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2005年12月25日

第201回「メリークリスマスも言えずに」

その兄弟は森の中に暮らしていました。2歳違いのふたりはとても対照的で、幼少の頃から勉強や発明が好きでいろんなものを作っていた兄に対し、弟は勉強が苦手でなにもせず、のんびり生活していました。しかし対照的ではあるものの、ふたりはとても仲良く暮らしていました。そんなある夜、弟が部屋を訪れると、兄は得意の発明をしていました。
「兄さん、今日は何の発明?」
兄は背中越しに答えました。
「ジュースだよ!」
「ジュース?」
「そう。でもジュースといっても普通のジュースじゃないんだ」
兄はこちらを向き、得意気な顔をして言いました。
「魔法のジュースを作っているんだ」
「魔法のジュース?!」
弟は目を丸くしました。
「このジュースを飲んだ女性は、かならず僕のことを好きになる、魔法のジュースさ。すごいだろ?」
「すごいけど、そんな、人の気持ちを動かすことなんてできるの?」
「女性ホルモンとの化学変化によるものなんだけど...」
兄の口から次々と専門用語が飛び出してきました。
「つまり、科学の力があれば愛も自在に操れる、ということだよ」
弟はポカンとした表情をしていました。
「ちなみに誰に飲ませるつもり?」
「弟ながらいい質問だなぁ...」
質問の答えをきくと、弟は困惑しました。
「へー、そうなんだ、綺麗なひとだよね...」
兄のターゲットとなっている女性は弟の知っている人でした。そればかりか、以前から思いを寄せていた女性だったのです。
「これを飲んだら確実に僕のことを好きになり、ヘタしたら求婚してくるかもしれないぞ」
その日から弟は部屋にこもり、兄と同じジュースを発明しようと、研究の日々が続きました。しかし、昔から科学に精通していた兄に対し弟はなにも作ったことがありません。なにをどう組み合わせるべきなのか、いくら努力してもさっぱりわかりませんでした。兄のいないすきに部屋に潜入し、味見をしたりすることもありました。それでもうまく作ることはできませんでした。
弟は手紙を書くことにしました。兄と同じことをしてもしょうがない、自分のできる範囲で思いを伝えよう、そう思って、自分の気持ちを綴った手紙を書くことにしました。すると、彼女への想いがあふれだし、言葉がたくさんでてきました。そしたらなんだか唄いたくなってきました。自分の言葉をメロディーにのせて唄いたくなりました。とても気持ちよくなってきました。弟は、彼女への思いを込めた唄を作ることにしました。
ふたりが恋焦がれる女性というのは、町の雑貨屋さんで働くハナという女性でした。目は青くパッチリとしていて、いつも笑顔の絶えない人でした。ハナのことを悪く言う人はなく、兄弟で好きになってしまうのもしょうがないことでした。
「できたー!!」
それぞれの部屋から喜びの声が聞こえてきたのは24日、クリスマスイヴの朝のことでした。それぞれ手紙を添えて、彼女の家のポストに届けることにしました。
「どうか、来てくれますように...」
手紙の通り、兄は教会の西側で、弟は東側で待つことにしました。お互い、反対側に兄弟がいることも、同じ人を待っていることも知りません。教会から、聖歌隊の美しい歌声が聞こえてきました。
「なにこれ?ちょーキモイんだけど!!」
「なに?どしたの?」
裸の男がベッドで本を読んでいます。
「なんか今日ポストに荷物が届いてて、気になっていま見たんだけど、なんかちょーキモイの!」
片手にカセットテープを、もう片方の手に小さな瓶を持っていました。
「なにこれ?魔法のジュース?うわっ、マジきついんだけど!」
彼女は瓶のフタをあけ、匂いをかぐと苦い顔をしました。
「もう、そんなのいいからはやくこっちこいよ!」
「ちょっと待って、テープ聴いてみたい!」
彼女はデッキにいれるとゆっくりとテープが動き出しました。
「ちょーウケるー!世界で一番美しいだって!ほんとキモイんだけどー!」
彼女は笑い転げていました。
「もうそんなのいいから早くこっち来いよ!今日はハナを朝までかわいがってやるよ!」
「もぉ、ユウったら!」
彼女は手紙を放り投げ、男の待つベッドに飛び込みました。
「やっぱり来ないのかな...」
教会に来てから数時間が経とうとしていました。兄も弟もただ黙って彼女が訪れるのを待っていました。しかし、なかなか彼女は現れません。街灯も消え、聖歌隊の唄も聞こえなくなりました。日付が25日にかわりました。
「やっぱりだめだったのかな...」
弟はプレゼントを置いて帰ることにしました。すると、ちょうど入り口のところでばったり兄と顔を合わせてしまいました。
「ど、どうしたの、こんなところで!」
兄も困惑していました。
「兄さんこそ、どうしたの?」
「別に...お前鼻が真っ赤だぞ!」
「兄さんこそ真っ赤だよ!」
ふたりとも鼻と頬を真っ赤に染めていました。
「...一緒に帰ろうか...」
お互いなにも詮索せず、二人は歩いていきました。するとまもなく、はらはらと白い雪が舞い降りてきました。
「今年も、あと少しだね...」
「あと、少しだね...」
そういって、ふたりは森の中へ歩いていきました。
 
