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2006年02月26日
第209回「ライバル」
「どうしてお前はこんなに安く売られてるんだ?」
目の前に並べられた彼らを見て、そんな同情すら覚えました。
普段は料理をしない僕ですが、唯一やきそばだけは作ることができます。厳密にいうとフレンチトーストもできるのですが、これを料理というのも微妙なので、いわゆるごはん系のとなるとやきそばだけになります。とはいうものの、すでにカットされた野菜と、肉と、憶えていれば揚げ玉などを麺に混ぜて炒めるだけで、大した行程ではありません。男の料理が取り沙汰されている昨今、30過ぎてこれしかできないのも悲しいですが、10日に一度くらいのペースで作っているのです。彼の魅力に気付いたのは、そのやきそばを作るときでした。
「なんだこの脂の乗り具合いは、、、」
フライパンの上でほんのり焦げ目のついた彼がやけに美味しそうに見えました。じわじわと唾液があふれてくるのがわかりました。
「これはひょっとしてひょっとするかも、、、」
僕は塩を取り出し、彼にふりかけました。塩の粒が彼の肌に吸収されていきます。たまらず菜箸で彼をつかみ、まだ脂がはじいている状態のアツアツの彼を口の中にいれました。
「う、、、うまいっ!!」
衝撃的な出会いでした。本来やきそばにいれるはずの彼に、完全に心を奪われてしまいました。
「これをやきそばの脇役として扱うのはもったいない!」
結局ひとつもやきそばの中に入らなかったほど、僕を夢中にさせたのです。正直、彼のことなんてそんなに気にしていませんでした。決してメインではなく、なにかしらの脇役的なものとしてしか考えていませんでした。カルビやロースなどの華やかさもなく、焼肉屋さんで率先して頼む人もいません。そんなイメージを払拭するように、彼は僕の喉を通過していきました。この日から僕は、豚のバラ肉、豚バラを高く評価するようになったのです。
「なのにどうしてお前はこんなに安く売られているんだ、、、」
豚バラの薄切りはパックで3百円とか、他の肉類に比べ非常に安い値段で売られています。どういう基準なのかはわからないけど、とにかく日本では牛よりも豚のほうが安く、なかでも豚バラは更に安い肉として陳列されています。そんな、豚バラを過小評価する日本社会に、僕は憤りさえ感じ初めていました。
「みんな豚バラをバカにしすぎだ!豚バラこそ一番旨い肉なんだ!みんな塩をつけて食べたことがあるのか!あれこそ最高級の肉の味だ!もっと豚バラを評価しようじゃないか!」
豚バラにもしものことがあったらいつでも戦う準備はできていました。豚バラのために国会の周囲をデモ行進することだって辞さないのです。
「あら、ふかわくんじゃない?」
スーパーのお菓子コーナーで見知らぬ女性が声を掛けてきました。いわゆるマダムと言うのでしょうか、セレブと言うべきでしょうか、夕食の材料を買う奥さんとそのお母さんという感じの二人でした。
「やっぱり!ふかわくんだ!意外と背が高いのねぇ!」
「そうねぇ、高いわね」
奥さんの言うことに対しその都度、大奥様がのっかってきます。
「ほら、昔電波少年やってたでしょ?あの頃から応援してるのよ!」
「あ、ありがとうございます、、、」
テンションが完全にオフだったので、スムーズに言葉が出てきませんでした。
「あの頃さぁ、ほら、髪をうしろで結わいていたじゃない?こうやって。そのとき男前だなぁって思ったのよ!」
「してたはね!」
「なのに、あれなんで変えちゃったの?あの方がよかったわよ!」
「そうよね、よかったわね!」
僕は愛想笑いで精一杯でした。
「ていうかふかわくん男前なのよ!ほら、顔も端整だし、実物の方がよっぽどいいわ!」
「そうね、いいわね」
二人のマダムに絶賛されている様子を周囲に見られていないといいなと願いました。しかし二人はまだ言い足りないという感じでした。
「ふかわくんさぁ、普段テレビでは軽く売られているけど本当はそんなんじゃないでしょ?事務所に言って売り方変更するように言いなさい!たしかに便利なキャラだけどせっかく大学まででたのに、こんな軽く売られるのもったいないわよ!」
なんだか褒められてるんだか、けなされているんだかよくわからなくなりました。しかし、どこか説得力がありました。お茶の間の主婦はみんなこんな風に思っているのでしょうか。
「ふかわくん、役者に転向したほうが絶対いいわ!」
「そうね、いいわね!」
「ほら、コメディアン出身の役者さんて結構いるでしょ?」
「そうね、いるわね」
「とにかく応援してるから!頑張ってね!」
言うだけ言って、嵐のように去って行きました。僕はへたにウロウロしてまた遭遇するのがこわかったので、お菓子を買ってすぐに店をでることにしました。
「軽く売られてるかぁ、、、」
僕はさきほど購入した豚バラのパックを見つめました。
「俺はお前の魅力をわかってるからな、、、」
世の中で先に評価されるのは豚バラか、それとも僕か。どうやら僕にとって、豚バラがよきライバルになったようです。
さぁ、お待たせしました!いよいよ来週、200回記念企画発表です!
