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2012年11月25日
第511回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」
最終話 colors of iceland
「一人なんですけど…」
ホプンの港から車で20分ほどのホテル。ここからなら、明日レイキャヴィクに戻るのにもちょうどよさそうです。強い風に揺れる旗の音。予報だと明日は雨とのことですが、いまは星空が広がっています。もし遭遇するなら今夜でしょう。
「こんなに寒いのだから…」
夜が深まるにつれ、かなり冷え込んできているから今日は条件も整ったのではと期待を寄せていたのだけれど、そう簡単には会わせてもらえません。やはりあまり意識しすぎると、オーロラは現れないものなのでしょう。
「あれ?あなた、どこかで見たことあるわ…」
翌朝、食事の前に荷物を車に運んでいるときでした。近くを通った女性が掛けてきた声は、久しぶりに耳にするなじみの言葉。
「そうよね、この人、そうよね…」
かつて、最終日のホテルで見かけたことはありましたが、旅の途中で遭遇することはありませんでした。彼女は、「芸能人」がいることを仲間に知らせると、増殖するように婦人たちが集い、あっというまに朝食会場は日本のホテルと化しました。
「わたし、あなたの本買ったわよ」
日本からチャーター便で来たそうで、ほとんどが女性のなかで、ご夫婦、そしていかにも添乗員らしき人がうろうろしています。
「オーロラは見られましたか?」
「それがまだ見てないのよ」
「過度な期待を抱くと現れないものなんです。あくまで無意識でいないと」
過度な期待を抱いているのは僕でした。
「降ってきそうだ…」
今日はレイキャヴィクに戻る日。リングロードの南側をひたすら走ります。空を覆う灰色の雲。以前、逆向きで通ったこの道には、山からせせりでてきた巨大な氷河の舌や、浮氷が堆積しているヨークサロン湖が見られます。マシュマロ越しの氷河の写真は拡大して部屋に飾りたくなります。
「あれ?」
ヨークサロン湖で、堆積した浮氷にレンズを向けているときでした。さっきからカモがぷかぷかと浮かんでいるのかと思ったら、どうも違うようです。近づいてみると、浮かんでいるのはひょっこり顔を出したアザラシ。地図では何度も見ていますが、実際にアザラシに遭遇したのは初めてのこと。それに気づくと、彼らは水の中に潜ってしまいました。
「やっぱりアザラシいるのか…」
ヨークサロン湖をあとにして、牧草地帯を分けるように伸びる道を走っていると、前方に珍しいものが見えてきました。マシュマロでも牛でも馬でもありません。そう、人間です。大きな荷物を足元に並べた女性。どうやらヒッチハイクをしているようです。
「どうする?」
「いいよいいよ、通過で」
「でも、たぶん、方向一緒だよ?」
「乗せたらきっと自由にならないよ」
「でも、このままレイキャヴィクに戻るよりは…」
彼女の体が大きくなってきます。このまま通過してしまおうか。頭をよぎる、雪山で助けてもらった記憶。僕は、ブレーキを踏みました。
「どこまでいきますか?」
窓越しに話しかけます。レイキャヴィクの手前の街に友人がいるそうで、そこに向かう途中ならどこでもいいとのこと。もはや断る理由はありません。
「荷物、積めます?」
そして僕は、金髪の女性と二人でリングロードを走ることになりました。
「わたしは、馬が好きなの」
いろんな国を旅して写真を撮っているようで、アイスランドもヒッチハイクで巡ってきたそうです。
「あの羊、あなたをみているわ」
彼女は馬を、僕は羊を、ときおり車を停めてはカメラにおさめていました。
「馬は、骨が特別だから、寝ながらでも立っていられるの。馬の向きを観れば、風向きもわかるわ」
そしてふたりは、大きな滝の前まで来ていました。
「わたしはここで見ているから」