今年もいろいろとお世話になりました。来年も、週刊ふかわをはじめ、様々な場所で活動すると思いますが、ひとつよろしくおねがいします。

1.週刊ふかわ | 10:30

2005年12月18日

第200回「悲鳴〜後編〜」

「あなただったんですね...」
新之助は、部屋で聞こえていた悲鳴が地球によるものだとわかると、それほど驚くこともなく、おもむろに立ち上がりました。
「ずっと泣いていたんですか?」
返事らしきものはありません。
「どうして泣いているんですか?なにが悲しいのですか?」
新之助は問いかけましたが、何を聞いても特別変化はなく、ただ波の音と泣き声が響いていました。空はどんよりとして、薄暗い雲がゆっくりと月の前を通過していきます。しばらくして、新之助は静かに言いました。
「人間のことを憎んでいるのですね...」
泣き声が一瞬やんだかのように思えました。
「人間があなたを泣かせたのですね...」
波の動きも一瞬とまったかのようでした。
「人間がそんなに憎いんですか?そんなに人間が悪いんですか?」
すると波はうねり、じわじわと悲鳴も大きくなってきました。
「たしかに人間は地球を破壊してきました。人類の欲望を満たすために、自然を破壊し、環境を変えてきました。でもそれは決して悪いことではないです。人類の進歩のためには避けられないことであって、それが文明なのです。地球に手をつけず進化するなんて不可能だったんです」
新之助は、まるで泣かせてしまった地球に弁解するように言いました。
「それに、近年ではエコロジーという言葉も生まれたように、地球を大事にしよう、地球を守ろう、という風潮になってきているのです。人間も環境のことを考えるようになたのです。だから、いままでのように好き放題に破壊するなんてことはないんです」
それでも波はおさまりませんでした。それどころかさらに上昇し、悲鳴は真夏の蝉のように、響いていました。
「わかってる。もしかしたらもう手遅れかもしれない。でもこうなってしまった以上、できるかぎりのことで修復していくしかないんです。あらゆる手段を使って、負わせてしまった傷を治療していくしかないんです。僕たちだって、地球の悲鳴は聞きたくないのです」
波はすこし穏やかになってきました。子供が泣きやむように、悲鳴も聞こえなくなりました。
「...じゃぁ、僕は行きます。もう寝るから泣いたりしないでくださいね...」
そう言って、新之助は海に背中を向けて歩いていきました。すると、どこからともなく、異様な低い音が響いてきました。「ゴォー」という地響きとともに地面が揺れ始め、新之助は立っていられなくなりました。
「なんだ、これは...」
背後から何かが迫ってくる気配を感じ、振り向くと、物凄い音を立てて波がうねりながら上昇していました。しかし新之助は、逃げようとはしませんでした。むしろ、迫り来る大きな波の進路をさまたげるように両手を広げ、立っていました。
「飲み込むがいいさ。人類を飲み込んでまた元の体に戻るがいいさ」
巨大な波の引力で、地面が引っ張られ、両足が掬い取られるような感覚でした。新之助を巨大な波が飲み込もうとしていました。
「人間に、もう一度チャンスをください...」
すると、まるでリモコンで消されたテレビ画面のように、目の前の世界がプチンッと消えてなくなりました。辺りは暗やみに包まれました。なにが起こったのか、夢の中だったのか、現実がどうかもわからなくなりました。少しして、ポケットにマッチが入っていることに気付いた新之助は、顔の前で火をつけました。
「あれは...」
火のむこうで何かが光っているのが見えました。新之助はゆっくり近付いてみると、水溜りのような、池のようなものがあるのがわかりました。おそるおそるその液体のなかに手を突っ込んでみると、それが思ったよりも温かいことに驚きました。片手を入れただけで、冷えきっていた全身の隅々にまで、その温もりが伝わってくるようでした。
「もしかしてこれは...」
次第に目が暗さに慣れてくると、辺りが森林に囲まれているのがわかりました。それどころか、向こうの方ではなにやら人の気配がしました。新之助はもう一度マッチに火をつけると、たくさんの人がその中にはいっているのがわかりました。緑に囲まれた温泉で疲れを癒しているように見えました。新之助はすぐに寝巻きを脱ぎ捨て、勢いよく飛び込みました。
「あぁ、生き返ったぁ...」
新之助は体が芯からあたたまっていくと、あまりに気持ちよすぎて深いため息をもらしました。それが、地球の涙であることも知らずに。
ということで、200回記念は温泉にいきましょうか。どこにいくとか、日帰りなのか、何泊にするとか、人数とか、そういったことはまだぜんぜん決まっていないけど、とにかく温泉にいきましょう。詳細は年が明けてからお伝えします。あっあと、前にも言いましたが、僕はミクシィとかそういうの、一切やらないのできをつけてくださいね。

