« 第730回「私が旅に出ない理由」 | TOP | 722回「ラングラーが届くまで2」 »

2017年10月06日

第721回「ラングラーが届くまで」

 

 だからと言って、到着までずっと胸を膨らませていたかというと、そうではありません。むしろ風船が萎むように、気持ちは収縮していきました。

 

「もう、ダメだ…」

 相変わらず、沼と格闘する日々が続いていました。サイトを開いては、市場に上がっていないかチェックし、街で通りすがりのジープを目撃しては、指をくわえて眺めている。まさしく、恋のように苦しく切ない日々。自分の欲しいカラーと出会いたい。妥協したくない。そうこうしているうちに、年を越してしまいました。

 

 以前もお伝えしましたが、僕が狙っているのは、jeepのラングラーという車種。最近は都内でもよく見かけます。色は、2014年に限定発売されたアンヴィル・グレー。その年にしか生産されていないので、流通量も少なく、さらに黒の革張りとなると日本では100台程度とのこと。もちろん「限定」や希少性に踊らされているのではなく、その絶妙な色と形の組み合わせによるクールな世界観にすっかり虜になってしまったのです。

 

「出た…」

 パソコンの前で思わず声が漏れました。僕の目の前に、ラングラーのアンヴィル・グレーが映っています。実はこれまでも、ネットの中古車市場に出回ることはありましたが、内装が違っていたり、ボンネットに模様があったりと、いまいち踏み切れずに見逃していました。そんな中で、検索史上もっとも理想的な状態のものが現れたのです。

 

「このタイミングを逃したらもうないだろう」

 いつかは現れるかもしれないけれど、きっとしばらくない。いや、中古車なので、これ以上状態の良いものに遭遇する確率はかなり低いはず。ここでスルーするわけにいかない。いよいよ、現実味を帯びてきました。

 ただ、一つ問題がありました。取り扱い店が遠方なため、見に行くことができません。試乗もせずに購入なんてしていいものか。決して安い買い物ではないだけに、購入意欲にブレーキがかかります。

 

「とてもいい状態ですよ」

 ディーラーはどんな車でもそう言うでしょう。しかし、この車を狙っているのは間違いなく僕だけではないはず。

「問い合わせがあるので、この週末に決まってしまうかもしれません」

と煽られては、

「府川さんのためにとっておきました」

と調子のいいことを言われ、完全にカモにされていました。お店の人も、「もうすぐ落ちるな」と感じているのでしょう。もう一つ、何か決め手となるものが欲しい。そうすれば背中を押してもらえるのに。このジープの沼に溺れてしまえるのに。

 

「よし、買おう!!」

 冬の日の午後でした。きっと買うまでこの欲求は消えることはなく膨らむ一方。そうなるともう、日常生活にまで支障をきたしてしまうから。

「もう、腹くくりました、よろしくお願いします!」

 電話越しにそう伝えると、向こうから、安堵混じりの喜びと感謝の言葉が返ってきました。現物を見ずに購入することや、複数台の所有に若干の抵抗もありましたが、最後は気持ちよくジープの沼に溺れていきました。

 

「もう1年以上も恋い焦がれているのだから、この感情は間違っていない。これは買っていいものなんだ」

 そう自分に言い聞かせていました。それともう一つ、購入の決め手となることがありました。

 

 

 

 

2017年10月06日 13:47

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.happynote.jp/blog_sys/mt-tb.cgi/178

コメント

コメントしてください

名前・メールアドレス・コメントの入力は必須です。




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)