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2020年09月24日

第847回「面倒くさいことを愛している〜前編〜」

 

 先日出演しました、NHK-FM「川口アーカイブス・レコード三昧」は、本当に楽しい時間でした。そもそも、川口という立地。20代の頃に知り合いが住んでいたので何度か訪れたことはありますが、ほとんど記憶に残っておらず。もちろん、NHKのアーカイブスや放送システムがあることも。かつてイベントで春日部まで出向いた心境に近いものがあり、仕事というよりも祝日のドライブ気分で向かいました。しかし、4連休。予想以上に交通量は多く、世の中が「GOTO」していることを実感しました。

「こちらには、30万枚のレコードを保管してあります。」

 川口の街中を走っている間に番組がスタートしました。「三昧」シリーズはかつて「渋谷系」の時にスタジオ出演がありましたが、今回は「アナログ・レコード三昧」ということで、全てアナログ音源を電波に乗せるというものです。そしてNHKらしい落ち着いた口調の矢口さんの語り。広い空き地に設置された巨大なアンテナが見えてきました。

「ここか…」

 NHKのテレビ放送開始50周年事業の一環として、2003年に開設されたそうですが、複合施設内とはいえ大きな建物で、館内はとても綺麗です。

「レコード見に行きますか?」

 楽屋に荷物を置くと、レコードを所蔵するフロアへ。放送内で使用する楽曲は決まっていましたが、どのように保管されているのか見てみたいもの。そうして案内された先は、皆マスクをしているのもあり、秘密の実験室にでも入るような緊張感がありました。扉が開くとひんやりした空気。温度や湿度もしっかり管理された部屋には、レコードだけでなく、撮影のフィルムも保管されていて、酸味の効いた独特な香りがマスク越しに伝わってきました。中古レコード屋さんのようにではなく、図書館の書籍のようにぎっしりと、一枚抜くのも大変なくらい隙間なく並べられています。たまたま手にとったレコードは「オノ・ヨーコ」のアルバムでした。

 撮影フィルムも昔は、テープが勿体無いので上書きされていたようで、貴重な映像も無くなっています。そういうものでも、視聴者の方で録画していることがあるらしく、昔の雑誌「ぴあ」の中にもありましたが、「どなたか録画されている方いませんか?」というやりとりが今もなお続いているのだそう。

 出演は、午後1時から90分。その中でオンエアできる曲数はもちろん限られています。これもかけたい、あれもかけたい。順番はどうしよう、と事前に頭を悩ませていた時間も、幸せなひと時でした。考えてみれば、サタデーナイトはいつもこうでした。しかも、放送しながら順番を変えたり、差し替えることは多々あり、CDとはいえ、スタッフも大変だったと思います。

「オフコースで、僕の贈り物」

 優しいコーラスがスピーカーから飛び出した時です。

「え、これはまずいかも」

 そう思った時には遅く、一気に涙腺が崩壊してしまいました。幼少の頃から様々な記憶が詰まっている音。迂闊に聴けない曲なのですが、ロケットマンショーでもかけていたので大丈夫だと油断していました。映像が浮かぶ訳ではなく、即座に心のタンクが破裂。もはや90分なんて無理かもしれないと思いましたが、なんとか立て直すことができました。

 私が最初にレコードを手にしたのは、幼少期。家にあった大きなステレオの脇に、父と兄の所有するものがビニールに入って並んでいました。誰もいない時間に内緒でレコード・プレイヤーの蓋を開け、適当に選んだレコードを乗せ、針を落とします。しかし、回転しても音が聞こえてません。かすかに鳴っているようですが。たくさんあるつまみをいろいろいじると、ようやくスピーカーから出てくるアナログの音。オフコースやビートルズを始め、クラシックやイージー・リスニングなどもあり、まるで、レコード屋でネタを探す若者のように、幼ながらに出会いを求めていました。

 兄の真似をして、レコードをカセットテープにダビングもしました。A面とB面がうまくテープに入らなかったり、録音レベルが小さかったり。昨今のクリックしてダウンロードとは訳が違います。中学生くらいでCDが登場し、みんなが「音がいい」というからそんな気がしていましたが、正直、よくわかっていませんでした。音楽の先生はレコードの音の方が好きだと力説していた記憶。実際、レコードには「ぬくもり」や「あたたかさ」があるという話をよく耳にしますが、科学的根拠はありません。しかし、CDのようにデジタル化され、可聴領域でカットされた音は「クリア」に聞こえるとされる一方で、アナログの、可聴領域の外側にある振動に、我々は「あたたかさ」を感じているのかもしれません。

 実際、ターンテーブルを購入したのは、20年ほど前。DJを始める際です。最初はわざわざレコードを持参してDJしていたのです。

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2020年09月18日

第846回「悪貨は良貨を駆逐する?」

 

 「家系ラーメン」はご存知でしょうか。食べたことはなくても、耳にしたことはあるかもしれません。横浜出身の私からすると、聞いただけで涎がこみ上げてしまうほどの響き、もはや浜っ子のソウルフードといってもいいでしょう。最後の晩餐に選ばれても文句ありません。

