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2017年10月13日
722回「ラングラーが届くまで2」
「守りに入ったら終わり」
最後の決め手となったのは、この言葉でした。
たかだか数百万で何をビビっているのだ。車なんて何台持っていたっていいじゃないか。買ったらどこかで話せる。後悔したって、どこかでネタになる。裏切られたっていいじゃないか。守りに入ったら、その時点で終了。やらない後悔が、一番価値がないのだ。そうして私は、ジープの沼に溺れて行きました。
「これで、良かったんだ…」
電話を切ると、全身の力が抜けていくような、不思議な感覚に襲われました。何だろう、この感覚は。その時私は気づいたのです。私が格闘していたのは、私が溺れて行ったのは、ジープの沼ではありませんでした。それは、守りの沼。ジープが、守りの沼から私を引き揚げてくれたのです。
「決めたのね」
「え?」
「決めたのね。」
「決めたって、な、何を?」
「いいの、もう、わかってるから。こうやって私も捨てられるのね」
「捨てるって、何のこと?」
「あなたって本当わかりやすい。結局、スタイルのいい女が好きなのよ。私みたいな小柄な女よりも、あのムチムチで豊満な、馬鹿みたいな女が好きなのよ」
それから数日後、ビートルの屋根が開かなくなりました。
納車までの間に、契約書がメールで送られ、郵便で大きな封筒が届くと、徐々に実感が湧いてきました。遂にラングラーがやってくる。アンヴィル・グレーのラングラーに乗ることができる。毎日、中古市場をチェックする必要もなくなり、平穏な生活に戻りました。しかし、楽しみで仕方ないかというと、そうでもありません。心の中に、一抹の後ろめたさや罪悪感があることを認めずにはいられませんでした。
「本当に、これで良かったのだろうか…」
出産を控えた方とは比べものにならないでしょうが、それに似た感覚かもしれません。ラングラーが届くことはとても嬉しいのだけど、果たして私にその能力があるのだろうか。3人の子供を養えるのだろうか。そんな不安や後ろめたさが膨らみ始め、なんだか気が重くなってきたのです。あんなに欲しかったのに。一年以上も探していたのに。車の画像を何度も眺めては、強引にでも気分を高めたり。あの時の感情は契約と同時にどこかへ消えてしまったのでしょうか。だからと言って、「やっぱりやめます」なんて、人としてやってはいけないこと。もう後戻りできない。そんな、不安定な状態が続く中、担当者から連絡がありました。
「本日、出発しますので」
アンヴィル・グレーのラングラーが、東京に向かい始めました。
2017年10月13日 13:49
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