1.週刊ふかわ | 10:30

2005年12月11日

第199回「悲鳴」

「ったく、何時だと思ってんだよ!」
家賃3万5千円の古びたアパートは、部屋を薄い板で仕切っているようで、隣の部屋の物音がよく聞こえます。特に夜ともなると、なにをしてるのかわかってしまうほど、鮮明に聞こえてくるのです。2,3週間前に引っ越してきた新之助は、そんな環境に慣れることができず、寝不足の日が続いていました。
「なんでこんな時間に泣いてんだよ...」
ただその日は、いつもとは様子が違いました。泣いているような、うめいているような、女性とも男性ともわからない、悲しそうなすすり泣く声が聞こえていたのです。新之助はその声が気になって、布団の中にはいったものの、なかなか眠ることができませんでした。
「ちくしょー、眠れやしねぇよ...」
新之助は安いアパートに引っ越してきたことを後悔しました。いくら布団の中に潜り込んだところで、泣き声を遮断することはできませんでした。
「だめだっ、言うしかない!」
頭からかぶっていた布団をはねのけ、新之助は寝巻きのまま部屋をでました。するとその悲鳴らしき声がさっきよりも少し大きく聞こえてきました。しかし、隣の部屋のドアに耳を近づけ、そばだててみたものの、中からはなにか悲鳴らしき声は聞こえてきません。
「おかしいな、下の部屋かな...」
木製の階段を降り、足を運ぶたびにいちいちきしむ廊下を歩きました。しかし、相変わらず泣き声は聞こえるものの、どの部屋からという感じではなく、全く見当がつきませんでした。
「いったいどこから...」
もしやと思い、新之助はアパートの外に出ました。外は少し肌寒く、枯葉がかさかさと転がる音がします。新之助は耳をすませました。
「やっぱり聞こえる...」
風の音に混じって、たしかに悲鳴のような声が聞こえてきます。
「うちじゃないのか...」
その声がアパートの部屋からではないとなると、近隣の家が考えられます。新之助は、寝巻きにサンダルのまま近所を歩くことにしました。実際犯人を見つけたときに注意できるのだろうか、そんな不安はあったものの、とにかく発信源だけは突きとめておこうと思ったのです。
「おかしいなぁ...」
しかし、近所を散策しても、それらしき場所が見つかりません。新之助は、アパートからだいぶ離れたところに来ていました。もはや近所という範疇ではくくれない距離でした。
「ジャンパーでも着てくればよかった...」
しかも、こんなに遠出になるとは思っていなかったから、部屋の鍵もせずに出ていました。
「まぁ、盗るものなんてないか...」
たしかに部屋の中に高価なものなんてひとつもなく、せいぜい湿った布団くらいです。新之助は半ばやけくそになって暗闇の中を彷徨っていました。
「いったい誰が泣いてるんだよ...」
もうあとに引けなくなってしまった新之助は、声の主を見つけずに帰るわけにはいかなくなりました。来たことのない町であろうと、その悲鳴に吸い寄せられるように、ただ歩いていきました。
「まいったなぁ...」
アパートを出てどれくらい経ったでしょう。新之助の目の前には広大な海がひろがっていました。見知らぬ海に辿り着いたのです。
「ずいぶん遠くまできちゃったなぁ...」
歩き疲れた新之助は、砂浜の上に仰向けになって寝転がりました。空にはたくさんの星が輝いて見えます。
「ほんと馬鹿なことをしてしまった。我慢して寝とけばよかったんだ」
波が静かに音をたてています。耳をすますと波の音に悲鳴が混じっているのがわかりました。新之助は目を閉じ、波の音を聴いていました。
「そうか、そういうことか...」
新之助はなにか思いついたのか、ゆっくり体を起こしました。
「ずっと悲鳴をあげていたのは、もしかして、あなたですか?」
新之助の質問に反応するように、その悲鳴がさっきより大きくなりました。
「あなただったんですね...」
新之助は、部屋で聞こえていた悲鳴の主をようやく見つけることができました。それが地球であったことにそれほど驚くことなく、おもむろに立ち上がり、砂を払いました。200回に続きますよ。