濡れてしまうから彼女にカメラを渡すと、ひとりで滝の裏側にまわりました。まるで最初からふたりで旅をしていたかのようでした。それは彼女がヒッチハイクなれているからかもしれません。
「どうもありがとう!」
「じゃぁ、良い旅を!」
冷たい雨が降っていました。大きな荷物を背負った彼女は、雨の中に消えていきます。もしかすると彼女は、マシュマロの妖精だったのかもしれません。羊たちも車に乗りたかったのでしょう。一日増えたことで生まれた出会い。
「たくさん撮ったなぁ」
この中に、どれだけたくさんのマシュマロがはいっているのでしょう。レンズを着脱しながらの撮影は手間のかかるものではありましたが、遠くのマシュマロまで集めることができました。
「あれ…」
撮った覚えのない写真がでてきました。それは滝の裏側に回った自分の姿。マシュマロの妖精、マリアンヌの仕業です。
「やっぱり、来てよかった」
6度目のアイスランド、6度目のブルーラグーン。今日は雲に覆われて、天空の温泉のようです。一日多い今回の旅は、いつもと同じ色、いつもと違う色、さまざまなアイスランドの色を集めることができました。これでまたひとつ、羊飼いに近づいたようです。
2012年11月18日
第510回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」
第九話 なかには黒いマシュマロもいるんです
「載ってるかな…」
フーサヴィークに戻り、ホテルにチェックインした僕は、まずパソコンを開きました。ずっと頭から離れなかったもの。
「死んでしまう?」
調べてみると、羊は体が重たい割に肢が細いので、一度倒れてしまうと起き上がることが困難なばかりでなく、そのまま体内のガスがたまり、窒息死してしまうそうなのです。なので、そうならないように見張るのも羊飼いの役割で、僕は、一頭の羊を助けられたこと、羊飼いとしての役目を担えたことに嬉しくなりました。それにしても、あのときの感触がまだ両腕に残っています。
翌朝、フーサヴィークの空は灰色がかった雲に覆われています。いつもならレイキャヴィクに戻らなければならないのだけれど、今回は一日多いので、その必要もありません。
「今日、いけるところまでいって、一泊しよう」
僕はさらに時計回りに進むことにしました。距離を考えるとホプンあたりがよさそうです。まずは東端の街、エイイルススタジルを目指しました。
「同じ道は通れないか…」
昨日通った道はリングロードに戻りやすいのですが、やはり二の舞になるわけにはいきません。そして選んだもうひとつの道は、標高が低いからか雪に埋もれる心配はなさそうです。時折雲の切れ間から光が差し込んでくる朝のドライブ。雪の塊がマシュマロに見えてキョロキョロしてしまいます。そしてリングロードに着く頃、旅人の頭のなかには、ひとつの想いが芽生えていました。
「もういちど、飲みたい…」
それは、あの朝飲んだ、真っ白な牛乳。あの甘くてコクのある、きっと搾りたてのミルクの味。いま逃したら、もう次いつ飲めるのかわかりません。しかし、牛乳だけ飲ませてくれるだろうか。
「遅かったか…」
テラスの席に案内されると、朝食の時間を終える頃らしく、すっかり片付けられています。そして、なかば諦めた状態で辺りを見回すと、真っ白なものが目に飛び込んできました。
「いた!!」
大きなピッチャーにはいった牛乳が厨房の中でたたずんでいます。僕はすぐに片づけをしている女性に伝えると、好きなだけ飲んでという感じでテーブルに台の上に置いてくれました。
「うん、最高だ…」
透明なグラスに注がれたまっしろな牛乳は宝石のように輝いています。
甘い牛乳を飲み、苦いコーヒー飲み、これは7回目の旅もあるかもしれません。
「ありがとう!」
牛たちにお礼を言うと、再び東へと向かいました。
