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2019年06月28日
第796回「魔法の時間」
「へー、40年もやっているんですか」
腹が減っては戦はできぬ。おにぎり屋さんに立ち寄り、しっかりお腹を満たして向かった土曜日の渋谷。ヒカリエの駐車場に車を止め、エレベーターで上がれば、とても大きな劇場がありました。シアター・オーブ。ここで、ブロードウェイ・ミュージカルの「PIPPIN」が開催されています。主演の城田優くんに、中尾ミエさんやクリスタル・ケイさんも。内容は詳しく知らないまま席に着きました。
幕が上がると、ミュージカルに慣れたお客さんたちのおかげか、オープニングから拍手の嵐。一気に上がるボルテージ。歌に踊りに、アクロバティックな演出。隅々まで徹底されて動きに、遠くの観客までも終始楽しませてくれます。また、オーケストラ・ピットのようなものがあり、音楽は生バンドによって演奏されていました。
オープニングで登場したミエさんが、しばらく時間をおいて再び登場すると、見せ場となるシーンが始まります。主人公、ピピンとの会話から自然に歌いだしました。
「これは、やばいかもしれない…」
齢を重ねている者だからこそ言えること、伝わる言葉。ミエさんの声がメロディーに乗って心に染み込んでいきます。
「だめだ、これ以上歌われたら、本当にまずい…」
ミエさんと役の乖離がなく、ミエさんそのもののようで、言葉や声がスーッと心に入ってきました。人生を謳歌するその曲に、心を震わさずにはいられません。すんなり魔法にかかるタイプではないのに。肩は揺れ、頭が痛くなるほど、涙を流していました。
音と光の魔法にかけられた三時間。そうして、舞台は幕を下ろしました。
「おつかされさまでした!素晴らしい舞台でした!」
その言葉が出る前に、再び溢れてしまいました。
「あらあら、大変」
そういって、ミエさんはティッシュを差し出してくれました。抱えきれない感情が、あとからあとから溢れてきます。
「本当に、今日観れてよかったです」
どうにか絞り出せました。番組で共演していなかったら、ここに来ていたかわかりません。その後、優くんやケイさんとも言葉を交わす舞台裏は、あの三時間を作り上げているとは思えないほど、和やかな雰囲気に包まれていました。奇跡的なキャストで作られた、本当に素晴らしい舞台は、あらためて音楽の力を実感させてくれた、魔法の時間でした。
2019年06月23日
第795回「動物の謝肉祭」
ある夏の日のこと。家族で奥多摩の方に出かけた帰り道。車は渋滞にはまっていました。
車内の音楽はいつもオフコースだったのに、その日は僕が持ってきたカセットテープがデッキに入っていました。「ドラゴンクエストinコンサート」そのようなタイトルだったと思います。
言わずとしれた、R.P.Gの金字塔、ドラゴンクエスト。発売されたのは1986年5月27日。小学5年の時。いまだに覚えているのは、延期に延期を重ねて、やっと発売されたから。当時は、あまり注目されておらず、クラスで待ち望んでいたのは僕くらい。しかし世に出てみれば、たちまちムーブメントが起こったことは、その後のシリーズの数からしても明白です。その人気を支えた柱の一つが、BGMでした。
ゲーム音楽は今でこそ注目されていますが、以前はあまり脚光をあびることはありませんでした。そんな風潮をドラゴンクエストが変えたのです。作曲、すぎやまこういち氏。有名な作曲家を起用することで、ゲームの世界観は広がり、奥行きが増しました。
グラフィックが今ほどリアルでなくても、すぎやま氏の音楽が、脳を刺激し、ドラクエの世界に没入できました。本当に、勇者になれた気がしました。
