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2020年01月30日

第821回「ラ・フォル・ジュルネ」

 

 たしか20歳の時にカリフォルニアに行って以来、しばらくは能動的に休みをとってはいけないと自分に課していたので、フランスを訪れたのは30歳を過ぎた頃だったと思います。かねてよりヨーロッパに憧れを抱いていたのはクラシック音楽を聴いてきたからかもしれません。ウィーンやドイツなども選択肢に入る中、叔母が住んでいたこともあり、初めてのヨーロッパはパリになりました。

「ここがパリか…」

 空港から道路沿いに並ぶ無数の光が車窓を流れます。眩しいほどに煌めく光が反射して、思わずため息が漏れそうになるパリの夜。街中の凱旋門は工事中でしたが、エッフェル塔はキラキラと宝石をばら撒いたようなイルミネーション。サンジェルマン・デ・プレのカフェ。シャンゼリゼ通り。期待通りと、想像以上の光彩が待っていました。

「これが、モナリザか…」

 ルーヴル美術館ではあまりの作品の多さにヘトヘトになりました。ノートルダム寺院にマレ地区。「赤い風船」がいつ飛んでも不思議ではありません。

 そんな初めてのパリで味を占めると、ウィーンやプラハ、ベルギー・オランダ、ポルトガルなどを訪れ、フィンランドからアイスランドへと変遷し、なんだかんだですっかり遠ざかっていました。だから今回は、久しぶりの訪仏。というのも、この度、「ラ・フォル・ジュルネTOKYO2020」のアンバサダーに任命されたのです。

「ラ・フォル・ジュルネ」

 まるでスウィーツのような甘さを感じる語感ですが、日本語で「熱狂」という意味。ご存知の方もいるでしょうが、いわゆるクラシック音楽の祭典。しかし、高尚なものではなく、裾野を広げた音楽フェスに近いイベント。カジュアルに参加できる催しなのです。連日沢山の演目が披露され、沢山の人が世界中からやってくるそうですが、そんな最大級のクラシック・フェスが日本で開催されるようになったのは15年ほど前。今では金沢など地方都市でも開催されるそうです。

 東京はゴールデンウィークの5月。今年は2、3、4日の3日間なのですが、それに先駆け、アンバサダーとして発症となるフランスはナント「ラ・フォル・ジュルネ」を体験することになりました。ナントは初めてですし、久しぶりのフランスに胸を躍らせずにはいられません。

 ちなみに、ラ・フォル・ジュルネは毎年テーマがあるそうで、今年は、ベートーベン。生誕250年だからでしょう。連日ベートーベンが演奏され、世界中のベートーベン好きが集まることも興味深いですが、この機会に、ベートーベンの人物像やあらゆる面を知ることになることでしょう。

 そして、アンバサダーというのは、広報大使、みたいなもの。山梨観光大使、アイスランド観光大使、そしてとんぶり応援大使。自分の好きなものがこのように一つの記号となって認識してもらえるのはとても光栄です。「きらクラ!」や「音楽の友」のおかげでしょう。広報活動だけでなく、東京での開催期間中は、出演も予定しています。クラシックということで、食わず嫌いの方もいると思いますが、一人でも多くの人にクラシックの魅力が伝わればいいなと思います。それでは、本場の音を楽しんで来たいと思います。

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2020年01月24日

第820回「カキモトアームズ」

 

 番組内で時折話に出るので、今日は「カキモトアームズ」についてお話しします。私が、カキモトアームズに行くようになったのは25年ほど前。それまで存在を知っていたのか、看板を見たり、なんとなく耳に入っていたのだと思います。

「お昼はパンにしようかな。」

 初めて一人暮らしをしたのは自由が丘のワンルーム・マンション。駅前にある東急ストアの入り口に併設されたパン屋さんへ歩いて向かっていると、後ろでざわざわしている気配。

「もしかして、ふかわさんですか?」

 振り向くと、若者3人の笑顔がありました。深夜番組から徐々に認知度が上がりつつあった時期かもしれません。

「え?この辺に住んでいるんですか?」

「うちら、カキモトのスタッフなんです」

「前にも見かけたことあったんですよ!」

 ケータイもない時代。写真こそ撮らなかったものの、パン屋に行くことを伝えると、3人はなぜか付いてきました。

「じゃぁ、食べたいの言って」

 トレーの上に4人分のパンが乗せられていきます。

「いらっしゃいませ〜」

 そして後日、出会ったばかりの3人が務める美容室、カキモトアームズを訪ねました。しかし、彼女たちはまだデビューしていないので、実際カットは違う人が担当。まだ、カリスマ美容師なるものが生まれる前のことです。