 最近こそ行列のラーメン屋さんへは訪れていませんし、夜中のラーメンもご無沙汰ですが、学生の頃は、コンビニに並んだラーメンの本から美味しそうな一杯を見つけては足を運んだものです。

 環七道路を走っていると、沿道に人の行列やタクシーの路上駐車を見かけました。環七ラーメン戦争。九州博多系の豚骨ラーメンが東京で幅を利かせ、熾烈な争いを繰り広げていました。白いスープに細麺。それまでラーメンといえば、塩、醤油、味噌の3択しかなかった私にとって、初めて口にした博多系の豚骨ラーメンには衝撃を受けました。じゃんがらラーメンでの初めての「替え玉」も緊張したものです。「なんでんかんでん」など有名店は常に長蛇の列で、テーマパークに行く気分でした。背脂系なども頭角を現し、空前のラーメンブーム。19943月にスタートした新横浜ラーメン博物館はラーメン人気を象徴するものでした。

 初めての「家系」は、18歳の頃だったと思います。大学一年の時、サークル仲間(ラテン・アメリカ研究会)と訪れた「六角家」。噂には聞いていたものの、それほど期待せずに向かいました。というのも、味の想像がつかなかったのです。一体どんなラーメンなのか。そうして東白楽の駅から歩くこと15分。期待と不安の交錯する中、芳醇な香りに包まれる空間にたどり着きました。

「ここが六角家かぁ」

 カウンターのみの店内。おそらく少し並んだと思いますが、やっと入ってもすぐに椅子には座れません。まずは父兄参観のように、壁の前に並ばされます。これから美味しいラーメンを食べるという雰囲気ではなく、区役所や空港などの手続きで並んでいるかのよう。カウンターと壁の間に、指示をする女性がいて、どこかで席が空くと、「じゃぁ君あそこ座って」「あなたはあの席」と、それはそれは美しい手さばきで配置するのです。もはやお客さんに自由はありません。友達と並んでなんて到底無理。民主主義国家とは思えない不自由さ。唯一の自由はラーメンの味のみ。もちろんスープは一択ですが、麺の硬さや油の量などを彼女に伝えると、10人分のオーダーを一気に発表していきます。

「麺かた、油濃いめ。麺かた、油少なめ」

 ちゃんと覚えているだろうか、注文通りのラーメンがやってくるかと不安になるのですが、大きな寸胴の前に立つ大将がしっかり記憶していて、オーダー通りのラーメンが目の前にやってきました。スープが並々注がれた丼を両手で持ち、まずはスープから。

「こ、これが、家系か、、、」

 一口すする度に体中に染み渡る感覚。塩醤油味噌はもちろん、他の豚骨ラーメンとも違います。麺も太く、食べ応えがあります。不自由さの末に味わう家系ラーメンは、見た目こそシンプルですが、今まで経験したことのない濃厚なスープで、お腹を満たすというよりも、つかの間の幸せを味わうことができました。

 それが最初の「家系」。その後しばしば通うこともありましたが、今ではご褒美的な存在です。私が訪ねた「六角家」は「総本山・吉村家」から派生したものらしいのですが、かつては本牧や羽田にもありました。港北区にある姉妹店は実家から近く、よく足を運びました。都内でも、「家系」を謳っているラーメン店もありますが、やはり横浜の人間からすると純正の家系ラーメンかどうかはとても重要で、類似系では満たされないのです。

 六角橋にある六角家は、2017年に惜しくも閉店してしまったので姉妹店の方によく足を運んでいたのですが、先日、六角家の破産のニュースが飛び込んできました。今後どうなってしまうのでしょう。姉妹店には今後もお世話になりたいですが、類似系が残り、本家が消えてしまうのは腑に落ちません。悪貨は良貨を駆逐するとはこのことでしょうか。

 

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2020年09月11日

第845回「コロナのせいにしておこう」

 

 9月も中旬に入り、天気予報図に現れる台風のマークが気になるものの、ようやく猛暑から解放され、そろそろエアコンを付けずに眠れる日が来るのではないでしょうか。すっかり空は秋の色をしています。

 番組でも出演者の夏休みのお知らせをしていますが、安心してください。いや、ピンチヒッターの一週間を楽しみにしている方には申し訳ないのですが、今年、私は夏休みを取らないことにしました。4月のステイホーム期間中に生放送が中断したことでたっぷり休めましたし、相変わらずのリモート放送、日々何が起こるかわからない状況の代打というのも申し訳ない気がします。このまま年末までなんとかなるでしょう。

 そして残念なお知らせになりますが、J:COMで放送していた「フニオチナイト」が9月いっぱいで終了することになりました。ようやく収録が再開した矢先。1時間スペシャルでロケをしたり、軌道に乗ってきたところなので、まさに「フニオチ」感は否めませんが、「フニオチナイト」らしい終わり方かもしれません。コロナが直接関係しているのかわかりませんが、少なくともプラスには働きません。誰が悪いわけではなく、コロナのせいにしておきましょう。