「ドラクエ」自体の人気とともに、その音楽が愛された結果、オーケストラで演奏というコンサートが開催されました。あのゲーム音楽が、オーケストラで。それは、ドラクエのそれがいかに音楽性が高いものであるかを証明するものでした。
その音源がカセットテープで並んでいました。コンサートには行っていませんが、ピアノでコピーするほどドラクエの音楽が好きだったので、なけなしのお小遣いを叩いて購入。たちまちヘビロテとなった、そのテープの中にはいっていたのです。
サン=サーンスの「動物の謝肉祭」。子供向けのコンサートというのもあり、比較的わかりやすい楽曲がコンサートで演奏されたのでしょう。もちろん、お目当てはドラゴンクエストだったので、「白鳥」くらいしか知らない当時の僕にとっては、あくまでおまけ。なんとなく聞き流す程度でした。
そのテープが、渋滞の車内の中で回転しています。ゆっくりと陽が落ちて、空が夕日に染まり始めると、マリンバのような音色が高らかに鳴り響きます。動物の謝肉祭の「化石」。その音が、車窓の景色と見事に合致し、身体中に電流が走ります。心と体が、光と音を飲み込む瞬間。僕はただ、黙って車窓を眺めていました。それが、サン=サーンスとの出会い。
いつもはなんてことのない曲が、ある瞬間、心に突き刺さることはあると思いますが、ここまで印象に残っているのは、人生で最初だったからかもしれません。ドラクエに惹かれて購入したカセットテープで出会ったサン=サーンス。もちろん他にも素晴らしい曲はたくさんありますが、動物の謝肉祭を聞くと今でもあの空の色を思い出します。「きらクラ!」333回記念、サン=サーンス祭りに寄せて。
2019年06月14日
第794回「タピオカおじさん」
「こんなところに?」
目を疑いました。僕の街では行列を見かけることは珍しくないのですが、その行列は銀行から延びています。月末でもないのにこんなにできるだろうか。しかも若い女の子ばかり。すると列の先頭は、銀行に入らず、道路を横切りました。
「違う、こっちだ」
目を向けると、そこは小さなタピオカのお店。どうやら銀行に並んでいたのではなく、タピオカのお店から道を隔てて列が続いているようです。
「こんなに人気なのか」
話には聞いていたけれど、先日まで行列のなかった場所にいきなり人だかりができているとさすがにその勢いに圧倒されます。調べてみれば、この街だけでもタピオカスポット、通称タピれる場所はいくつもあるそうで、スウィーツの街は瞬く間にタピオカに彩られていきました。
タピオカのブームは以前もあり、今回は3期目とのことですが、僕としてはやはりタピオカ・ココナッツミルク。中華料理のデザートとして、杏仁豆腐と双璧を成していて、いつも杏仁で行くかタピオカで行くかで頭を悩まされました。たまに、スーパー、コンビニなどでも見かけますが、やはり脂っこい中華料理の後が格別でしょう。
ただ、タピオカ・ココナッツミルクのタピオカは小粒で白く、ミルクティーに沈む大粒ではありません。だから、タピオカ・ミルクティーなるものを街で見かけた時は、タピオカではなく、みつ豆に入っている茶色い豆が底に溜まっているものだと思っていました。抹茶味だとか、ラテだとか、見た目にも可愛げがあって、SNSとの相性もいいのでしょう。
「あれ?」
衝撃的なシーンを目の当たりしてから数週間。再び目を疑いました。今度は、銀行の前に列がありません。お店が休みなのだろうか、いや、普通に営業しているようです。平日だからなのか、もう下火になってしまったのか。その光景に、心が動きました。
「タピオカミルクの小さい方で」
並ばないのであればちょっと食べてみたい。そうして手渡されたのは、タピオカと黒糖とミルクのタイプ。スタンダードなミルクティーにしなかったのは、ココナッツミルクの思い出のせい。それにしてもこの重量感。小さい方を頼んだのに想像以上に大きく、手にずっしりきます。咥えたストローも太く、加減もわからないまま吸い込むと、エスカレーターのように黒い物体が太いストローを上昇してきました。
