を恐れないように。それと、楽譜には休符もあります。隙間のない音楽は聴いていて辛くなります。いろいろなリズムを楽しんでください。そして、自分のリズムを人に押し付けてはいけません。人それぞれにリズムがありますから。洋平さん、Have a nice rhythm!」  そう言って、男は笑った。それから、男が洋平の前に姿を表すことはなかったが、生あたたかい風が吹くと、彼のことを思い出した。 (頻度マイスター おわり)

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2017年06月09日

第707回「頻度マイスター6」

「ライフイズミュージック?」 インタビュアーがその言葉を書き留めた。 「ライフイズミュージック?」 小仲はそう言って、煙草に火をつけた。 「頻度がリズムで、人生が音楽なのはわかったけど、実際どうしたらいいわけ?」 「いまの頻度を見直すんだよ。例えば、飲みに行くのだって、なんとなくじゃなくて、週に一回とか、月に一回とか、頻度を見直すだけで、人生は豊かになるんだって。ほら、これだって、見直してもいいんじゃない?」  洋平は、吸殻が積まれた灰皿を指差した。 「余談ですけど、私は以前ヘビー・スモーカーだったのですが、今はほとんど吸いません。というのも、毎日吸っている本数を数えてみたら、それだけで減ったのです。意識するだけでみるみるうちに。つまり、タバコを無意識に吸っていた。それから、タバコは食後のみと決めたら、その一本の美味しいこと。なんとなく吸うことも悪くはないですが、リズムに組み込んだ一服は、格別なものになりました。少し大げさに聞こえるかもしれませんが…」 男は、少し間を置いてから、話を続けた。 「これから先、この国は衰退していきます。少子化、高齢化。政府が何を言ったって、何をしたって、もう、無駄なのです。ただ、衰退して行くことは悪いことではありません。長い歴史の中で、どの国も経験してきました。いけないのは、まるで成長しているかのように、国民を騙すこと。現実を受け入れないこと。我々は、衰退を楽しむべきなのです。」 「衰退を、楽しむ?」 「そう、享受する。そのために必要なのは、頻度を見直すことなのです。これ以上、経済的な豊かさを見込めることはできません。そもそも、経済的な豊かさが、人生の豊かさとは限りません。全く別の尺度。我々は、仕事の音が多すぎたのです。これからは、今までと違うリズムにするべきなのです。頻度を変えて、各々のリズムを奏でる時代。他の人のリズムに合わせる必要はありません。人の数だけ、リズムがある。我々は、奴隷に比べれば、どれだけ裕福なことでしょう。奴隷達の悲しみさえも、リズムが支え、素晴らしい音楽に変えたのです。リズムがあれば、どんな状況だって、素晴らしい音楽を奏でられる。たとえ世界がどうなろうと。それが、本当の豊かさなのです」  洋平は、音楽教室でのドラムのことを思い出していた。 「そう言えば、これを渡されたんだよ。」 洋平は、おもむろにカバンの中から紙袋を取り出した。 「なにそれ?」 洋平は袋の中を小仲に見せた。

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2017年06月02日

第706回「頻度マイスター5」

「頻度の美学かぁ…」
洋平は、小仲に音楽教室でのことを話した。
「確かに、ドラムはバンドの要かもしれないけど…。で、なんだったの?洋平にとってのキックって?」
小仲は洋平に訊いた。
「それを考えていたんだけどさ…」
小仲は、洋平の話にようやく興味を持ち始めたようだった。

「洋平さんは、ジャズって聴かれますか?」
 男は、ブランコから降りると洋平の隣に腰掛けた。
「ジャズ、ですか?あまり聴かないですけど…」
「ジャズは、ニュー・オリンズが発祥の地と言われ、アメリカ南部の都市を中心に派生した音楽形式ですが、そこには、黒人たちのリズムがあったのです」
「黒人の、リズム?」
「そうです。アフリカから奴隷として船で運ばれていた彼らは、輸送中も狭い部屋に押し込められ、人間として扱われなかった。全く自由がなかった。そんな身動きの取れない状況の中で唯一与えられた自由は、リズムをとることだった。」
洋平は、男の話に耳を傾けた。
「しかし、海を渡ったところで、彼らを待っていたものは、相変わらず自由のない世界。言語や宗教までも剥奪された。そんな状況下でも、彼らはリズムを忘れなかった。どんなことがあっても、アフリカのリズムを手放さなかった。ときに歌い、ときに踊り。過酷な状況に対する思いを乗せることで、リズムが心を解放してくれた。やがて、それらは西洋の文化と出会うことになる。アフリカの広大な自然で生まれたリズムは、海を越えて、奴隷制度という非人道的なシステムさえもメロディーに変え、音楽になってゆく。ジャズやゴスペル、ブルース、R&B。彼らの、手放さなかったリズムが、今日も我々の耳に届き、心を揺さぶるのは、当然でしょう」
洋平は、言葉が見つからずにいた。
「洋平さん、俳句はやらないですよね?」
「俳句ですか?」
「日本の俳句も、5・7・5のリズムがありますよね。同じ言葉でも、リズムに乗ると、より伝わりやすくなります。それは時に、時代さえも超えてしまうのです。それくらい、リズムには力があるんです。安心してください、我々は、なにもしなくても、リズムに乗っているのですから」
「なにもしなくても?」
「そうです、胸に手を当ててみてください。」
そう言われて、洋平は、手を胸にやった。

「あ、もしかして、、、心臓?」
小仲が目を丸くした。
「そう!知ってた?人間の心拍数って80〜100くらいだけど、生き物によって全然違うんだって。」
洋平は得意げに話した。

「そうです、心臓こそ、リズムを刻んでいるのです。脈拍や鼓動もリズム。我々は無意識に、リズムに乗って生活しているのです。人間は大体80〜100といいますが、ネズミの中には1200という、ものすごい心拍数の種類もいるそうです。象はおよそ30位と言われていますが、体が大きいから、一回打つのに時間がかかってしまうのでしょう。潮の満ち干きも心拍数と捉えたら、地球は一日に2回リズムを刻んでいるということになりますね。」
男は続けた。
「我々人間は、心拍数というリズムの上で、人生というメロディーを奏でている。いわば、ライフ・イズ・ミュージックなのです!」
「ライフ・イズ・ミュージック?」
「そう、ライフ・イズ・ミュージック!」
男は、洋平の顔をじっと見つめた。

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