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2017年06月02日
第706回「頻度マイスター5」
「頻度の美学かぁ…」
洋平は、小仲に音楽教室でのことを話した。
「確かに、ドラムはバンドの要かもしれないけど…。で、なんだったの?洋平にとってのキックって?」
小仲は洋平に訊いた。
「それを考えていたんだけどさ…」
小仲は、洋平の話にようやく興味を持ち始めたようだった。
「洋平さんは、ジャズって聴かれますか?」
男は、ブランコから降りると洋平の隣に腰掛けた。
「ジャズ、ですか?あまり聴かないですけど…」
「ジャズは、ニュー・オリンズが発祥の地と言われ、アメリカ南部の都市を中心に派生した音楽形式ですが、そこには、黒人たちのリズムがあったのです」
「黒人の、リズム?」
「そうです。アフリカから奴隷として船で運ばれていた彼らは、輸送中も狭い部屋に押し込められ、人間として扱われなかった。全く自由がなかった。そんな身動きの取れない状況の中で唯一与えられた自由は、リズムをとることだった。」
洋平は、男の話に耳を傾けた。
「しかし、海を渡ったところで、彼らを待っていたものは、相変わらず自由のない世界。言語や宗教までも剥奪された。そんな状況下でも、彼らはリズムを忘れなかった。どんなことがあっても、アフリカのリズムを手放さなかった。ときに歌い、ときに踊り。過酷な状況に対する思いを乗せることで、リズムが心を解放してくれた。やがて、それらは西洋の文化と出会うことになる。アフリカの広大な自然で生まれたリズムは、海を越えて、奴隷制度という非人道的なシステムさえもメロディーに変え、音楽になってゆく。ジャズやゴスペル、ブルース、R&B。彼らの、手放さなかったリズムが、今日も我々の耳に届き、心を揺さぶるのは、当然でしょう」
洋平は、言葉が見つからずにいた。
「洋平さん、俳句はやらないですよね?」
「俳句ですか?」
「日本の俳句も、5・7・5のリズムがありますよね。同じ言葉でも、リズムに乗ると、より伝わりやすくなります。それは時に、時代さえも超えてしまうのです。それくらい、リズムには力があるんです。安心してください、我々は、なにもしなくても、リズムに乗っているのですから」
「なにもしなくても?」
「そうです、胸に手を当ててみてください。」
そう言われて、洋平は、手を胸にやった。
「あ、もしかして、、、心臓?」
小仲が目を丸くした。
「そう!知ってた?人間の心拍数って80〜100くらいだけど、生き物によって全然違うんだって。」
洋平は得意げに話した。
「そうです、心臓こそ、リズムを刻んでいるのです。脈拍や鼓動もリズム。我々は無意識に、リズムに乗って生活しているのです。人間は大体80〜100といいますが、ネズミの中には1200という、ものすごい心拍数の種類もいるそうです。象はおよそ30位と言われていますが、体が大きいから、一回打つのに時間がかかってしまうのでしょう。潮の満ち干きも心拍数と捉えたら、地球は一日に2回リズムを刻んでいるということになりますね。」
男は続けた。
「我々人間は、心拍数というリズムの上で、人生というメロディーを奏でている。いわば、ライフ・イズ・ミュージックなのです!」
「ライフ・イズ・ミュージック?」
「そう、ライフ・イズ・ミュージック!」
男は、洋平の顔をじっと見つめた。
2017年06月02日 13:24
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