「きた!!」
ポンっと勢いよく出てきたタピオカが喉の奥に触れます。
「これは楽しい!」
柔らかくもちもちした食感。黒糖味のタピオカが口の中で弾んでいます。中華料理のデザートで食べていたものとは全然違いますが、これはこれで美味しい。確かに流行るのも頷けます。
「あぁ、お腹がタプタプだ」
40代の男性にはさらに小さいサイズがあってもいい気がしますが、このボリュームが若い女性たちにはちょうどいいのでしょうか。お店がなくなってしまう前にあと何回かタピってみたいと思います。
2019年06月07日
第793回「ボーイング1974」
「あれ?お疲れさま!」
羽田発岡山行き。機内に乗り込むと、隣の席にサンドウィッチマンの伊達くんが座っていました。こちらがラジオの公開収録であることを伝えると、彼は地方ライブ、いわゆる営業とのことで、周りには相方の富澤くんをはじめ、ピン芸人の永野くん、茨城芸人のカミナリの顔もありました。
「忙しそうだね〜」
つい先日も、山中で汗水流してロケをしている番組を見たばかり。普段あまり顔を合わせなくても、同業者としてのつながりからか、労をねぎらいたくなるのです。
「クワバタオハラのネタ、すごい好きなんだよ!」
永野くんの「ラッセンが好き〜」に次ぐ渾身のネタ。「クワバタオハラネタおったらそこはもう大阪や」。このネタが大好きで、いつか本人に伝えたいと思っていました。
「あれは、すごい発明だよ!」
飛行機でタレントさんにお会いすることは珍しくないですが、あまりにバラエティーな顔ぶれに、まるで遠足のバスのようにはしゃぎたくなってしまいます。しかし、寝る時間を奪ってはいけまいと、なんとなくキリのいいところでiPadを取り出し、イヤフォンを装着しました。
「日帰りなら、帰りも同じ便かもしれないですね」
岡山に到着すると、空港からそれぞれの現場に向かいます。僕は「きらクラ!」の収録で美作、彼らは岡山市内へ。
「いいキャラの人がいましたね」
無事、公開収録を終え、徐々に薄暗くなってゆく景色を眺めながら、空港に戻ります。
「ちょっとラーメンでも行きますか」
番組で共演した、ザ・レヴ・サクソフォン・カルテットの皆さんと空港のラーメンを堪能し、搭乗の時間となりました。
「キンコーン」
搭乗ゲートで赤いランプが点灯します。
「あれ?なんでだろう」
スタッフが何度もバーコードをあててみます。
「どうしたんすか?」
背後から心配する声。朝の機内で遭遇したメンバーが嬉しそうに見ています。
「もしかして、飛行機今日が初めてですか?」
バラエティーのやりとりが始まります。機内に入ると、今度は永野くんが隣でした。
「どうする?話す?」
「話しますか?」
「よし、話そう!」
iPadとイヤホンをカバンの中にしまい、荷物入れに放り込みました。
「じゃぁ飲んじゃっていいすか、飲みます?」
「いいよいいよ、飲んじゃって!」
彼はビール、僕は羽田から運転なのでりんごジュース。「クワバタオハラ」ネタのどこが素晴らしいのか。これまでの歩み。面白いものと面白くないものの違い。最終的にお互いを褒め合う帰りの機内。隣では、伊達くんが眠っています。
「うちらみんな同い年じゃないですか?」
後ろにいたサンドウィッチマンの富澤くんの声。あまり気にしないでいましたが、僕とサンドウィッチマンの二人、そして永野くんは皆1974年生まれで同級生だったのです。
「じゃぁ、お疲れ様でした!」
まるで同じ仕事をしてきたような気持ちで彼らと別れました。若手の頃は接点があっても、徐々にそれぞれの立場が変わり、顔を合わせる機会も減ってきたりしますが、どこかでみな、讃え合っているのです。久しぶりに感じたバラエティーの空気。ボーイング1974は、とても素敵なフライトでした。