2006年02月19日
第208回「白い光」
「なんだ、あの光は?」
その光が僕に向けられていることに気付いたのは、それからしばらくしてからのことでした。
深夜3時すぎ。仕事を終えた僕は、交通量の少なくなった夜の目黒通りを走っていました。ちなみに、いつもこんなに遅いわけではなく、たいていは23時くらいに帰宅しています。前方に一台のタクシーが走っていました。普段は前を走る車なんて意識しないのですが、車内になにやら白い光のようなものが見えたので気にし始めたのです。シルエットの感じから、男性をひとり乗せているようでした。最初はライトがガラスに反射しているとか、そんなことだと思いました。しかし、どうも気になって車間距離を縮めてみると、その白い光の正体がわかったのです。
「ケータイだ、、、」
見知らぬ男がケータイのレンズをこちらに向け、撮影していました。それがわかった瞬間、体中に冷気のようなものが走りました。
「やばい!週刊誌かもしれない!ちょっと頭ふせて!」
助手席に座る女性にそう促すと、僕はアクセルを踏み込み一気にそのタクシーを追い抜こうとしました。
「だいじょうぶかしら?」
女性は体を丸めながら言いました。
「ったくいつからだよ!」
さらにアクセルを踏み込んだ僕は、蛇のように間をすり抜け、タクシーを追い抜いていきました。
「もうだいじょうぶだよ、ごめんね」
「撮られちゃったかしら、、、」
「でたらでたでしょうがないさ。それより君のほうが心配だよ。ノリにのってる女優さんが芸人と、、、なんてさ」
「私はかまわないわ。だって、真実なんだし、、、」
「ゆきえ、、、」
そんなことが脳裏によぎりました。しかし、すぐにその心配が不要であることに気付きました。なぜなら隣に女優さんは乗っていなかったからです。女優さんどころか誰も乗っていなかったからです。ひとりで音楽を聴きながら運転していただけです。そんななんでもない状況をマスコミが狙うのはなぜなのか。たとえば免停中だとか、飲酒運転だとか、そういった犯罪につながるようなことであればわかるけど、実際免停中でも飲酒でもありませんでした。
「気分わるいなぁ、、、」
依然としてこちらを威圧するように、ずっと光が向けられていました。小さな赤いランプが点滅しているのも見えました。
「写真じゃないのか?」
自分のケータイはムービーどころか写真さえ撮れず、しかもアンテナを伸ばすタイプですが、最近のものがどの程度の機能を備えているかは知っていました。
「写真にしてもムービーにしても、なぜ!」
なぜ僕を狙っているのか、なにが目的なのか、そして一体何者なのか、よくわからないままタクシーは右折し、僕の車から離れていきました。通り過ぎていくときもレンズが向けられていました。
「なんなんだよ!」
解放感どころか、なんともいえない怒りがこみ上げてきました。ただ嫌な気分にさせられたことが納得できませんでした。
「こうなったら追いかけてやる!」
この怒りを家に持ち帰りたくなかった僕は、すかさずUターンしました。Uターンしたものの、追いかけたところでなにも生まれないことはわかっていました。でもそうするしかなかったのです。仕事で疲れた上に嫌な気分にされたままで僕は帰ることができなかったのです。そしてすぐに、あのタクシーを発見すると、大通りから住宅地へと入っていきました。
「ちょと兄ちゃん、なんや!」
車から背の高い恐い人が降りてきました。
「い、いやちょっと、なにかなぁなんて思いまして、、、」
「なに追いかけてきとんや!」
「い、いや僕はそのぉ、こっちの方に用事がありまして、別に追いかけてきたわけじゃ、、、」
「ガタガタ言ってないで車から降りろや!」
「いや、ちょっと、、、痛っ!」
最悪こんな事態も覚悟していました。すると、突然タクシーが停車しました。
怒りと不安と恐怖と好奇心と、なんだかわけがわからない心境でした。黄色いランプが点滅しています。シルエットから、車内でお金を払っているのがわかりました。まもなくドアが開き、片足が地面につきました。
「でてくるぞ!」
そしてもう片方の足が地面に着くと、ひとりの男が姿を現しました。
「あ、ありの、さん?」
男は後ろの車に気付いているのかいないのか、なにごともなかったように僕の車の前を横切っていきました。
「ちょ、ちょっと、ありのさん!」
車から降り、声を掛けました。
「ん?どしたこんなところで?」
それまでの緊張感を一気に解きほぐすトーンでした。
「どしたじゃないですよ!もう勘弁してくださいよぉ!」
ありのさんとは、よゐこの有野さんでした。
「いやぁ、おもろかったわ。まさか追いかけてくるとはなぁ。じゃぁな!」