1.週刊ふかわ | 10:00

2005年12月04日

第198回「群青色に染まる前」

朝5時とあって空はまだ真っ黒な色をしていました。玄関を出た僕の頬を冬のひんやりした空気が覆います。足早に車に乗り込むと、ストーブをつけるように急いでエンジンをかけました。
「ったく、朝早すぎるよ...」
地方でのロケだったために異様に集合時間が早かったその日は、絶対に寝坊しまいと、かなり余裕をもって目覚ましをセットしていました。車内が暖まってくると、まだ早い気がしたものの、ゆっくりと新宿に向かうことにしました。さすがに5時台だったので、道もそれほど混んでなく、想像以上に時間をもてあましそうな気がしました。
「せっかくだからどこかで朝食でも食べていこうか」
ふと、そんなことが僕の頭に浮上してきました。朝食と言っても、こんな早朝にやっているお店といったらだいたい限られていて、ファミレスか牛丼屋さんくらいになります。しかも、一人でファミレスにいくのには抵抗があるので、少し遠回りして、朝食メニューのある牛丼屋さんに寄ることにしました。
店の前に車を停めると、ガラス越しに、50代くらいのおじさんがひとりで食べているのが見えました。一応帽子をかぶって中に入ると、カウンターはカタカナのコの字型になっていて、向かい合うのも気まずかったので、おじさんからふたつ空けた席に座りました。おじさんは焼き魚をつつき、静かに食べていました。
「すみません...」
声をかけると、奥からメガネをかけた、やや太った感じの青年が出てきました。僕は特朝定食を注文すると、まるでそれを待っていたかのように、すぐに奥から運ばれてきました。交代制なのか、ほかに店員さんは見当たりません。それにしても、この特朝定食は、納豆や海苔、鮭など、ごはんに合うおかずが満載で、ごはん好きな僕にとってはまさにごちそうでした。中でもお気に入りなのは、たまごかけごはんで、そのメインディッシュに向うまでのプロセスを楽しむのが、特朝定食のスタイルなのです。
まず最初は納豆からはじめます。納豆2に対してごはんが1くらいの贅沢な割合で食べるのです。それが終わったら今度は味付け海苔です。だいたい一袋に5枚くらい入っていますが、どれもしょうゆなどつけず、これもやや少な目のごはんを軽く巻いて食べます。これがおわる頃、丼の中のごはんがちょうど平らになっています。そしたら鮭をまるごと乗せて、平らなごはんの上でほぐしていくのです。当然皮も食べちゃいます。家だったらある程度食べたところでお茶を注ぎ、鮭茶漬けにするBコースもあるのですが、お店ではやはりAコースを選びます。鮭ごはんを楽しんだ後、3、4口くらい残ったごはんの上に、なまたまごをかけるのです。