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2015年01月18日

第599回「きらきら星はどこで輝く 第5話フーマンの日曜日」

 風とマシュマロの国、海辺にたたずむ一軒の家で、ひとりの羊飼いが羊たちと暮らしていました。彼は、仕事がひと段落するといつも、ピアノを弾いていました。牧草地帯に置かれたピアノ。羊たちも聴いているのでしょうか。誰の耳に届くわけでもなく、ただ草原を抜け、海へと消えてゆく音たち。でも、日曜日は違いました。

 グランドピアノの屋根が開くと、羊たちはまわりに集まってきます。遠くで草を食んでいる羊たちも、開いた屋根からこぼれおちてくる音たちが耳のなかにはいってくると、食事をいったん中断して、グランドピアノのほうに顔を向けます。

「次は、ドビュッシーの曲を弾くよ」

 ピアノのまわりにはたくさんの羊たちが寝そべっています。まるで、雲の上で弾いているよう。のどかな日曜の午後。ピアノの調べが羊たちの上を跳ねるように通過して、海へと消えていきます。ときおりまざる、調子のずれた音。羊たちもうとうとしはじめました。

「そろそろ調律しないとだめかな…」

 彼は、人前でピアノを弾くことはありません。万が一お願いされても、すべて断っていました。

 何曲ぐらい弾いたでしょうか。彼は、羊たちの大好きなごはんを用意しました。羊たちは、いつも牧草地帯の草を食べていますが、サイロで熟成させ、油を少し塗ったこの草が大好きなのです。ふわふわの羊毛から四本の肢が一斉に飛び出すと、ピアノを担ぐおみこしのように、羊たちがひしめきあいます。もしかすると羊たちは、音色よりもこのごはんが目的なのかもしれません。

 そんなある日、彼が家をでると、信じられない光景が広がっていました。

「なんてことだ…」

 草原の上に置かれたピアノがありません。いったいどうしたことでしょう。あの大きなピアノが、いつもの場所にない。彼は、あたりを散策しました。しかし、黒い色の羊は見かけるものの、どこにもピアノはありません。

「いったい、誰が…」

 調子のずれたピアノをだれが持って行ってしまうのか。あんなに重たいもの、よほどの人数じゃないと持ち運べないだろうに。彼は、ショックで家からでなくなりました。

 海の向こうから音がきこえてきます。すると、ピアノが、海へと流されていきます。大きくて重たいピアノ、ぷかぷかと、遠くへ流されていき、やがて見えなくなってしまいました。

「だれだろう…?」

 ノックの音で目が覚めました。家の前の道に、一台の車が停まっています。扉を開けると、背の高い男が立っています。

「ちょっと、見ていただきたいものがあるのですが…」

背の高い男の車に乗せられ、やってきたのは、村の集落の中心にある、教会の前。

「あれは、あなたのものではありませんか?」

背の高い男の指した先に、一台のグランドピアノがありました。

「わたしの、ピアノ…?」

 彼は、教会の前に置かれたグランドピアノを見て目を丸くしました。どうも見覚えのあるピアノ。脚のところに、羊たちたちのかじった跡もあります。

「どうしてこんなところに…」

「やはりあなたのピアノですね?こんなところに置かれては困りますよ」

「いや、でも、どうして…」

いったいだれがこんなことをしたのでしょう。ひとりで運ぶことなんて到底できません。

「せっかくだから、なにか弾いてくれないかしら」

そばで見ていた婦人が言いました。

「そんな、人前で弾くほどのものでは…」

 彼は断りましたが、たくさんの見物人がいたので、弾かずに去るわけにもいきません。困った表情をしながら蓋をあけると、やさしい指が鍵盤の上にのりました。


「どうもありがとうございました!」

大きな車の荷台からグランドピアノが運ばれると、いつもの位置に置かれました。

「それにしても、いったい、だれが…」

「羊たちが、運んだのですかね」

「まさか、そんなわけ…」

羊たちはいつものように草を食んでいます。海辺の家に、夕日が差し込んでいました。

 それから、またピアノの音色が聞こえるようになりました。もちろん日曜日は、羊たちに囲まれて。何曲か演奏すると彼は、羊たちの大好きなごはんをやりました。


2015年01月18日 19:43

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