「いや、ちょっとぉ、まだ帰らないでくださいよ!このテンションどうしたらいいんですかぁ!」
「家に持ち帰ったらええやろ」
そう言って、マンションに消えていきました。僕は、無駄にあがってしまったテンションや怒りたちをどうしたらいいのかわからないまま、見知らぬ住宅街の中で突っ立っていました。
「あの人、やっぱすごいよ、、、」
なんともやりきれない気分で家に向かいました。それからというもの、前のタクシーが気になってしょうがない。
2006年02月12日
第207回「ふかわの愛した数式」
極めてたまにではありますが、知り合いのライブに参加することがあります。といっても特に告知などをせず、いわゆるシークレットゲストみたいな感じでいきなり登場し、短時間で盛り上げて去っていくという、なかなか心地のいい役です。そんなことが先日ありまして、飛び入りでライブに参加したのです。そのライブはいくつかのバンドが出演するものだったのですが、知人に提供した曲をそのライブでやることになり、「だったら俺がピアノ弾くよ!」ということで、その曲のときだけキーボードで参加することになったのです。それにしても、生演奏はいいものです。過去に番組の企画などでバンドはやったことあるのですが、普段のDJとはまた違った快感がそこにはあります。音と音とが重なり合ってハーモニーになっていく。言葉はなくてもみんなのリズムがひとつになる。なんて素敵なことなのでしょう。出番を前にそわそわしはじめた僕は、なんだか落ち着かなくなって、裏の階段のほうに行きました。鉄の扉を開けるとそこにはたくさんのバンドの人たちが集まっていました。そのビル自体いくつかのライブハウスがはいっているらしく、上にも下にも、出番前のバンドマンたちが準備していました。それぞれに目指すところは違っても、そこにいる人たちは皆、いつか大きなステージに立ってやる、という野望を抱いているのでしょう。そんな、夢を追いかけている人たちの熱気が充満していました。
夢を追いかけることは容易なことではありません。なによりまず「勇気」が必要です。ミュージシャンになりたい!アイドルになりたい!そんな憧れを抱いても、実際に夢に向って一歩踏み出すかどうかとなると、個人差が生じてきます。夢を追いかけるか、現実的な道を選ぶかという岐路に立たされ、人は悩むものです。どちらを選択するにも勇気はいりますが、やはり夢を追いかけるほうがより大きな勇気が必要といえるでしょう。しかし、勇気が必要なのはスタートラインのときだけではありません。「勇気を持ち続けなければならない」のです。夢を追いかける途中でいつ壁にぶつかり、いつ道から外れたくなるかわかりません。一度追いかけた夢を捨てることも勇気がいります。でもやはり、追い続けるほうがその量は多いのです。夢を追いかけるということは、勇気を持ち続けるということなのです。そのために必要になってくるのが「自信」です。どんなに不安になっても「俺ならやれる!」と、自分を信じる気持ちがなければ勇気は持続しないのです。一時的な勇気ではだめなのです。夢を追いかけるには、勇気と自信が必要、というところまできました。では自信はどこから生まれるのでしょう。それはまぎれもなく、「努力」しかありません。ほんとに。努力なしに自分を信じることはできないのです。この努力も継続的なものです。一時的なものじゃだめなのです。一時的な努力なら誰でもできるからです。継続的な努力が大変だから、そこで差がでるのです。その努力を継続するための燃料になっているのが、「情熱」です。情熱がなければ努力は長続きしません。燃やす燃料がすぐに尽きてしまうのです。石油という燃料は中東などで産出されますが、情熱という燃料は「憧れ」から生まれます。それが、テレビだったり映画だったり本だったり、実際目にしたものだったり、人間はなにかに憧れるところから動き出すのです。それが最初の原動力になっているのだと思います。だから、人類は男女なのです。異性に好かれたい、というところから人類の文明は始まったんだと思います。それはそれとして、自分が将来こんな風になっていたいという理想像を頭の中でイメージし続けることで、燃料となる情熱を絶やさずにいられるのです。ここで一度整理しましょう。
何事も最初は夢や憧れからはじまり、そこから情熱が生まれ、努力するようになる。努力は自信を生み、勇気となる。それを持続させることでいつしか夢に到達する。つまり、
夢の実現=憧れ×情熱×努力×自信×勇気
どれかひとつが欠けてはだめなのです。どれか一つが0では0になってしまいます。ちなみにですが、憧れがときに、怒りだったり不満だったり、愛だったりすることもあります。