ちなみに僕は、軽くしょうゆをかけてかき混ぜた「ときたまご」をごはんにかけるのですが、人によってはごはんにのせてから黄身を崩す人もいるようですね。いずれにせよ、専門店ができるほどに「たまごかけごはん」は日本人に愛されているといえますね。ごはんのもちもち感をなまたまごがやさしく包んだこの味は、日本人である喜びさえ感じさせてくれるのです。このように、一杯の丼で何種類もの味を楽しむ。当然、それぞれのつなぎ目にはお味噌汁やおしんこが活躍します。これこそまさに世界に誇る、日本の朝食といえるでしょう。そんなプロセスの中で、僕が鮭をほぐし始めたころ、入り口の窓が開く音がしました。
「焼き魚!」
まるで家で待っていた奥さんに「メシ」とでも言うかのように、男は入るやいなや、店員さんに声を掛けました。いわゆる長距離ドライバーといった感じの男で、僕の斜め向かいに座りました。はじめからいた中年男はまだ魚をつついていました。
「早いなぁ、もう12月かぁ...」
誰に話しているのか独り言なのかわからないトーンで発した言葉が店の中を漂いました。
「お待たせしました...」
という言葉もいらないほど、すぐに焼き魚定食が男の前に置かれました。
「やっぱり年末は忙しい?」
さっきの独り言がまだ店内から消えていないままに、男は再び、今度は確実に話しかけているトーンで、店員さんに言いました。あまり弾んではいないものの、よくこのお店に来ているのだろうと思わせる会話でした。
「そうですね...でもあんまり関係ないですかね...」
「あっそう...」
相変わらず言葉が宙に浮いてました。僕は鮭を終了し、生卵にしょうゆを軽くたらしました。中年男は、ようやく焼き魚を食べ終わったのか、ゆっくりお茶をすすっています。
「お正月は国に帰るの?」
「そうですねぇ...毎年帰って来いとは言われるんですけど...」
「やっぱり親は心配するだろう」
「そうですね。でも、たぶん今年も帰れないですね...」
「そうなの?どして?」
すると横の中年男が立ち上がりました。
「ごちそうさま」
なぜ帰れないのかききたかったのに、中年男の会計のせいで話が流れてしまいました。僕はいつものように、ごはんにたまごをかけて食べました。長距離ドライバーは黙って食べ始め、お店の青年は厨房のほうに戻りました。特にBGMもなく、ただごはんをかき込む音だけがしていました。
店の外に出ると、さっきまで真っ黒だった空も、ようやく群青色に染まってきました。相変わらず冷たい空気が顔を覆います。急いでエンジンをつけると温かい風が吹きだしてきました。
「いまから行けばちょうどよさそうだな...」
なにも起きていないありふれた朝。なにも起きてないのに、なんだか、がんばって生きよう、そんな気分になったのでした。

1.週刊ふかわ | 10:30