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2017年06月16日

第708回「頻度マイスター7」

「実は私も、頻度を変えたものがあるんです」 インタビュアーの恭子が思い出したように言った。 「半年くらい前に、シャンプーの頻度を変えたんです」 「シャンプーの頻度を?」 洋平は、恭子の髪を見た。 「はい。それまでは毎日だったんですけど、シャンプーを使うのは週に一回に して、それ以外はお湯だけで洗うことにしたんです」 「お湯だけ?」 「そうなんです。シャンプーをするとさっぱりして、サラサラにはなるんですけど、果たしてそれって、本当に髪にとっていいことなのかなって思い始めて。気持ちはいいけど、髪は傷めているのかもしれないなって。それに、頭皮から吸収していくから、大げさですけど、毎日シャンプーを飲んでいるのと同じかなと思って」 「へー、なるほど」 言われてみると、恭子の髪は黒々として、強いツヤを感じる。 「で、どうでした?」 「最初は少しごわつくし、匂いとか心配だったんですけど、だんだん体が順応してきて」 「新しいリズムができたんですね」 「はい。今では、もうシャンプーやめていいかなって思っているくらいです!」 「そうですか、どおりで素敵な色だと思ったんです」 そう言うと、恭子は嬉しそうに笑った。 「色といえば、素敵ですね」 恭子は、洋平のネクタイを見た。 「あ、これですか?いただいたものなんです」 「もしよかったら、これお使いください。」 「なんですか、これ?」 「すでにお持ちかもしれませんが」 洋平は、袋から赤いネクタイを取り出した。 「ネクタイ?」 「えぇ、これを週に一度つけてみてください。」 「週に、一度…」 「はい、新しいリズムのために」 洋平は、真っ赤なネクタイを見ていた。 「それで騙されたと思って着けてみたんです。週に一回赤いネクタイを。そしたら、日常の中にアクセントができたというか、そこからリズムができたんです。メリハリと言うのでしょうか。もしかしたら、僕にとって赤いネクタイは、シンバルなのかもしれません」  恭子は、ドラムの話を思い出した。 「極端に言うと、赤いネクタイをすることで、日常というメロディーが聞こえ始めたんです。」 洋平は照れ臭そうに答えた。 「なるほど、それで皆さん、洋平さんを推薦したんですね。」 「僕を、ですか?」 「はい、この会社で最近輝いている人を尋ねたら、みなさん、洋平さんを挙げたんです。きっと、その日常のメロディーが周囲に響いていたんですね」 「そうだったんですか…」 「では、このサイトの読者に向けて何かメッセージをいただけますでしょうか?」 「メッセージか…」 洋平はしばらく考えると、口を開いた。 「Have a nice rhythm!」 「あ、いいですね。ぜひ採用させていただきます。」 恭子は、その言葉をメモすると、ボイスレコーダーをカバンにしまった。 「ただし、いつまでも同じリズムじゃ飽きてしまいます。時には違うリズムを楽しむのもいいでしょう。と言っても、いくら同じリズムで行こうとしても、人生は、必ずリズムが変わります。リズムが変わるから楽しいのです。だから、変化を恐れないように。それと、楽譜には休符もあります。隙間のない音楽は聴いていて辛くなります。いろいろなリズムを楽しんでください。そして、自分のリズムを人に押し付けてはいけません。人それぞれにリズムがありますから。洋平さん、Have a nice rhythm!」  そう言って、男は笑った。それから、男が洋平の前に姿を表すことはなかったが、生あたたかい風が吹くと、彼のことを思い出した。 (頻度マイスター おわり)

2017年06月16日 13:27

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