「臨界」という言葉を聞いたことあるでしょうか。おそらく物理の授業などで登場する言葉だと思います。
「物理的変化が起こる境目にあること」
ある物質に熱を加え続けると、その物質が劇的に変化する、ということです。おそらく人間にも同様のことがいえるのではないでしょうか。情熱という熱量を与え続ければいつしか劇的に変化するときがくる。すると、いままでできなかったことができるようになる。継続は力なり、なんて言いますが、ほんとにそういうことなのです。積み重ねて積み重ねて、継続することで、人間にも劇的な変化が訪れるのです。
「情熱を注ぎ続けると、やがて臨界を突き抜ける」
この言葉と上の数式を、受験生をはじめ、世に出る準備をしている人たち、今日の自分を越えようとしている人たち、自分の感性を信じている人たち、そして自分自身へのエールにかえて送りたいと思います。
2006年02月05日
第206回「私のお気に入り」
「この赤と黒のボーダーのやつ好きだなぁ」
テレビに映る僕を見て、そう感じている人も少なくないかと思います。赤と黒のでなくても、なにかしらボーダー系の服を目にしているのではと思います。番組によって、スタイリストさんが用意する場合と、私服で出演する場合があるのですが、僕は比較的、私服で出ちゃうことのほうが多いです。それ自体は別に珍しいことではなく、周囲にもいたりするのだけど、そういったタレントさんは服をたくさん持っているから他の番組で着ているのとかぶったりしないのです。でも僕は、服に対するこだわりこそあるものの、「服を着替えること」に対してのこだわりが年々減少してきたために、現在の様なヘビーローテーションになったのです。そればかりか、通常、家に帰って部屋着に着替え、翌日あらたな服に着替えて仕事に向うものですが、いつからか「家に帰って脱いだものを翌日も着る」というスタイルにシフトしてきたのです。よほど奥さんでもいれば否が応にも着替えさせられるのだろうけど、独身期間が長いとこうなってしまうのです。だからといって、僕が洋服をあまり持っていないわけでは決してありません。むしろ、結構持っているほうなのです。
「このニットいいね、いくら?」
「古着なんで安いですよ」
「えっ?2980円?じゃ、買うよ!」
という具合に、スタイリストさんが用意したもので気になったものは結構買ってしまうのです。なのに、着ないのです。買った段階で終了なのです。家に持って帰ったら既にピークを越えているのです。釣った魚にエサをやらないなんて言いますが、買った服に袖を通さない、のです。そして、中学生の頃のように、このジーンズにはこれをあわせて、みたいな鏡の前の時間が日常から消え去ってしまったのです。だから一度好きなスタイルが見つかると、それを学校の制服のように着倒してしまうわけです。こだわりと横着と独身が合わさって、赤と黒のボーダー率を上昇させているのです。でも、そんな僕のいま一番のお気に入りは、そのボーダーではありません。もっと幸せな気分になるものがあるのです。
「これだっ!!」
ファッション誌なんて普段は一切見ない僕が唯一見るのは、美容院で髪を切ってもらっているときです。それでもなんとなくパラパラめくっているだけで、特別なにかを見出そうとしているわけではありません。が、そのときページをめくる僕の手がとまりました。気になる写真が目に飛び込んできたのです。その写真にくいついてることを悟られたくなかったので、雑誌名だけインプットし、美容院をでてからすぐにコンビニで立ち読みしました。
「ポールスミスか。いいじゃない!」
それまでブランドなんて気にしたことなかったのですが、自分が気になったものがたまたま聞いたことのあるブランドだったことで少し嬉しくなりました。そしてすぐに朝の渋谷に赴き、写真と同じものを購入したのです。
2年前の冬に出合ったこのダッフルコートを着ると、なぜか気分がうきうきしてきます。近所のコンビニさえも原付で行く僕ですが、このダッフルコートを着ると、なぜか歩きたくなるのです。コンバースを履いて、河川敷を散歩したくなるのです。ポケットに手を突っ込んで、散歩したくなるのです。犬を連れていたらもっといいです。このダッフルコートを着ているだけで、物欲が満たされるとかそういう風なことでなく、なんともいえない幸福感に包まれるのです。
お気に入りのカバンひとつで日常が変わってくるように、人間ってちょっとしたことでとても幸せな気分になれたりするのですね。コンバースとボーダーと紺のダッフルコート。お気に入りに包まれると心が弾みます。こんな幸せな気分になれるから、冬が嫌いになれないのです。