エイイルススタジルで昼食をとり、島のふちをなぞるように、くねくねとした入り江の道を走ります。東端の海沿いの道は、ほかの海沿いの道とはまた違った印象を受けるのですが、とくに今日は霧に覆われているので、とても幻想的。水面と空の境界線がわからないような光景。神秘的な光景に幾度となく遭遇します。それでもときおり小さな村が現れては、コーヒーで休憩をしていました。
「あんなところにも…」
いったいどこから来たのでしょう。ここから見ていると波にさらわれてしまいそうな場所で羊たちが草を食んでいます。
「おーい!」
レンズの着脱も慣れてきました。そんな風にマシュマロを集めながら走っていたから、ホプンに着く頃にはすっかりあたりも暗くなっています。マシュマロたちはどこかに帰るのでしょうか。暗くなると姿を消してしまいます。
「ここにしよう…」
窓側の席に座った僕の前には、頭でイメージしたものと同じ状態のエビが並んでいました。地元の人たちで賑わう港のレストラン。橙色の灯りが海に揺れていました。
2012年11月11日
第509回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」
第八話 すべては海が知っている
平坦な道が続いていました。大きな起伏はなく、緩やかな曲線を描く道は、海に近づいたり離れたり、会話をしているよう。ここは僕のとっておきの場所。おとぎ話の世界へと続く道。そして、時折現れるマシュマロたち。シャッターの音が空へと飛んでいきます。
「あれ…」
どうも様子がおかしいことに気が付きました。実は、これまでも何度か見たことのある光景。といっても、一度の旅行で一回あるかないか。僕は車を停めました。
「やっぱりそうだ…」
一頭の羊が仰向けになって、ひっくり返っていました。楽しんでいるのか、苦しんでいるのか。でも足の動かし方は、もがいているように見えます。たいてい群れか、親子でいるのに、一頭だけ離れて。
「どうしたんだろう…」
大きな体に小さくて細い肢。一度ひっくり返ってしまったら起き上がれないのでしょうか。助けてあげたいけれど、下手に近づいたらもっと怖がるだろう。しかし、声をあげる羊を前に、このまま立ち去ることもできません。
「起こせるかな…」
近づくと、肢をバタバタさせて声をあげます。どこか痛いところでもあるのだろうか。おそるおそる、体に触れてみました。やはり、起き上がりたいのかもしれない、そう解釈して僕は、抱えるように羊毛の下に両腕をすべりこませると、勢いをつけて転がすように、大きなマシュマロをひっくり返しました。
「いけるか?」
羊はどうにか起き上がると、肢をもつらせながらも、よろよろと歩きはじめます。徐々に態勢を取り戻すと、ゆっくり走りはじめました。
「だいじょうぶかな…」
手に残っている感触。思ったよりも重かったこと。やわらかくて、あたたかかったこと。そして羊毛のふわふわ。
「さぁ、もうすぐだ!」
静かな海辺の道。向かうはあのとき見た色褪せた家。そして遠くに、それらしき建物が見えてきました。2年ぶりの場所。あのときは撮りたくても撮れませんでした。これぞ、colors of
icelandに欠かせない色。
「よし、キミの出番だぞ!」
僕は助手席のカメラをさすりました。
「え…」
目を疑いました。
「うそだろ…」
2年ぶりにやってきた旅人を待っていたのは、信じられない光景でした。
「リ、リ、リ…」
驚愕の事実。
「リフォームしてる!!!!」
こんなことがあっていいのでしょうか。あのとてもいい雰囲気をだしていた赤褐色の屋根が、真っ青に塗られています。あんなに幻想的な色をしていた建物が、まさかのリフォーム中。周囲を足場のような鉄が囲っています。
「そういうこと、気にする!?」
旅人にとってはいい感じでも、住人にとってはそうとは限りません。この2年の間になにがあったのか。少なくとも住んでいる人がいることは証明されました。しかし、この場所で、リフォーム願望がわくとは、人間とは恐るべき生き物。これが最終段階の色なのかはわからないけど、屋根を鮮やかな青色に染められた海辺の家をカメラに収めました。