 初めての美容院は中学生の頃だったでしょうか。理髪店から美容院への憧れ。前に倒れるのではなく、後ろに倒されて、白いガーゼをかぶせられ。駅前のリーズナブルなところでしたが、理髪店とは全く違う雰囲気でした。

「え?大丈夫?」

 地元の美容院とも違い、宇宙空間のような店内。スタッフも奇抜な格好の人が多く、非現実な世界。髪を洗う際も、後ろに倒される角度が非常に浅く、例の白いガーゼすら被せません。お湯が垂れてくるのではと心配しながら髪を洗ってもらうひととき。そうして、カキモトアームズに通うことになりました。出会った3人組をはじめ、若いスタッフが多かったので、やたらとテンションが高く、友達のように接してきました。

「そろそろ、髪型を変えたいんだけど、何かいいのないかな」

 ロン毛にヘアターバンから次のステップへ。とはいえ、わかりやすいスタイルがいい。マッシュルーム・ヘアに目星を付けていましたが、なかなか踏み切れずにいました。

「ねぇ、次マッシュルームにしたいみたいなんだけど、どう思う?」

「マッシュ?いいじゃん!」

「いいよ、きっと似合うよ!」

 お店のスタッフ達に背中を押され、マッシュルーム・ヘアに踏み切ります。お陰で、いじられキャラへと転身できました。その後、引っ越したり、担当が変わったり、別の支店に移ったり、トルコでスポーツ刈りになったり、ベトナムでパーマをかけたり。

「カットの予約したいんですけど」

 時は経ち、久しぶりに最初に足を運んだ自由が丘店のカキモトアームズに連絡をし、店を訪ねました。すると、そこにいたのは、20歳の時にパン屋さんでパンを買ってあげた女性でした。

「カット、お願いできるかな」

 だいぶ時間は経っているので、流石にシャンプーの段階ではないと思っていましたが、彼女は自由が丘店の店長になっていました。光陰矢の如し。それが7、8年前のことでしょうか。それから、彼女は結婚、出産をし、現在は立派にお母さんをしながらスタイリストを務めています。おしゃれな美容室ではありますが、いわゆるカリスマ美容師とか、そういうチャラついた感じではなく、自由が丘らしい落ち着いたお店。だいたい2ヶ月に一度くらいのペースで足を運んでいます。

「〇〇ちゃん、今日ママにカットしてもらったよ〜」

 幼い娘さんに向けて動画を撮影。当時のスーパーもパン屋さんも今はなく、スタッフもだいぶ入れ替わりましたが、25年前に商店街で遭遇した日のことは、今でも昨日のことのように覚えています。

 

 

 

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2020年01月17日

第819回「西麻布の夜に」

 

 忘年会や新年会。「5時に夢中!」だけでも曜日ごとにどちらかがあるので、割と多い方ではないかと思います。「忘年会スルー」など、その是非が問われている昨今、私が参加する場所ではとても和気藹々とした雰囲気で、普段話さないようなことも飛び交い、あらためて親睦が深まっていると実感しました。そんな中で、先日、恵俊彰さんと会食する機会もありました。現在はお昼の顔としてはもちろん、ゴールデンタイムでも安定したMCを務める事務所の先輩。出会ったのは、25年ほど前です。

 私が芸能界の門を叩き、白いターバンを装着する前。全身タイツやギター、謎の小道具を駆使してひたすら訳のわからないことをやっていた当時。事務所のお笑いライブのMCをされていたのがホンジャマカのお二人でした。

 新宿御苑前にあるビプランシアター。1階にはウェンディーズがありました。おそらくその日はお昼くらいからライブの設営をして、夕方から本番。それまで「お笑いライブ」の存在すら知らなかった私も、毎月参加していました。本番1時間前。どことなく場内がざわつき始めると、スタッフに囲まれて恵さんが到着されました。テレビに出ている人特有のオーラを纏っています。奥の部屋に腰掛けてスポーツ新聞を広げる様子。すると、多くの人の間をすり抜けて声が飛んできます。