 その代わりというわけではないですが、新たに始まるものもあります。

 9月16日(水)よる9時からスタートする「ひらめけ!ふかわ会議室!」。企業がさらに飛躍するために視聴者のみんなと一緒にアイデアを出し合って好き勝手言い合う1時間。ツイッターで視聴できるコンテンツなので、アカウントが必要になるとは思いますが、生放送なので皆さんも是非参加してもらえたら嬉しいです。

 初回ゲストにはフニオチナイトで「れいピョン」役を担当した丸山礼さんが来てくれます。事務所の後輩である彼女はまだテレビ的には新人ですが、10代を中心とした若者たちの認知度は非常に高く、SNSでたくさんのフォロワーを抱えています。いわば、youtuberとテレビタレントのハイブリッド・タイプ。土屋太鳳さんを始め、どこかで見かけるクセの強いキャラクターを演じるテクニックは素晴らしく、明るい未来を感じます。隔週水曜日の放送ですが、そういった才能ある後輩たちと共にお送りできればと思っています。

 コロナによって生じる光と影。時代の大きな変化にこうして目を開いて呼吸して、生きていられることは、とても貴重な経験だと思います。この際、嫌なことがあったら大胆にこじつけてコロナのせいにしてしまえばいいのです。大学に受からなくても、彼女にフラれても、婚約が破棄になっても、全部、コロナのせいにしておきましょう。そうして迎える秋はどのように映るのか。ゆっくりと深まってゆく季節。冷たい風が今年も短パンを奪い去っていきます。

 

 

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2020年09月08日

第844回「三宿webに乾杯!」

 

 新型コロナの影響がいたるところに見られる中で、非常に悲しい出来事もありました。

「三宿webが閉店」

 ラインの着信音に、何も考えず開いてみれば、DJ仲間からのメッセージ。あまりに突然のことで頭が追いつきません。きっと噂だろうとツイッターで検索すれば、悲しみに暮れるツイートがあふれています。現段階でもまだうまく消化できていませんが、その事実を飲み込んでみたものの、味を認識するまで時間がかかりました。

 感染予防のため、今年の2月から月一イベントの「ロケットマンデラックス」を中止にしていました。なんとか4月には開催できるだろうと思っていたけれど、コロナは一向に収束せず。せめて夏くらいにはと考えていた矢先の出来事でした。

 どの業種も大変な状況。ライブハウスや大きなクラブなどはクラウド・ファウンディングでなんとか凌いでいる場所もありますが、三宿webは大丈夫だろうかと心配だったので予想だにしなかった訳ではないけれど、こうして現実になるとその重みははかり知れないものでした。なんせ、20年続けた場所だったので。

 私が初めて訪れたのは、1998年。ロケットマンのアルバムの打ち合わせで、小西さんにお会いするために伺ったのが三宿web。当時はそこで小西さんがレギュラーイベントを行っていたのです。薄暗く、アンダーグラウンドな空間。もしかしたらクラブ自体も初体験だったのかもしれません。人だかりの向こうでプレイする、DJブースの小西さん。絶妙なタイミングでる「スター・ウォーズ」が流れるとミラーボールが回りはじめました。

 そのブースに私が立ったのは、それから1年半後のこと。知人を介して知り合ったDJに誘われてロケットマンデラックスの前身イベント、「テンション・アテンション」を開始した時です。1999年10月のこと。そこに集まった中に、現ロケデラメンバーである、坂井壱郎くんや中川雅博くん、那須野彰宏くんもいました。そして2000年4月、「ロケットマンデラックス」を立ち上げることになりました。

 当時25歳。マッシュルーム・ヘアのDJは、みんなで楽しみましょうというスタイルで、いつも汗だく。時に上半身裸でDJブースに立っていました。月に一回、欠かさずあの場所を訪れていました。

 野外フェスから学園祭、地方のクラブ等。三宿を拠点に様々な場所でDJをしてきました。どこも素敵な場所でしたが、やはり三宿webは特別な場所でした。

 オープンの22時に入って、ラウンジタイムから徐々に人が集まって、深夜1時を過ぎると低音が顔を出し、ゆっくりとミラーボールが回りだして。バー・カウンターで乾杯したら、生音が聞こえ始め、最後は狭いブースにDJたちが集まって。以前にもどこかで触れたと思いますが、あの重い扉を開ける感触や、匂い、薄暗さと椅子の座り心地。ロッカーにつながる階段。とにかく、あの空間がとても好きでした。お客さんが帰り仕度をする間はしっとりした音が浮遊して。階段を上がると朝日に照らされた三宿の交差点。

 たくさんの人に足を運んでもらいました。たくさんの人たちと乾杯をしました。月に一度、あの空間で、音とお酒と人と、あの振動に包まれる時間がとても好きでした。もう味わうことができないなんて。この閉店の知らせはとても悲しいものでした。

 別の場所でどうですか?とか、配信イベントどうですかというお話をよくいただくのですが、どうも気持ちがついていかないのは、やはり、あの空間にこそ、魅力を感じていたからでしょう。あの場所じゃなかったら、こんなに続かなかった。あの空間だから、続けてこられた。どのようにして幕を下ろすのかわかりませんが、いつか「三宿webに乾杯!」とグラスを掲げられる日が来ることを願っています。

 

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