「こっちまで真っ青になったよ…」
観光名所でもなんでもないのだから、もちろん個人の自由。中の住民がipadをやっていようが、なにしていようが、文句は言えません。
「すごいことが起こるもんだ…」
まさかこんな現実が待っていたなんて。あのとき見た色は、もう僕の頭のなかにしか存在しない、そう思うと、それはそれで悪くないかというところで落ち着いた旅人を、遠くから羊たちが眺めていました。
2012年11月03日
第508回「colors of iceland〜アイスランド一人旅2012〜」
第七話 天空の羊飼い
フーサヴィークの上には透き通った青色が広がっていました。途中、生きた心地がしなかった分、余計に気持ちが高揚しているのか、ホエールウォッチングの街と紹介しながらも、船酔いが怖くていままで行かなかった僕の心が、乗ってみようかとほんの少し動くほど。それにしても、さっきまでの銀世界はどこにいったのでしょう。雪が見当たりません。あるとすれば遠くに見える山々の頂。この街もこれまで何度も訪れましたが、アークレイリと同様、お気に入りの場所のひとつ。今日はこの街に泊まることにしていました。
アイスランドの旗が空を泳いでいます。給油を終えた車は、さらに北東へと進んでいきます。今日は、目的があったのです。
「おぼえているかな…」
それは昨年おとずれた場所。突発的に走りたくなって、体が動かなくなって、いろいろとお世話になった人。羊飼いの気分を味わせてくれた場所。あの場所にもう一度訪れよう。あそこにいるたくさんのマシュマロたちをこのカメラに収めよう。あらためてお礼も言いたいし。空へと飛び立つように坂を上っていくと、一気に大海原が見渡せるようになりました。道路の両脇には牧草地帯が広がっています。とくに海側の緑は、空に浮かぶ牧草地帯のようで、マシュマロたちも一層ふんわりして見えます。
「いるかな…」
海沿いの道路に車が停まっています。見知らぬ人が歩いていくのを、たくさんの羊たちが、草を食むのをやめ、眺めています。
「こんにちは」
英語が通じないので、うまく説明できるだろうか。扉が開きました。
「一年前に、ここから車で送ってもらいまして…」
見ただけではわからなかったけれど、ジェスチャーを交えて説明すると、すぐに笑顔になりました。場所が場所だけに、家を訪ねてくる人もあまり多くはないでしょう。
「あのときは、犬がいましたが…」
すると中からふさふさの真っ黒な犬が勢いよく飛び出してきました。覚えてくれているのでしょうか。飛んでいきそうなくらい尻尾を振っています。
「ピラー、覚えているかい?」
そしてピラーのあとを追うように、羊たちの群れに向かって走っていきました。昨年は多少遠慮しながらでしたが、今回はかなり踏み込んで、この天空の羊飼いを満喫できそうです。
「ありがとうございました!」
1時間は羊たちと戯れていたでしょう。たくさんのマシュマロたちをカメラにおさめるられました。今日の目的はこれで果たせたのですが、まだ戻るには少し時間もあるし、この気持ちのいい空と海と、牧草地帯の輝きは、戻る気分にさせません。さらに海岸線を進み、チョルネース半島をぐるっと一周することにしました。
「あの色も撮らなくちゃ…」
僕は、colors
of icelandに欠かせない場所を思い出しました。
「こんなところに家があるのか…」
それは、現実とは思えないような、海辺の家。絵本のなかを見ているような感覚。しかしそのときは、カメラを持っていなかったのです。写真にこそしていないものの、頭の中で鮮明に残っているのは、カメラを持っていなかったからこそかもしれません。
「あの家を撮ろう。あのなんとも言えない色を、持って帰ろう」
あのとき目にした幻想的な風景を目指して、車は、海に近づいては離れる道を走っていきました。