「ふかわ、ハンバーガー食うか?」

 耳を疑いました。しかし、恵さんはこちらを見ています。

 ライブの途中に、Jリーグ人気にあやかった「イエローカード・コーナー」という時間がありました。お客さんがカードを持っていて、名もなき芸人がネタを披露し、カードが3枚上がったら強制終了。そのコーナーに以前出場した程度の私に声を掛けてくれたのです。名前を覚えてくれているだけでも相当なのに。なぜ恵さんが、たくさん若手がウロウロしている中で僕の名を呼んでくれたのかわかりませんが、無名な上にピンで孤独だった僕を救ってくれました。

 ちなみに、そのような時期にもう一人声を掛けてくれたのは「ホリケン」こと堀内健さんです。一人で居場所のない私に、「フッくん、元気か〜」と軽い感じで。もう25年ほど前のことですが、どちらも鮮明に耳に残っています。

「ふぐ、頼んでおいたから」

 あれから25年。ハンバーガーがフグ鍋になりました。地下の小さなライブハウスから、全国ネットのお昼の番組になりました。恵さんは事前の準備を綿密にするので、毎朝8時半くらいからスタッフと打ち合わせをして臨んでいるようです。番組のスタイルは違いますが、先輩の勇姿を間近で感じられるのはとても貴重だと思います。

 懐かしい話と、これからの話。グラスに日本酒が注がれる西麻布の夜。車に乗り込む恵さんを見送ると、私はタクシーを拾って帰路につきました。

 

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2020年01月14日

第818回「2020」

 

 まだまだ先だと思っていた2020年。東京オリンピックがいよいよ今年になりました。令和二年はどんな一年になるのでしょうか。穏やかな一年になって欲しいものですが、新年早々、物騒なニュースが飛び交っています。なかなか平穏な生活というのは難しいものです。

 京都でカウントダウンをして、二日酔いを突き破って、銀座で生ラジオ。とんぶりを配布して、清々しい幕開けとなりました。

 さて、2020年。新たな音色が加わります。まずは、先日ブログ等でお伝えした、「フニオチナイト」。これはもともと「腑に落ちない」などの慣用句が好きで、そのリスペクトから始まったコーナーがラジオでありました。「フニオチ太郎の今夜もフニオチ!」。「ロケットマンの今夜もプチョヘンザ」のリズムですね。蛭子画伯にイラストを依頼し、「フニオチ手帳」という書籍にもなりました。映画で共演した川上未映子さんにコラムを依頼したり。そして「フニオチコンテスト」では、清春さんや清水ミチコさん他、たくさんの方に審査をしてもらったり。ラジオが終わっても、河川敷イベントで何度かその言葉を目にしました。そしてこの度、「フニオチ」が番組となって帰ってきました。その名も「フニオチナイト」。

 J:COMが運営するチャンネル、Jテレにて放送される30分番組。視聴可能エリアが限られるのですが、こうして「フニオチ」がお茶の間に届くことがとても嬉しいです。「腑に落ちない」ことを嗜む大人の社交場には、「カメラを止めるな」で一躍有名になった女優のどんぐりさん他、クセのある方々が集う金曜の夜。期間限定なので、可能な方はぜひお集まりください。

 そしてもう一つは、メディア応援webマガジン「Synapse」の連載。かつては「内村プロデュース」のアシスタント、現在報道ステーションのキャスターを務める徳永有美さんと以前対談をしたのですが、普段内に秘めていたことが溢れ出し、対談だけでは収まらず、担当の方から連載はいかがですかということでスタートすることになりました。毎週金曜日にアップされるメディアにまつわるエッセイ、「魔法が解けたなら」。テレビの魔法が解けた今、テレビは、メディアは今後どうあるべきなのか。そんなことを毎週綴っていきます。

 telling,」「音楽の友」の連載は終了しますが、今後の関わりがないわけではなく、「telling,」ではこれまでの連載をリミックスしていただいたり、インタビューなども予定しています。「音楽の友」も3月に開催される読者イベントもあります。

 4月には、ロケットマンデラックスも20周年。オールナイトはしんどいので最近は終電で帰れる時間帯が多くなっていますが、よくもここまで毎月続たと思います。自分のリズムとテンポで、2020年のメロディーを奏でますので、本年もよろしくお願いします。

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